それは、奇跡のような勝利でした
ストファリア帝国にも、兵士がいて、騎士がいて、それぞれの部隊がある。その中でも、魔法騎士団は精鋭中の精鋭。こんなところにいる部隊ではない。
呆然とする私たちの前をストファリア帝国の旗が騎馬隊とともに駆け抜けていく。
「バロッド隊は左! ハリス隊は右へ行け! エース隊は中央を突破して魔獣を分断しろ!」
魔法騎士団が四隊に分かれ、そのうちの一隊が私たちを囲んだ。魔法騎士団の先頭にいた男が馬から降りる。
「セシリア皇女、お久しぶりです。緊急事態につき、他の者は馬上のまま失礼いたします」
「あなたは確か、魔法騎士団団長のセドリック・アーサー様」
厳つい顔の口元に少しだけ笑みが浮かぶ。
「名を覚えていただき光栄です。時間がありませんので、簡単に説明だけ。我々は宰相より命を受け、援軍に馳せ参じました」
「で、ですが、地震の復興作業は……」
「魔法騎士団など役に立ちませんので、こちらで戦ってこいと命令されました」
もちろん魔法騎士団が復興作業の役立たずということはあり得ない。援軍として派遣するための建て前なのだろう。
予期せぬ事態の連続に唖然とする私に団長が訊ねた。
「よろしければセシリア様に回復魔法をかけさせていただいても?」
以前の私だったら萎縮して断っていた。
でも、今は頼れるなら、なんにでも頼りたい。魔獣に勝てるなら。みんなが……ライル様が無事に帰ってこられるなら!
「お願いいたします!」
「失礼いたします」
団長が私に手をかざす。
『大地の加護よ。治癒と施しを』
地面から軽い風が舞い上がり全身を包む。体が軽くなり、力が戻る。
私は心配するアッザの腕から降りて団長に頭をさげた。
「ありがとうございます」
「あまり回復できておりませんが」
「いえ、十分です。これでまた歌えます」
「お役に立てて光栄です」
団長がアッザに視線をむける。
「ここに二人ほど護衛を残したいのですが、よろしいでしょうか?」
「私の護衛だけでは心許なく思っておりました。ぜひお願いいたします」
「回復魔法に長けた二人を残しますので。セシリア皇女、お疲れになりましたら二人に回復を命じてください」
私は前に出てきた二人の騎士に頭をさげた。
「よろしくお願いいたします」
「は、はい!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
どこか恐縮している二人の騎士を置いて、団長が颯爽と馬に跨る。
振り返って他の騎士に命令した。
「行くぞ!」
掛け声とともに勢いよく馬が走り出す。
私は祈りの姿勢になり、歌声とともに団長たちを見送った。
それからの戦局はあっという間で。
今まで力だけで攻撃して、数で魔獣に押されていた獣人たち。そこに、連携された動きの魔法騎士団が加わり、魔獣の一部を無力化させる陣形にさせていく。そこを獣人たちが囲み、攻撃する。
こうして朝を待つことなく、ほとんどの魔獣は消え、戦いは終わった。
※※
アッザとともにライル様の城へ戻ると、そこは第二の戦場となっていた。
城の入り口にある広いホール。そこでは獣人の治療師たちが怪我を負った獣人を回復させ、使用人たちが水や食料を配っていた。
ほとんどが力尽き、床に転がり休む。
そこに大鍋と食器を抱えた料理番たちを従えたバクルの大声が突き抜けた。
「ほら、ほら。料理長特製のスープよ! どんどん飲みなさい!」
「ありがてぇ!」
「やった!」
動く体力がある獣人たちが大鍋に集まる。
その様子を私はアッザとともに城の入り口で眺めていた。そこに、今までになかったザワつきが生まれる。
獣人たちの視線の先。
魔法騎士団一行。その気配に明るかったホールに緊張が走る。人族と話したことがない獣人たちが容赦なく警戒心を投げつけ、怪訝な視線で訝しむ。
急いで間に入ろうとした私の肩に手がかかる。少し首を捻れば神妙な顔のアッザ。
「どうしました?」
「このまま、少しお待ちを」
私の代わりのようにサイの獣人であるワヒドカルが魔法騎士団の前に現われる。鋭く睨み合う魔法騎士団の団長とワヒドカル。
一触即発のような雰囲気の中、ワヒドカルが大きな口を動かした。
「余計なことをしてくれたな、人族の騎士さんよぉ!? おかげで獣人の面目が丸つぶれだ!」
その言葉にホールがざわつき始める。魔法騎士団員たちの中には無表情ながらも、眉間にシワを寄せている者も。
無言の団長にワヒドカルが言葉を続けた。
「だが…………おまえたちの力がなければ、獣人たちは負けていた。それもまた、事実だ」
風向きが変わる。ホール内の雰囲気が、獣人たちの視線が緩む。魔法騎士団の助力がなければ、まだ魔獣と戦っていた。それは、この場にいる全員が分かっている。
ワヒドカルが一際、声を張り上げた。
「悔しいところもあるが、礼を言う! よく援軍に来てくれた! 感謝する!」
ホールが歓声に包まれる。その活気に唖然となる魔法騎士団たち。
そこへバクルがスープの入った器を持ってきた。
「あなたたちも食べなさい。ストファリア帝国から、ほとんど休みなしで走ってきたのでしょう? しっかり食べて飲んで休みなさい」
団長が信じられない様子で首を横に振る。
「い、いや、我々は、その……」
「好意は素直に受け取りなさい。獣人たちは、あんたたちを歓迎しているのよ」
「か、歓迎!?」
今までの人族と獣人の関係から考えると、歓迎されるとは予想もしていなかったのだろう。団長が私に困惑した視線をむける。
「セ、セシリア皇女……その、我々はどうしたら……」
「バクルの言う通り、しっかり食べて飲んでください」
「あの、それでしたら馬を。先に馬を休ませていただきたい。魔法でかなり無理をさせましたので」
そこに象亀の獣人であるヤンバがのっそりと歩いてきた。
「馬たちは小屋で水と餌を食べておりますぞ。そなたたちの部屋も準備しましたからの。食べたら、しっかりと休んでくだされ」
目を丸くした団長はすぐに姿勢を正して礼を言った。
「ありがとうございます。では、そのようにさせていただきます」
団長の言葉に他の団員が警戒を解く。バラバラと解散してスープを受け取ったり、水をもらいに行く。
その様子を眺めながら、私は入り口で待った。大きく開いたドア。城と外の間。
真っ暗だった空が少しずつ白くなる。空を占めていた星々が姿を消し、光が差し込む。黒から紺、紫へと色を変える空。真っ黒だった砂漠も少しずつ色をつけていく。
その中を歩く影。
鬣のような焦げ茶色の髪を揺らし、まっすぐ前を見据える濃緑の瞳。通った鼻筋に薄い唇。太い首に、程よく筋肉がついた体。砂と血で汚れているけど、耳はピクピクと動き、尻尾は不機嫌そうに揺れている。
見慣れない鎧が朝日を弾いて眩しいけど。それは、まさしく……
「ライル様!」
私は城から駆けだした。砂漠の砂に足を取られながらも懸命に動かす。すぐに切れてしまう息。苦しいけど、それよりも少しでも早くライル様のところへ行きたくて。
ラナ様と会話をしていたライル様が私の方を向く。
「セシリア!」
私に気がついたライル様が走り出した。満面の笑みで、両手を広げて、私を迎えてくれる。
「ライル様!」
喜びとともに、私はライル様の胸に飛び込んだ。
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