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『二人の母』と『生き方の差異』。




幼い頃に母が死んだ。自らの命を経ち、この世を去った。


自分一人を残して。


幼いが故、親戚の誰かに引き取られることになるらしい。誰があの子を育てるのか、と親戚同士で話し合いが持たれた。誰も望んで引き取ってくれる人は居なかった。


結果、二十代後半にもなって未だに結婚もしておらず、当然子どもも居なかった叔母に白羽の矢が立った。嫌々という風に叔母に引き取られ、一緒に暮らすことになった。叔母だった女性が義母になった。誰にでも優しかった母とは違い、義母は厳しい人だった。否、自分には厳しく接していたのだ。

我儘などは許されるわけがなく、反抗すれば暴力を振るわれる。ご飯を食べさせてもらえない日もあった。義母の機嫌が悪い日はいつも八つ当たりに遭っていた。家に入れてもらえず、近くの公園で一晩過ごした事も何度もあった。


小学校卒業という時期になって初めて『義母は母と仲が悪かった』という話を伯母から聞いた。『寝取る』という言葉の意味を知らなかった当時の自分は話を半分も理解出来なかったけれど、ようは母と義母は父を取り合った仲なのだ。そして母が勝った。それで義母は未だに母を嫌っていると。そんな話だと思った。



自分が真実を知ったのは中学二年生になった頃のことだった。

その頃には義母は病気にかかり床に伏していた。

そんな義母が自らの口で語ってくれた。



--初めて彼氏を家に呼んだ日のことだった。

私は自室で彼氏とくつろぎながらも合間を見て妹にお茶の用意を頼んだ。妹は素直に頼みを聞いてくれて、その度に部屋に顔を見せていた。そんな妹に彼氏を紹介して、彼氏にも妹を紹介した。

ここまでは普通の付き合いだった。


その日以来、彼氏は段々妹のことばかり気にするようになった。最初は私の妹だから気に掛けてくれているのだろうと、そう思っていた。

同時期に、妹も彼氏の話ばかりするようになった。


そして数ヶ月後の夏休みのこと。

部活の三泊四日の合宿で家を離れることになり、妹には当然のこと彼氏にもそれを伝えていた。

たったの四日間だが、寂しいので彼氏に言ってデートをしてもらった。

遊園地に行った。買い物もした。夜には夏祭りに行った。そしてそのまま家に帰らずホテルに行って身体を重ね合った。


合宿当日。

合宿で隣の県に行ったはいいものの、上陸予定の台風の影響で急遽日程が短縮され、初日の練習試合の後、バスに乗って帰宅する。

一応、帰る前に妹に連絡したのだが携帯の電源が切れているのか繋がらない。家にも電話したが誰も出ない。不思議に思いつつもバスに乗り込み家まで送ってもらった。

家に到着して見てみるも灯りは付いているので誰かいるはず、と思いながら鍵を開け家に入る。家の中は静かだった。リビングの灯りはついたままだし、テレビもつきっぱだった。玄関に妹の靴があったことは確認しているので、おそらくは自室にいるのだろう、と思い妹の部屋に向かった。

扉の前に立ち、声を掛けようとした時だった。

妹の艶めかしい声が聞こえてきた。


私の脳に緊張が走った。

まさか妹が家に誰も居ないからと、こんな大胆な事をするとは思っていなかったのだ。

私はしばらく動けずにいた。そして力が抜け、そのまま扉の前に座り込んだ。


行為が終わったのか、扉が開かれた。

中から出てきたのは。


彼氏だった。

妹の、では無い。

私の彼氏だった。


家の中は静かだった。

そんな静かな空間に『パチンッ』という音が響き渡った。

私が奴の頬を撃った音だった。


私は心の底から妹を恨んだ。『人の彼氏に手を出すなんて最低だ』と。

実際には手を出したのは奴だったのだが、それでも私の恋人だと知りつつ彼氏と関係を深めた妹が許せなかった。


そんな二人に遂には子どもが産まれた。二人は嬉しそうだった。

見ていられなかった。憎悪の感情しか湧き上がらなかった。


二人はなし崩し的に結婚した。--




話を聞いて、自分の中にも義母とは違う怒りが起こった。


そう、生まれて此方、自分は父というものを知らない。当然その姿もだ。

もし今も居たなら自分が知らないわけがない。


当時の彼女を裏切ってまで自分を産み、挙句結婚した父。今度は母を捨てたのだ。



義母は涙ながらに続けた。


奴に裏切られ、それでも必死に子育てに勤しむ妹。そんな妹を見てあの時の私は彼女を慰めることは愚か、寧ろざまあみろと言わんばかりに貶していた。


そんな私は自殺した妹の遺書に書いてあった『お姉さん、幸せを奪ってしまってごめんなさい』の一文を読んだ時、妹に感謝した。


『幸せを奪われた訳ではない。寧ろ、私から奴を引き離してくれてありがとう。あなたのおかげで幸せになれた』と嘲笑するように。



あの時の私はどうかしていた。妹が死んで、涙も流さず、笑っていた。


今になって、悲しんでももう遅いよね。



それと、あなたにもごめん。

あなたはある意味被害者なのに、長い間八つ当たりをしてしまった。

本当にごめんなさい。

全ての自分のせいだ、と。



義母だって被害者なはずなのに、だ。

自分は行方不明の父に恨む感情を抱きこそすれ、義母に対してそんな感情を抱くことは無かった。

こんな話を聞いてしまえばもっとだ。



だから言った。慰めでも何でもない、心からの気持ちをを。


「義母さんが謝る必要なんてどこにもない。今まで育ててくれてありがとう。これからもお願いします」


言いながら義母を抱き締める。

義母が嗚咽を漏らしながら、泣き始めた。

数時間泣き崩れて、疲れたのだろう。気づけば胸の中で幸せそうな顔で眠ってしまっていた。


以降、義母が目を覚ますことは無かった。




葬儀で泣きながら誓った。

いつか必ず、父を見つけてぶん殴ってやる。

第一第二の母、二人を弄んだこと、俺は絶対に許さない。





--------------------



激しい鈍痛に目を覚ます【李紗(りさ)】。

何かとても切ない、けれど温かい夢だった。

そして目を覚ました今も、頭に焼きついているのは強い憎しみと執念。


【虎鉄(こてつ)】が挫けた私を立たせてくれたあの日を思い出す。【虎鉄(こてつ)】は私の夢を見たのだと言った。

私の過去を見たのだと。

だから思った。もしかしたらこれは【虎鉄(こてつ)】の記憶なのかもしれない、と。


【虎鉄(こてつ)】だって重いものを抱えて生きていたのかと、そんな風に感じてしまう。

私は彼の事を何も知らない。知ろうとして気に掛けてはみても気怠げにも他の二人と何気無く話している様子しか見て取れなかった。

彼はあまり自分を語ろうとはしなかったし、本気で誰かと向き合おうとしてるようにも見えなかった。

そんな彼があの時だけは私と本気で向き合ってくれた。それが凄く嬉しかった。私を励ましてくれて、ありのままを受け入れてくれて、『一緒に行こう』と手を差し伸べてくれた。


私にはそんな事は出来ない。

彼の過去を知って、どう接すればいいのかと迷ってしまう。誤魔化すことが下手な私がどれだけ『普段の私』を取り繕ったところで誰かしらにはバレてしまうだろう。


「どうしたらいいんかな」


一人そんな事を呟きながら、再び布団に突っ伏す。

そのまま二度目の睡眠に入り目を覚ましたのは夜だった。


中々部屋から出てこない私を心配していたらしい三人は目を覚ました私の元によってきて口々に『お姉ちゃん、大丈夫?』『大丈夫かい?』『また何か抱え込んでいるんじゃないか?』と気遣うように声を掛けてくれた。


「うん、平気。心配掛けてご、めんなぁ!あんがと」

【怜奈(れいな)】から【竜矢(たつや)】へ。【竜矢(たつや)】から【虎鉄(こてつ)】へと視線を移しながら言った私だったが、【虎鉄(こてつ)】と目が合った瞬間に慌てて逸らしてしまった。

やっぱりどんな顔を向けたらいいのか分からなかった。

三人ともそんな【李紗(りさ)】を変に思いつつも、元気そうな様子に安心してくれたようだ。不安そうだった顔を笑顔に染めた。



あの始まりの日から三ヶ月ほど過ぎた今。

私達は少しずつこの世界での生活に慣れ始めていた。





神族達が住む世界、-テラ-。


当初、夜の無いこの世界は、【虎鉄(こてつ)】達のようにあの世界-ガイア-から来たものにとっては何とも生活しにくい世界だった。


まず野営に出ても眠れない事が多かった。一人を除き、皆寝不足の日々が続く。

ボーッとしたまま戦うこともしばしばあった。

一ヶ月が経った頃にようやく、日の下で寝ることが当たり前に出来るようになった。


仕事の方も初級の依頼くらいならなんとかこなせるようになっていた。

それぞれ少しずつではあれど戦うことにも慣れてきた。


【怜奈(れいな)】は大剣を振るうことを毛嫌いしたため、本来ならば忍術士系職業が重宝する短剣を欲しがり、使いこなせるようになっていた。

【竜矢(たつや)】は治療士らしく白魔法を覚える。


魔法使い系職業と治療士系職業が使う白魔法だが、職業によって使える魔法が制限されているため、魔法使い系職業は攻撃系統の白魔法全てと回復系統の白魔法を一部、治療士は回復系統の白魔法と攻撃系統の白魔法を一部しか使えない。


のだが、【竜矢(たつや)】は治療士として必須の回復系統白魔法よりも先に攻撃系統白魔法に手を出した。

なのでいざ、戦闘に突入しても敵を攻撃するばかりでちっとも回復してくれないのである。

まともに回復魔法すら行使出来ないヒーラーとは……。


【虎鉄(こてつ)】は【李紗(りさ)】の要望から宝石を用いた魔法を鍛えていた。召喚士は宝石に宿る召喚獣を召喚するため、宝石を介した魔力の扱いに慣れていなければならないのである。


【李紗(りさ)】は雷系統の魔法に適正を得たため雷系統の魔法を延ばそうとしていた。未だ、初級魔法のサンダーでさえも思った場所に放てないが。

誤って仲間達に電気を走らせては叱咤されるのが定番になっていた。


そんな【虎鉄(こてつ)】達のパーティは、当然所属ギルド内でも最弱だった。



所謂テラ人である神族達は幼い頃から生きるためにと生活の一部として狩りや報酬目当てに魔獣との戦闘を行う。そんな人生を送ってきたのだ。

だが、-ガイア-から転移してきただけの【虎鉄(こてつ)】達は違う。今まで異世界の平和な環境で過ごしてきたため、当然彼らのような生き方は知らない。神族達が当たり前に出来ることを、出来ない。【虎鉄(こてつ)】達にとってそれは当たり前では無いのだから。

最弱たる所以はそこにあった。


ギルドにはそれぞれの職業に向けた教育機関、養成所がある。そこに通えば今よりはきちんと冒険者らしい生き方と生活が出来るようになるはずだ。

何故そうしないのか。


金が無いからだ。


初級の依頼しかこなせない上、報酬は四分割。四倍の仕事をしてようやく一人分が貰える計算だ。

生きていくだけで精一杯。




それでも私達は懸命に生きた。

生きるため、そして元の身体に戻るため。そして最終的には-ガイア-へ帰るために。



そしてそれから一月も経たぬうち、-テラ-で最も大きな都市、-アレクサンドリア-で戦争が起こった。


神族と魔族との戦争が。



--------------------



魔王が死体から魔族を生み出す業を編み出してから半年が経とうという頃。

来る神族達との戦争に向け着々と戦力増強が進んでいた。


魔王とあの日産み出された元神族二人、ネス率いる半魔獣化した魔族達。数は多くないものの一人一人の力は-テラ-の騎士隊に引けを取らぬ程に延びていた。

その方法とは魔王の血によるドーピングであった。

お猪口サイズの量ほどの血をそれぞれに摂らせた結果、バラツキはあるものの魔族各々が力を伸ばした。欲をかいて多量の摂取を試みた者は狂気に陥り、内側から破裂するかのように肉片だけ残して死んだ。


中でも最も力を伸ばしたのは、魔王直々に『マリア』と名づけられた元神族の女性だった。

このことから魔王は性行為を行い、自らの遺伝子を与えることで更に力を持たせることが出来ると確信した。

故にも、-テラ-に行くこと、そしてその地の女性を手に入れることを心待ちにしているのである。



短い睡眠から目を覚まし、寝衣のまま部屋を出たようと扉に手をかけた魔王。

扉の外にはマリアが立っていた。


「リク様、おはようございます」


リクとは魔王の真名だった。

魔王はマリアにだけ、その名を教えている。

現在マリアは魔王にとって秘書であり、メイドであり、魔王の嫁となっていた。

マリア、の名前の由来は、『昔関係を持った女性と雰囲気が似ているからその人の名前の一部を借りて魔リア→マリア』というもの。

そのくらい魔王はマリアの事を気に入っていたのだ。


そんな彼女に寝衣を脱がしてもらうと、魔法を行使。瞬時に魔装する。


その日はいよいよ待ちに待った決戦だった。

魔王はマリアと後ろからついてきたネスと共に城から出た。

城の周囲を囲んだ魔族達。

皆逞しい表情をしている。自分達の力を存分に振るえることに喜びを感じているのだろうか。


「これから戦争だ。我が目的のため、存分に力を発揮して欲しい。敵に己が存在を誇示する良い機会でもある。各々存分に楽しむがいい」


そう告げた。


周囲からは雄叫びにも似た歓喜の声。

皆一様に騒いでいた。


「さあ、出陣せよ!」


魔王の一言と共にワープゲートのような黒い門が開く。



魔族達の侵攻が始まった。





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