懐かしいモノ〜ライル視点〜
「なんだ、コレは」
執務室の椅子に座ったオレの前に置かれた真っ黒な物体。真っ白な皿に映える黒。炭にも見えるが、炭にしては平たい。
「どこから、どう見てもクッキーでしょお?」
オレの前に立つバクルが笑顔で答える。滅多に厨房から出てこないのに、珍しくオレの所に来たと思ったら、コレか。
「なんだ? 嫌がらせか?」
「失礼ね。セシリアちゃんの手作りなんだから、心して食べなさい」
「…………なぜ、食べないといけないんだ?」
「可愛い女の子が作ってくれたのよ。食べる以外の道はないわ。あ、材料は私が準備して、私が一緒に作ったから毒は入ってないわよ」
「おまえが共に作って、この出来か」
ため息を吐くオレにバクルが思い出したように笑う。
「あの子ね、とても必死だったのよ。美味しくなるように、美味しくなるように、って唱えながら全力で作って。それが空回りした結果だけど」
「……」
「適度に力を抜いたらいいんだけどねぇ。それが出来ない不器用さんで、まるで誰かさんみたいよ?」
視線を落とせば真っ黒なクッキー。無言のオレにバクルが独り言のように言葉を続ける。
「人族の皇族なんてプライドが高いだけの猿もどきって思っていたけど、あの子は違うみたいね。毎朝、聞こえる歌をうたっているのがセシリアちゃんだって噂を耳にした時は疑ったけど、本人を見て納得したわ。あの澄んだ声は、澄んだ心を持つセシリアちゃんにしか歌えない。裏表なく、素直に自身の心を表現する。獣人でも、それが出来る者は少ないわ」
「だから、なんだ?」
「少しぐらい歩み寄っても悪くないと思うけど」
その言葉にオレは黙った。そんなオレにバクルが肩をすくめる。
「どうして、そんなに女の子を拒絶するのかしら。メイドとか使用人なら問題ないのに」
「……うるさい」
オレを助けた黒髪の少女。おぼろげにしか覚えていない。だが、確実にオレの心を占めている。そんな状態で他の女にまで気を回す余裕などない。
(我ながら不器用な性格だ)
そんなオレの思考をノックの音が現実に戻した。
「失礼します」
神妙な顔をしたアッザがドアを開ける。その姿にバクルが声をかけた。
「セシリアちゃんの調子はどう?」
「それが……」
アッザが耳を伏せ言葉を濁す。
「あいつに何かあったのか?」
思わず出た言葉に二人の視線がオレに集まる。それから、バクルが意味深に目を細めた。
その顔がなんかムカついたから、今日の夕食は手間がかかる飯を作らせよう。
そんなことを考えていると、アッザが机に置いているクッキーに気付いた。
「食べられましたか?」
「いや。だから、なぜオレが食べないといけないんだ?」
「セシリア様があんなに頑張って作られたのに、食べないといけないんだ、の一言とは……」
「オレは兄のように慈悲深くないからな」
「あら、あら。誰も優等生のディアー第一王子と比べてないのに、自分から比べるなんて主は自虐体質なのかしら?」
無言で睨むと、バクルが「おぉ、怖っ」とわざとらしく視線をそらした。いちいち癇に障る。
そこでアッザが軽く咳をして自分に注目を向けた。
「セシリア様を診察した治療師の話だと、ここに来た頃と比べて魔力がかなり弱っているそうです」
「魔力だと? 人族は魔力をほとんど持っていないだろ」
「それがセシリア様は例外だったようで。あの骨皮の衰弱死一歩手前状態で生きていられたのは、無意識に体が魔力を吸収していたため、だそうです。神殿の内部に魔力が溢れる場所があったのでしょう」
「魔力が溢れる場所……ならば神殿が建つのも分かるな。今はぞんざいな扱いをしているようだが」
「神殿が建てられたのは遠い昔のこと。今では魔力のことは忘れ去られ、形式だけのモノになっているのかもしれません」
状況を理解したオレは思わず鼻で笑った。
「ハッ。形式だけとなった神殿に閉じ込められたが、それによって生きながらえたとは、皮肉としか言いようがないな。で、魔力の補充が必要なのか? なら、魔力を多く含んだモノを食わせればいいだろ」
「それが、治療師の話だと、そうはいかないようで」
「どういうことだ?」
「先ほど話したようにセシリア様は溢れている魔力を体が吸収して補給をするそうです」
「食べて補給することはできない、ということか?」
「はい」
オレは思わず頭をかいた。
「厄介な体質だな」
「生き残るために、そうなったのかもしれません」
「……で、どうするんだ? この辺りに魔力が溢れている場所はないぞ」
「あるじゃない」
今まで黙っていたバクルが声を挟む。
「どこだ?」
「そこ」
バクルがオレを指さす。主を指さす時点で不敬だが、今はそれどころではない。
「はぁ!?」
「あんたのそのバカでかすぎて溢れる魔力。セシリアちゃんに吸ってもらえば?」
「なんで、オレの魔力を!?」
「夜な夜な溢れた魔力を魔獣にぶつけて発散しているんでしょ? それならセシリアちゃんにあげたほうが、有意義よ」
「だからって、なんでオレが!」
「人質は生きてこそ価値がある」
オレの言葉を遮ったアッザがにっこりと微笑む。
「セシリア様と最初に出会われた時にそう言われましたよね? なのに、見殺しにされるのですか?」
満面の笑みだが目が凍っている。あの時は穏便に流したが、密かに怒っていたらしい。こいつも根に持つタイプだった。
「チッ。近くにいるだけだからな。あと、あいつが起きる前には部屋を出る」
「それで十分です。では、荷物を運びましょう」
こうしてオレは残りの仕事をセシリアの部屋ですることに。しかも、セシリアが寝ているベッドの真横に執務机を置いて。
「おい、これはさすがに……」
「お静かに。セシリア様が起きてしまいます」
アッザの忠告にオレは口を閉じた。
机や椅子を運び入れて起きなかったのに、オレの声で起きるとは思えないが。
「では、失礼いたします」
アッザを始め、机を運び入れた使用人たちが素早く退室する。
オレはすぐ横で眠るセシリアに視線をおとした。
「……なんで起きねぇんだ」
それだけ魔力不足で、体の維持だけで精一杯になっているのか。
セシリアの顔を眺めていると、細い眉が苦しそうに歪んだ。
「お、かあ、さま……まっ、て」
目尻に光る雫。
オレは椅子に座ったまま、気まぐれで尻尾を動かした。尻尾の先でセシリアの目を軽く拭う。すると、セシリアの手が動いた。
「ゲッ!?」
セシリアががっしりとオレの尻尾を掴み、そのまま頬に引き寄せる。
「くそっ、離せ」
手を伸ばそうとしたところで小さな声がした。
「ねこ、さ……」
ついさっきまで泣きだしそうな顔をしていたくせに。オレの尻尾を抱きしめて嬉しそうに笑っている。
「……好きにしろ」
オレは机に視線を戻した。すると、そこには真っ黒なクッキーが。
(あいつの髪もこんな黒だったな)
興味半分でクッキーを手に取る。かすかに感じる魔力。
「クッキーに魔力が宿るなんて、どれだけ必死に作ったんだ? ただでさえ魔力不足な体なのに」
オレは苦笑いを浮かべながらクッキーを口に放り込んだ。香ばしいを超えた苦みの中にある、ほのかに感じる澄んだ魔力。
その魔力にオレはなぜか懐かしさをおぼえた。




