開戦
いつもより早く義父、義兄、夫が王宮が帰ってきた。まだ昼前だというのに。そして普段、笑顔を絶やさない、穏やかな人たちが緊張した顔つきで。屋敷に入るやいなや、義父の仕切りで各責任者に指示がとび、屋敷中が騒然となる。家族と各責任者が大食堂に集められ、私は夫の隣に並ぶ。緊張した義兄より、隣国が攻めてきたと告げられる。騒然とする婦女子、私を除き。いや、私はある程度情報を持っていたのよ、出資先の商会から、隣国に怪しい動きがあることは報告されていた。そして伝えられた物資の動きから商会とも話し合い、動員規模もある程度予想していた。もちろん、その情報は夫を介し、義父にも伝えてある。多分義兄にも。そこには私は関わらない。そして、商会の責任者に「もしもの時にはよろしくね。」と微笑みとともに伝えていた。
長女は12才、長男は10才、次女は8才、そして、三男は6才になっている。一応、私の子供たちは、命の危険な乳幼児期を生き抜いている。そして、今回の戦争に関わる年齢ではない、侵略がここにまで及ばなければだが。次男のことは聞かないでほしい。流石にあの時は私も泣いた。したがって、この戦いを行うのは夫、そして私がどこまで関わるかだ。ただ、私が関わろうと判断すれば、反対されたとしても関われる準備は済ませている。国として防衛に成功したとしても、夫、最悪の場合、夫と私が死ねば、子供たちにに影響がでる。他人では子供達の母の代わりはできない。うん、今回は気安く転生を使うつもりはない。全力でこの国の防衛に協力するよ。たとえ、我が身が危険に晒されてもね。夫と子供皆死ぬようなことは、今は考えない。さて、どうしよう?今は、黙って聞くか。
敵の侵入場所を伝えられる。そこから、王都に向かって進軍するとすると、3番目に我が家の領地が侵略されることになる。最初から最前線でなかったことは救いだが、それは夫を選んだ時に考慮した条件の一つだ。もっと身分が高い者からも求婚されたが、危険な領土であったため、丁寧におことわりしたのは正解だった。そして、大きいとは言えない領地ではあるが、我が家は割に裕福だ。1段上の階級の貴族と、動員できる兵力と軍資金にはそれほどの差は出ないだろう、というぐらい自信がある。まあ、前世の知識で私が色々介入しているからね。領地の生産性は他の地域とは全く別物だ。
侵略は早い段階で食い止めた方が、双方の被害が少なくなる。あの神様も使える可能性がある。ただそれは、今ではない。もちろん、あいつを利用して戦争を避けるなんてことは、不可能と判断していた。ある程度お互い、もしくはどちらかが悲鳴をあげる程度まで殴り合った後でしか使えない、と予想している。悲鳴をあげるのが、敵国だけであれば理想的だが...まあ、あの国には100年ほど前にちょっとした貸しがあるしね。講和の引き金を引く程度のことは、私にもやれるはずだ。
義父が食堂に駆け込んでくる。汗を流しながら。出陣するのは、義父と夫と指名された。義兄はここに残る、当面安全なこの屋敷に。相続のための保険だ。チクショー、それは計算外だった。身の自由が保てる、次男を選んだのは失敗だったか?というか、身元のはっきりしない私には、長男を夫とする選択肢がなかったんだから、言っても仕方ないことなのだけれど。とりあえず、ごくわずかな護衛をつれて、義父と夫が領地へ向かうこととなった。手持ち兵士の兵糧は領地で確保できているが、国軍や他の爵位の群も、当家の領地を後方支援基地として利用する可能性があるため、できるだけ確保したい。また、軍備も多ければ多いほどいい。仕方ない領地が、戦争の最前線になって破壊を受けることになるより、後方支援基地で止まりお金の問題だけで済む分だけよほどありがたい。これらは、可能な限り王都で手に入れることとなる。ただ、問題は徴税前だったこともあり、この屋敷に蓄えている資金が明らかに不足していることと、大量の資材の入手だった。王都で商品が数日で枯渇するのは目に見えている、しかも戦争に必要なもののみが。
うん、出番かな。私は夫に鍵を渡す。私用に確保し、物置として使用していた部屋の鍵だ。そして、告げる。金貨は2万枚ほど蓄えている。それをすべて供出する。ある程度の資材は、すでに出資先の商会に確保させている。他の商会も当たってほしいが、かなりの融通がその商会で効くはずだと。静まり返ったよ...効きすぎたかな?まあ、私が色々手を出していて、金にも困ってないことは皆んな知っている。ただ、具体的な話はしてないからね。そこは、紳士淑女の嗜みだ。興味があっても、こちらから話さなければ、私から聞き出そうなんて失礼なことは夫だってしないよ。義父が泣きながら手を取ってきたよ...山内一豊の妻だよ。「いえ、15年前行き場のなかった私を救ってくれて、快く引き受けていただいたお父様、お母様。私を愛して子供まで授けていただいた、あなた。そして、全てを受け入れてくれた家族の皆様と、お勤めの皆様の優しさに、せめてもの恩返しをさせていただければ、私は幸せでございます。」と優しく微笑みながら言ったよ。泣いたよ、みーんな。チョロいよね。いや、金貨はまだもってる、あいつのところに置いてある。私が出す額が、突出してしまうと男どものメンツが潰れるからね。ほどほどにってことだ。そして、これぐらいで十分なはずだ。商会から、必要な物資を購入するための必要な予算は確認済みだ。
情報が早い商会だから、もうすでに動いているはずだ。え、私に面会者?商会?うん、ちゃんと教育してた成果は上がっているね。優先販売可能な物資のリストを持ってきたよ。金は後払いでもよいと言われたが、大丈夫、私の資金で十分まかなえる。ちゃんと前払いするよ。
リストを軍の兵站責任者に渡す。最敬礼で受け取ったよ。で、部下と商会のものが退出する。多分、1,2時間で購入物資と輸送方が決まるはずだ。前線ではない領地への輸送は、商会が受け持ってくれる。うちの領地の特産品なんかは優先的にここに卸しているからね。というか、特産品の開発を商会にやらせているんだけど。だから商会の支店も領地にある。速度の遅い荷馬車だから、準備でき次第、順次こちらからの指示がなくても、領地への輸送が始まる。この方面で私がやれることは、今はない。領地からでも、紹介へのお願いはできるから。微笑み情報が欠落するので、ちょっと弱くなるかもしれないけど。
私も領地まで、同行するよ?まあ、前線には出ないけど、後方支援はできるはずだよ。乗馬も鍛えていたし、問題ない。足手まといにはならないはずだ。そこまでは...って反対されたけど、押し通したよ。これだけ準備してた、私の願いを拒否できるわけがない。もちろん、しおらしい顔つきで、これでも今までの恩に報いるには不足かと思いますがって。いや、これが押し文句だよ。いつものように、やりたい放題やるよ。当然、今回も他人を使うだけのつもりだけど。
2時間後に先発部隊が出発することに決まった。それじゃ、2時間後に集合って、お父様お忘れですよ。「大変失礼ですがお兄様、是非、当家が出発の準備をすでに終え、本日昼過ぎには領地へ向かうこと、領地もしくは前線でお待ち申し上げますと王宮へとお伝えいただきたくお願い申し上げます。」うん、他家を出し抜いて、一番先に行動を起こせたことは、当家の能力の証明だよ。売り込めるところは売り込んでおかないとね。
子供に暫しの別れを告げる。また会えることに関しては、私は心配していない。だから、ここまで戦火が及ばないようにするだけだ。
で、1時間ちょっとでみんな揃ったよ。うん、他家どころか王宮も騒然としているだけで、まだ動きがないよ。早くても、出陣は明日の朝以降だろうね。遅れれば遅れるほど必需品の調達は難しくなってくるのに。夫と私は、かなり派手な格好をしている。夫は嫌がったけどね。ちなみに王宮の正門前で、王宮に向かって敬礼した上で出発した。出陣に女性である私が、軽武装して同伴したことは、王都の噂になるはずだよ。うん、王宮前から出発した時には見物人がでてた。その中を、微笑みながら進む。宣伝も大事なことなんだよ。ちなみに、この国では女性用の武装は手に入らなかったんだ。だいぶん前に、商会から遠国の見えの良い赤色の防具を、苦労して取り寄せてたんだ。なぜ赤色?昼間は目立つけど夜は目立たない色だからね。赤い光は夜目立つけど、色は違う。夜間脱出にはもってこいの色だよ。たぶん、わたしがこの国で初めて、武装した女性なんじゃないかな?まあ、弓ぐらいは射れるよ。斬り合いは絶対無理だけど。母は強し、ってやつだよ。




