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【書籍化】獣人の国に嫁がされた聖女は、おまえを愛することはないと宣言される〜私はもふもふに囲まれて幸せです〜  作者:
第一章

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それは、初めての手作りクッキーでした

 獣人の国に来てから一小節が過ぎた。


 朝、起きたら歌をうたい、その後はワヒとナンと軽く庭を散歩。それから美味しい朝食をいただいて、結婚式の準備と獣人の作法について勉強。あと、この国の気候に体が慣れてきたので、運動も少しずつ始めている。 

 乾いた空気に砂だらけの砂漠。たまに神殿の緑が恋しくなることもあるけど、それは一瞬だけ。


 それぐらい、ここでの生活は満たされていて。


「だから、頑張りたいんです!」

「……なにを頑張るのですか?」


 私の突然の宣言に紅茶を淹れていたアッザの手が止まる。

 庭にある大木の木陰で長椅子に座っている私は訴えた。


「こんなに良くしていただいているのに、人質として生きているだけなんて、もったいないと思いまして。少しでもライル様や皆さんのお役に立ちたいのです」

「それについては、セシリア様の毎朝の歌で十分ですよ。朝、あの歌声が聞こえるだけで、城の使用人たちのやる気が違いますから」

「ですが……ライル様には、なにもできておりません」

「ライル様は……そうですねぇ」


 アッザがチラリと城の方を見る。視線の先は、たまに焦げ茶色の髪の影が覗いて見える部屋。


「ライル様もこちらを気にされているようですし、差し入れを作られて持っていかれますか?」

「差し入れ……ですか?」

「軽くつまめるお菓子など、いかがでしょう?」

「お菓子! お菓子は私でも作れますか!?」


 飛びついた私の肩をアッザが押さえる。


「少し落ち着きましょう。セシリア様はお料理をされたことはありますか?」

「いえ……」

「では、一緒に作りましょうか? クッキーでしたら簡単ですので。昼食後に厨房を借りましょう」

「はい、お願いします!」


 意気込む私にアッザが釘を刺す。


「ただし、調子が悪くなったらすぐに言ってください。セシリア様はギリギリまで無理をされますから」

「は、はい。申し訳ございません……」


 ここに来てから私は睡眠時間が増えた。朝はいつも通り目が覚めるけど、昼には眠くなるし、夜も早くに眠くなる。美味しい食事と、ふかふかのベッドと、湯浴みで体調は良くなっているはずなのに。

 考え込む私にアッザが微笑んだ。


「体が栄養を吸収するために休養を欲しているのでしょう。休むことも丈夫な体を作るために必要なことですから。眠い時は無理せずに休みましょう」

「ど、どうして私が考えていることが分かりました!?」

「セシリア様はすぐ顔に出ますから」

「うぅ……」


 アッザに隠し事はできなさそうです。



 午後になり、私はアッザに連れられて厨房に入った。

 全員、白い服に白い帽子を被り、洗い物や料理をしている。


(ここで、あの美味しい料理が作られて……)


 そう想像しただけで私は自然と頭をさげていた。


「いつも美味しい食事をありがとうございます」


 私の声にガヤガヤと賑やかだった厨房が静かになる。

 そこに長い影が私にかかった。


「あら、私の料理がそんなにお嬢ちゃんの口に合ったのかしら」


 口調は柔らかいけど、声はかなり低い。私の隣にいるアッザの毛が逆だった。


「料理長! 無礼にも程がありますよ!」


 私は慌てて顔をあげてアッザを止める。


「無礼でも、なんでもありませんから」

「セシリア様……」


 なにか言いたそうなアッザを押しのけて料理長と呼ばれた獣人が私を覗き込んだ。

 短い茶色の髪から覗く、ベージュ色の柔らかそうな毛が生えた耳。長いまつ毛に覆われた大きな黒い目と細い顎。スラリとした細長い手足に、尻尾の毛が腰で揺れる。

 背が高く、細いけどしっかりと筋肉がついた美形な男性。


「もしかして、ラクダの獣人の方ですか?」

「ふーん。人族にしては見る目があるのね。料理長のバクルよ。お嬢ちゃん、どの料理が口に合ったのかしら?」

「全部です!」


 私の即答に全員の手が止まる。


「初日に食べたパンはとても柔らかくて、スープともお肉とも相性が良く、いくらでもいただけました。あ、その時の白いスープは食材の味がまろやかで、体に染み渡るようでした。それと、翌日の卵は焼いてあるのに、ふんわりトロトロで感動しました。あと、その二日後のお肉ですが、ソースがよく染み込んでいて、噛めば噛むほど味が出てきて美味しかったです。それに、七日後のサラダはドレッシングの酸味が野菜の苦みをまろやかにして、絶妙な美味しさでした。それから、十日後の薄い生地に包まれたお肉は口に入れると溢れてきた汁が……んぅ」


 思い出してヨダレが出てしまった。急いで口を閉じると、すかさずアッザがハンカチを渡してくれた。


「し、失礼いたしました。ありがとうございます」


 私はハンカチで口元を拭きながら、バクルさんから顔を背けた。さすがに恥ずかしい。

 すると、吹き出すような笑い声が……


「まったく。そんなに素直に褒められたら嬉しくなるわね。しかも、思い出してヨダレまで垂らすなんて」

「あの、本当に申し訳ございません」

「いいのよ。いけ好かない人族かと思っていたけど、こんなお嬢ちゃんだったとわね。朝の歌も納得だわ」

「あ、朝の歌が耳障りでしたか!? 失礼いたしました!」


 頭をさげているとバクルさんが呆れたように言った。


「どこをどう聞いたら、そういう解釈になるの? ほら、顔をあげて」

「は、はい」

「クッキーを作るんでしょ? 材料は準備してあるわ」

「ありがとうございます。バクルさんはお優しい方ですね」


 私の言葉に数人が食器や調理器具をひっくり返した。信じられないモノを見るような目が向けられる。


「バクルって呼び捨てでいいわよ。あなたは(あるじ)の妻になる人なんだから」

「で、でも、私は人質で……」

「人質だろうが、人族だろうが、妻になることに変わりはないわ。なら、主の妻に相応しい振る舞いをしてちょうだい。でないと、主が恥をかくわよ」

「ライル様が私のせいで恥を!? そうならないように頑張ります!」


 満足そうに頷いたバクルがアッザに声をかけた。


(こじ)らせ主には勿体ないぐらい素直で良い子じゃない」

「私もそう思います」

「気が向いたわ。私がクッキーの作り方を教えてあげる」

「料理長自ら!?」


 周囲が一斉にざわつく。


「なに、文句あるの?」

「いえ。珍しすぎて明日は雨が降るのかと……」

「あら。雨なんて素敵な天気じゃない。じゃあ、こっちで作るわよ」


 私はバクルに連れられて厨房の奥へ。そこで、手取り足取り教えてもらいながら作った結果は……


「…………えっと、力をいれすぎたのかしらね」


 真っ黒な炭となったクッキーでした。


「申し訳ございません! せっかく教えてもらいましたのに……」

「まあ、作り方はわかったでしょうから、次は焼きすぎないようにしましょう。もう一回作るでしょ?」

「よ、よろしいのですか?」

「何度も挑戦する子は好きよ」


 バクルが大きな目でウインクをする。


「お願いしま……」


 ここで私は目眩を感じた。目の前が真っ白になり、力が抜けていく。眠気というより、意識が遠のくような……


「セシリア様!」


 アッザの声が遠くで聞こえた。




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