それは、愛の告白と混乱でした
魔獣の侵攻から一小節が経ち――――――
私は獣人の国で作ったウエディングドレスに身を包んでいた。
鎖骨と肩がしっかりと出たデザイン。でも、二の腕から先は繊細なレースの袖が白波のように指先までを隠す。上半身は体のラインに沿っているけど、腰から下は真っ白な布とレースを重ねたスカートが白百合のように広がる。
そして、胸には母の形見であり、先帝の紋様が刻まれたブローチ。
アッザが感無量という様子で目元をハンカチで拭いながら微笑む。
「お美しいです、セシリア様」
「……ありがとうございます」
沈んだ私の声にアッザが気づく。
「もしかして緊張されているのですか? 大丈夫ですよ。獣人の結婚は、民に姿をお披露目するだけですから。人族のように儀式があるわけではありません。まあ、一小節後にはストファリア帝国で結婚の儀をしなければなりませんが」
「……そうですね」
「地震で崩れた帝城と、泉がある神殿を魔法で封印いたしましたが、特に異常はないそうです。新しい帝城も本殿だけですが、もうすぐ完成します。結婚の儀も予定通りおこなえるでしょう」
「……はい」
「セシリア様なら儀式の内容はすぐに覚えられるでしょうから、大丈夫ですよ」
「……はい」
私が沈んでいる理由は違うのだけど。でも、これは誰にも言えない。
軽いノックの音とともに声がかかる。
「セシリア様、お時間です」
使用人に呼ばれ、私はアッザとともにバルコニーがある部屋の前へ。そこには、ストファリア帝国の皇族の正装をまとったライル様。
いつもは自由にさせている焦げ茶色の髪をきっちり整え、涼やかな目元がハッキリ見える。
真っ白な詰め襟に装飾の刺繍と、金の飾り紐。右の肩だけマントが垂れた、特徴的な服。腰には金で装飾された剣。
眉目秀麗な顔にストファリア帝国の正装姿は相性ばっちりで。
そう。ライル様が着ているのはストファリア帝国の正装。
ストファリア帝国で準備していた私のドレスが地震でダメになったしまった。
そのためライル様が、私は獣人の国のドレス。ライル様がストファリア帝国の正装。で結婚をすることで、お互いの国の親睦を宣伝できるのではないか、と提案された。
その結果だったのだけど……初めての姿に目が離せない。
(も、もしかして、これが見惚れるということでしょうか……)
お互い無言のまま見つめ合っていると、パンパンと手を叩く音で現実に戻された。
「はい、はい。お二人さん、お時間よ」
振り返ればラナ様が。満面の笑顔で私の全身を見る。
「やっぱり綺麗ね。とても似合ってるわ」
「ありがとうございます」
ゆっくりと頭をさげた私にラナ様が手を差し出す。
「バルコニーまでエスコートするわ」
「え?」
そこに素早く別の手が入る。
「余計なことをするな」
「あら。セシリアちゃんに見とれて動けなかったクセに」
「う、うっせぇ」
少しだけ頬を赤くしたライル様が顔を背ける。いつもなら髪で表情が隠れるが、今日は後ろにまとめているため隠せない。
「ほら、ほら。じゃあ、いってらっしゃい」
ラナ様に押されるようにライル様が私に手を出す。私は小さく息を吸って手をのせた。
私の小さな手を包み込むように握る褐色の大きな手。顔をあげれば、暗い部屋。その先には、窓を大きく開け放ったバルコニー。
「行くぞ」
濃緑の瞳が私を見つめる。その目から逃げるように私は俯いて歩き出した。
目の前には冷えた暗い部屋。大理石の床に足音が響く。ライル様の手だけが温かく、私の意識を現実に引きつける。
少しずつ明るい陽の下へ。
私たちを迎える、割れんばかりの歓声。喜びに溢れる獣人たちと人々の顔。
ストファリア帝国の地震の復興のために獣人が手助けに入り、お互いを知り、交流が生まれ、こうして国を行き来するようになった。
衝突することも、わだかまりもあるけど、それでも二国の関係は前進している。
でも、私は……
喜びとともに祝福をする声がとても遠い。
笑顔で手を振って応えないといけない。でも、笑顔にも、手を振ることもできない。そんな私に気づいたライル様が声をかけた。
「どうした? 調子が悪いのか?」
「いえ……大丈夫、です……」
私を心配する、その心使いが。優しさが、私を苦しめる。
ライル様が片膝をつけ、私と視線を合わせた。
「大丈夫って顔じゃないぞ。ちゃんと言え」
無言で首を横に振る。そうすることしか出来ないから。言葉にしたら、何かが溢れそうで。胸が辛くて。
「オレには言えないことか? オレは信頼に足りないか?」
ライル様に誤解だけはされたくない。張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら、なんとか声を絞り出す。
「そうでは、なくっ」
私はこみあげる何かを必死に堪えながら口を動かした。
「あの、この後……ストファリア帝国での結婚の儀の間に、その……ライル様が慕われている方をお探ししないと、と考えましたら……その…………」
胸に付けている母の形見のブローチを握りしめる。
「その、胸が……」
ポタポタと手に水滴が落ちる。
(こんな時に雨なんて……ドレスが濡れる前に屋根の下へ)
そう考えても、足はピクリとも動かない。全身が鉛のように重い。
大きな手が私の頬に触れた。
「それが、おまえを苦しめていたのか…………」
ライル様が頭をさげる。
「ちゃんと言わなくて悪かった。全部、説明するから聞いてくれ」
ライル様の緊張が、息づかいが、耳に刺さる。聞きたくないけど、聞かないといけない。ライル様の口から。
私は体をギュッと小さくした。こうして、ライル様本人から聞くとなると、余計に胸が、心が、苦しい。でも、覚悟を決めて。
顔をあげようとしたところで、予想外の言葉が耳に入った。
「オレが慕っている相手は、おまえだ」
私は呆然とした。
「……え?」
まっすぐ見つめてくるライル様に私は自然と訊ねていた。
「ですが、お慕いされている方は黒髪の人族の女性って……」
ライル様が恥ずかしそう耳を伏せながら、でも目は私を見つめたままで。
「そのことだが……オレは昔、ストファリア帝国の先帝の葬式に出席するために帝城を訪れたことがある」
「はい。その時にお慕いされている方と出会われたのですよね?」
予想外の連続に私は胸の苦しさも忘れ、平然としていた。驚きすぎて、逆に冷静になっているような。
「そうだ。帝城をこっそり抜け出したオレは、街で足に大怪我を負った。それでも、どうにか神殿がある庭まで戻った。だが、その怪我が原因で人の姿にもなれず、獣のままラナと庭で途方に暮れていた」
「ラナ様と?」
ライル様が少し間を置いて私に訊ねた。
「子どものライオンの容姿は知っているか?」
「神殿にある書物に描かれた絵を見たことがあります」
「思い出してみろ」
「えっと…………一見すると猫のようですが、体が大きく、足も太く……」
そこで悪戯な風がライル様から私に吹いた。ライル様のまとめていた髪が崩れ、私の鼻をくすぐる。乾いた砂の大地と、懐かしい草の香り。
「……猫さんと、同じ匂い?」
そういえば、子どもの頃助けた猫も前足に怪我をしていた。
ライル様が再び私に訊ねる。
「先帝が亡くなった時のおまえの髪の色は?」
「それは……」
あまり思い出さないようにしていた。私は色なしだから。もう、髪に色は戻らないから。だから、すっかり忘れていた。
「……黒、です」
ライル様が大きく頷く。
「オレが出会い、ずっと探していたのは、おまえだ。セシリア」
信じられない私は言葉を零した。
「……あの時の猫さんが、ライル様? ライル様は、ずっと私を探して?」
するとライル様が嬉しそうに、とろけるような笑顔で頷いた。
「そうだ」
言葉が出ない。代わりにボタボタと水滴が止まることなく落ちる。
ライル様が強く私を抱きしめた。
「好きだ、セシリア。ずっと側にいてくれ」
「で、ですが、私はお飾りの妻って……」
驚きすぎて言葉がうまく紡げない。
私を抱きしめたままライル様が後悔交じりの声で謝罪する。
「あの時は気づいていなかったんだ。本当に悪かった。オレを殴ってくれ」
「な、殴っ!? む、無理です!」
「自分勝手で都合がいい話だっていうのは分かっている。だが、やり直しをさせてくれ」
「やり直し?」
ライル様が私から離れる。そして、どこからか一輪の真っ赤な薔薇を差し出した。
「おまえに一生の愛を誓う。獣人の名にかけ、おまえ以外を愛することはない」
私は真っ赤な薔薇と同じように顔が真っ赤になった。
「ふぇっ!? えっ!? あ、愛!? えぇ!?」
完全にパニックになった私は、その後しばらくの記憶がありませんでした……




