領地にて
さすがに疲れた。結構、強行軍だったよ。気を使われるのがいやで、見栄を張ってしまったんだ。すまぬ、私の体。すまぬ、愛馬よ。結婚して15年ぐらい住んでるんだ、この国。領地と王都との間は何回も行き来している。道や途中の宿は整備されているから、事故の心配はほとんどないんだけどね。この地が繁栄しているのは、芋、米、養蚕、そしてこのあたりで一般的な作物である麦は、品種改良によりやっと短茎種が得られて、試験栽培を始めたところなの。今のところ連作障害は出ていない。うまくいけば2-3年後には、麦を短茎種に切り替える予定だ。収量が2, 3倍にはなるから、マジで期待の商品なんだよ。そして、それらを加工した、砂糖、絹、酒。特にペストの時にアルコール度数が高い酒がなかったことを踏まえて、他領に輸出しても商品にならないような安酒を、ひたすらアルコール濃度を高めて、高級品として売っている。まあ、約10倍濃縮だから、輸送効率もいいからね。王都でも受けたんだよ、カクテルのベースとして。果汁にちょっと加えるだけで、見た目も良く美味しく酔えるお酒になるからね。貴族の女性に馬鹿受けしたから結構高値で売れている。もちろん火付け役は、私だ。今は、どこのパーティでも必ず用意されている。そんなこんなを、あの商会がほぼ独占しておこなっている。私との癒着?それのどこに問題があるの??いや、商品開発も商会にやらせたんだから、そりゃそうなるよ。で、王都と領地との交易を基軸として、ここを中心とした各地の交易の拠点になっているから。そして、10年ぐらい前から急速に発展した。最初は苦労したよ、他人を動かすのに。ただ、一度うまく回り始めると、順調に拡大していくもんだよ。だれだって豊かになりたいからね。
だから、領地面積の割に、国政にとって重要な地方拠点となったんだ。だから、ここを戦場にはしたくない、絶対。私の利益のためにも。ここと敵国との間には2つの領地が挟まれている。で、今朝もっとも遠い領地が陥落したとの連絡が届いたそうだ。まあ初戦で負けるのは仕方ない。向こうだって自信があったから攻撃を仕掛けたわけだから。結構頑張ってくれたほうだよ。となると前線は隣の領地になるだろう。そしてここは後方基地だ。隣領よ、食い止めるんだよ絶対。応援しているからね。この世界では電撃戦っていうのはありえない。もっとも早いのは騎兵。そして、歩兵と輜重が続く。だから、占領地での輜重が整ったのち、隣領への攻撃となるはずだ。たぶん、早くても一週間後だろう。あー、男どもあてにならないのよ。ここ数世代、戦争経験していないし。本の知識っていうのもなかなか共有されていない。
多分、義父と夫は前線に出ることになる。で、私はここに止まる。そして、商社と軍との資材調達と戦傷者の看護の調整を行う。私は一休み、そして、義父と夫は領地軍を引きつれての出陣の準備に働きまわっている。頑張るんだよ!まあ、単に休んでいたわけじゃない。この辺りの地形には詳しいんだよ。出産前は義母のいる王都じゃなくって、こちらに滞在していたし。いや、義母を避けていたわけじゃないよ。静かな環境の方が胎児にとってよく、落ち着いて出産できるっていう理由だよ、表面上は。そして、育児ノイローゼを解消するために、領地に滞在中は馬を乗り回して、あっちこっちを視察していたから。隣接領主の家族とも良い関係を築いているよ。すみません、商会とつるんで金目のものを探すのが主目的でした。
というわけで、商会の活動範囲をカバーする、かなり広範囲の詳細な地図を作らせていたんだ。そう、この国の地図のレベルとは完全に質が異なるものを。測量?距離は商会の馬車に車輪の回転数をカウントするものを作らせて、それで計らせた。羅針盤と水平器ぐらいあるからね。商会の活動範囲だから、敵国の部分も含まれている。さらに、地区の人口、特産物およびその収量なんかも。ほとんどスパイだよ。大丈夫、この地図が色々と有用であることは誰も気づいていない。ただ、これは私と商会の企業秘密だ。ただ、敵国と王都間の簡易地図、要するに軍事利用に有用な情報のみを記載したものを用意させている。で、企業秘密版を元に敵が隣領をどう攻撃してくるか、それをどう防ぐかを考える。そして、それを簡易版に落とし込む。
夕食を取りながらの、軍事会議。私も出席しているよ。早速、手詰まりだね。そりゃそうだ、ごく大まかな地図、敵は主兵1.5万人ぐらい、輜重あわせて3万程度。迎え撃つこちらは、主兵として敗残兵が200名、隣領600名、うちが1,400名の合わせて2,200程度。うん、全然兵力が足りないね。まあ、だから攻めてきたんだけどね。そして、圧倒的に前線予定地域の情報が足りない。
無知な女の、くだらない遊びで作っていた物なのですが...で切り出して地図を広げる。この場で2番目に偉い他人の妻だからね。このぐらいは大丈夫。で、この世界のボードケームの駒を使って、状況を落とし込む。「まあ、数日は敵に大きな動きは起こらないでしょうけど...明らかに当方の戦力不足ですわね。」その程度で十分なんだよ。あとは男どもに任せるよ。
いや、こちらから攻撃するのは、両軍の戦力差からどう考えても無理でしょ。増援を待つまで、進撃を食い止めるだけにしなさいよ。その地点でどう防衛するのよ、回り込まれるじゃない。だから、防衛ラインはここあたりでしょう?地形的にみても。で、ここの橋は落としておいて、ここに妨害物を設置して布陣し、敵の進軍を食い止めるのが筋でしょ?うん、任せられなかったよ...いくつかのパターンをシミレーションして、あとは皆様のお働き次第ですね?と微笑んだんだけど、なんでみんな引きつった顔しているのよ?失礼じゃない!いや、命がかかっているからね。ここは、多少無茶しても真っ当な方針にしないといけないからね。精神的にボロボロだよ。はい、軍師様と呼ばれるようになりました。天使様と呼ばれたかったのに...チッ!
まあいいや。負傷兵はこっちで引き受けるから、あとは頼んだわよ。戦闘できなくなった兵士を、前線においていても補給の障害になるだけだから。敗残兵の負傷者も引き受けるわよ。いや、こちらから輜重を前線に送り込むのだから、帰りの空荷で連れてきなさい!輜重はなんども送り込む必要があるでしょ!!病気が広がるから、可能なら遺体も後送するんだよ、こちらで焼くから、いいね。ええ、鬼軍師と呼ばれるようになってしまいました。"様"すら抜かれたよ。何でこうなった?
大体の方針が決まったので、途中で退出した。具体的な部隊の運用は任せた。さすがに越権が過ぎるからね。それでも、やらかしてしまったのは間違いない。
夜はちょっと大変だった。疲れたよ。うん、夫が高ぶっててね...まあ、死のリスクがある以上、そうなるのは仕方ない。要するに子孫を残そうとするんだよね。動物の本能だよ。私もそれに従っただけだよ。
翌朝、隣領への出兵を見送った後、患者の収容場所を設置する。なぜ、歩兵まで私に怯える?解せぬ。綿、包帯、タオル、消毒用のアルコール、釜、大量の薪などを準備させる、使用人達に。病人と援軍が通過する時に、食事も提供することになるからね。
この世界の医療のレベルだが、ろくに効く薬はない。私も探したが、コカの木や曼荼羅花みたいなものも見つけられなかった。高濃度エタノールを作らせているので、エーテルを合成することは可能だが、取り扱いが厄介なので諦めている。というわけで、負傷兵の手当は消毒のみ、鎮痛剤や抗菌剤なしで行うことになる。まあ、かなりハードだ、手当をする側も、受ける側も。
ただし、医療レベルが低いということは、敷居が低いわけで、資源の確保は比較的簡単だ。要するに、手当をする者と手当に必要な資材は比較的容易に集められる。うちのメイドは縫合ぐらいやれるよ?最初、渋ったけど、自分の家族に何かあった時にも役にたつからね。女は出血には慣れているんだから、気持ちさえ切り替えれば何の問題もない。今は勤めをやめているものも呼び戻せば、かなりの数が確保できる。ただ、多くの負傷兵がでると、必ず資源不足になる。そうなると通常の看護とは違う対応が必要になるってことだよ。というわけで、敗残負傷兵の受け入れ前に看護者の会議が必要だね。
まず、人と物資に余裕がある時には通常の看護で問題ない。ベストを尽くせばよい。ただ、人も疲労するし、物資も補給が間に合わなければ欠乏してしまう。そうなれば、治療も看護もできなくなる。その結果は単純だ、最大の死亡者が発生してしまうということだよ。だから、適切に資源を配分する必要があるってことだ。はっきり言ってしまえば、負傷者の一部を切り捨てるってことだよ。
重傷者を延命しようとすれば、それだけ人も資材も時間も過剰に消費してしまう。その上、この世界の医療では重傷者の延命に成功する可能性は比較的低い。消化管が損傷したら抗生剤がない以上、細菌感染そして死は防げない。だから、治療の対象外とする。
逆に生命に関わらないような軽症者は、そもそも死ぬ可能性が比較的低い。まあ、最初に消毒ぐらいはするよ。あとは、自分か負傷者同士でやってね。
注力しなければいけないのは、死ぬ可能性が50%程度の負傷者だ。この集団を放置するか、介入するかで死者の数は大きく変わってくる。もっとも治療の効率が高いってことだね。とは言え、見た目と体温と呼吸数と心拍数ぐらいで判断するしかないんだけどね。これらが明らかに異常なものは治療対象から外す。そして、その時期は私が決定する。皆にそう言い聞かせた。負傷者の階級は無視して、全てを等しく扱え、そして、感情は捨てろと。
もちろん、負傷者が少なくて、切り捨てを行わないで済むのが一番だよ。だけど、悪い事態を想定していないと、パニックが発生し、被害が大きくなるだけだからね。結果として余計な死者が増える。だから皆の頭の中に、あらかじめ情報を叩き込んでおく必要があるんだよ。
負傷者の階級を無視しろっていうのはね、綺麗事じゃないんだよ。余計な手間をかけさせるなってことだ。わがままは聞かない。資源を最大限利用するための合理的な対処だよ。




