それは、誘拐劇の終演でした
誘拐されたことになっている私の捜索をフェルナン様が始めた頃。私は街外れの小屋にいた。
農具が置かれ、隙間風が吹き込む物置小屋。そこで腕を縛られ、床に座らされた私。小屋の唯一の出入り口の前にはテーブルがあり、そこでカードゲームをする二人組。頭の部分が不自然に盛り上がったフードを深く被り、顔は見えない。
二人組の一人が手持ちのカードをテーブルに投げた。
「チッ。いかさましてねぇか?」
「あんたが弱いだけよ」
「クソッ」
悪態をついているが険悪な様子はなく、気心が知れた雰囲気。
そこに突如、ドアが激しく開いた。
「セシリア皇女の誘拐犯ども! 大人しく投降しろ!」
勇ましい声とともにフェルナン様が小屋に突進してきた。次に数人の兵士がなだれ込む。胸にはシェノバ国の紋様。
椅子に座っていた二人組が困惑したように立ち上がったが、すぐに両手をあげて抵抗の意思がないことを示す。
その様子を確認しながらフェルナン様が私の所へやってきた。
「怖い思いをされましたね、セシリア皇女。大丈夫ですか?」
「はい。怪我などはありませんので、大丈夫です」
フェルナン様が私を縛っていた紐を解き、私に手を伸ばす。
「お手をどうぞ」
「大丈夫です。一人で立てますので」
私の行動にフェルナン様が少しだけ眉間にシワを寄せたが、すぐに入り口に体を向けて声をかけた。
「どうですか、宰相。セシリア皇女はここに誘拐されていたでしょう?」
フェルナン様に誘導されるように宰相が小屋に入る。無言の宰相にフェルナン様が饒舌に演説を始めた。
「私がいち早く調べて、この誘拐場所を見つけなければ、セシリア皇女はどうなっていたか。考えるだけでも恐ろしい。私の調べではセシリア皇女を誘拐したのは、最初にセシリア様を襲った獣人の仲間。獣人側が皇族を襲ったのは明白です。自国民を制御できない野蛮な国との盟約など破棄すべきでしょう」
フェルナン様の提案に宰相が目を丸くする。
「なんと?」
「そもそも、このような野蛮な国にセシリア皇女を嫁がせるのも問題です。今回のことを民が知れば暴動が起きるかもしれません」
「だが、獣人の国が我が国の復興の援助をしているのも事実。簡単に盟約を破棄などできませぬ」
渋る宰相にフェルナン様が畳みかける。
「復興の援助なら我がシェノバ国もいたしましょう。私がセシリア皇女へ婿入りすればストファリア帝国とシェノバ国の関係はより強固なものになります。このことは兄である王からの許可も得ております」
宰相の片眉がピクリと動く。
「それは、事実でしょうか?」
「えぇ。王は歴史あるストファリア帝国と親族関係になれるのであれば、と喜んでおりました」
「……つまり、今回の計画はシェノバ国王の意思である、と受け取ってよろしいのですかな?」
悠然と語っていたフェルナン様の表情が固まる。
「計画?」
フェルナン様の疑問に宰相が頷く。
「我がストファリア帝国と獣人の国を仲違いさせ、盟約を破棄させる計画です」
宰相の言葉にフェルナン様が驚愕の表情になる。
「何を!? それは計画ではなく、この度の事件の結果であって!」
「その事件。すべてが仕組まれていたことであれば、計画といわず、何と言いますか?」
フェルナン様が肩をすくめる。
「宰相ともあろう方が世迷い言を。盟約を維持したいという気持ちは分かります。ですが、そこは現実を見るべきでしょう」
「では、証拠をお見せします」
「証拠?」
宰相がパチンと指を鳴らす。従者が布に包まれた物をテーブルの上にのせた。
「これは街の広場でセシリア様を狙ったナイフです。刃には毒が塗ってありました」
従者がそっと布をめくる。そこには鈍く輝くナイフが一本。
「毒が塗ってあったなら、明確に殺す意思があったということでしょう。それが何の証拠になるのです?」
フェルナン様の問いに宰相が淡々と答える。
「刃に塗ってあった毒は獣人にしか効かないモノでした。つまり、狙いはセシリア様ではなく、セシリア様を庇うであろうライル第二王子でした」
私はその言葉にキツく手を握った。事前に話は聞いていたけど、やはり辛い。
フェルナン様がナイフを睨んだ後、宰相に訴えた。
「だが、そのナイフでセシリア皇女を襲った犯人は獣人だという目撃証言があります。犯人である獣人がその毒が人に効かないことを知らずに使った可能性も……」
私は声を出した。
「私を襲った方は獣人ではありませんでした」
全員の視線が集まる。私は左手の指輪に右手を重ねた。大丈夫。私は一人ではない。ちゃんと言える。
「フードを取った時、頭には犬耳がありましたが、まったく動いておりませんでした。あのような場面であれば、周囲を警戒するため耳は常に細かく動いています。それが、まったく動いていなかったということは、犬の耳の形をした飾りを頭に付けていたと思われます」
私の説明にフェルナン様の表情が崩れる。
「そ、それはセシリア皇女の見間違いということも……あのような切迫した場面では、そこまで細かく判別することも難しいでしょう」
私を言い聞かせようとするフェルナン様。
それを宰相の冷えた声が切った。
「では、次に」
まるで断罪するような重い気配にフェルナン様の肩が跳ねる。
「セシリア様が誘拐された時、神殿には獣人のみに効く眠り草の煙が充満しておりました。そのような煙の中から獣人がセシリア様を誘拐するのは、かなり難しいでしょう。犯人が人であるなら、煙は効かないので問題ありませぬが」
「そ、それは、難しいのであって、不可能というわけではない。そもそも神殿の守りの魔法を破ったところに獣人の毛が落ちていたというではないですか。ならば、魔法を破ったのは獣人で……」
宰相の口角があがる。
「ほう? 私はいつ神殿が魔法で守られているとお話ししましたかな?」
「そ、それは、私が調べて……」
「それは、それは。フェルナン様には我が国の極秘事項まで調べられるほどのお力がある、と?」
「そ、それは……」
「それとも、シェノバ国との内通者が政権内におりますかな?」
フェルナン様が息を呑む。宰相が飄々と言葉を続けた。
「あと、魔法を破ったところに獣人の毛が落ちていることは初耳でしたな。調べさせましょう」
驚愕の顔になったフェルナン様が叫ぶ。
「計ったな!?」
心外とばかりに宰相が笑う。
「まさか。これは計算外でした。自ら墓穴を掘っていただけるとは。もし、毛が見つかれば重要な証拠になりますから」
「それは獣人の毛だ! 獣人がセシリア皇女を誘拐したという証拠になるだけだ!」
私は馬車で男たちが話していたことを思い出した。
「犬の毛だと思います。私を攫った方々がそう話しておられましたから」
フェルナン様がすべてを切るように手を振る。
「それは間違いだ! セシリア皇女の聞き間違いだ! と、とにかく、この誘拐犯を捕まえる。捕まえて尋問すれば、すべて分かることだ!」
「では、我が国の兵が捕らえますので、フェルナン様は兵をお下げください」
「なっ!? わ、私がこの場所を見つけたのだぞ! 捜査は私がする!」
宰相が肩を落としながら息を吐いた。
「で、犯人を裏から逃がし、偽の調書を作る、ということですか?」
「貴様! 宰相といえ無礼にも程があるぞ! おまえたち! この犯人を捕まえろ!」
兵士が剣と縄を出す。そこで二人組がフードを取った。
焦げ茶色の髪にライオンの耳。濃緑の瞳と琥珀の瞳。顔立ちは似ているが、青年と美女と性別が違う二人。
突如、現われたライル様とラナ様にフェルナン様と兵士が固まる。
「ど、どうしてここに!?」
ライル様が悠然と私のところへ歩き、そのまま私の左手を取った。そこには一際輝く金色の指輪。
「こいつを誘拐した時、指輪を外させていたが……この指輪がなければセシリアを見つけられないと思ったか?」
ライル様が私の手から指輪を外す。すると、薬指に淡いピンク色の模様が浮き上がった。
「残念だが、この指輪は魔法陣を隠すための飾りにすぎない。この魔法陣の魔力を指輪の魔力と勘違いして魔道具だと思ったんだろうが」
ライル様が私の薬指に唇を落とし、そのままフェルナン様を睨む。
「セシリアはオレの嫁だ。おまえにはやらねぇ」
フェルナン様が悔しそうに歯ぎしりをする。しかし、私はそれどころではなくて。
(ラ、ライル様のお口が!? こ、これはキスというものでは!? 婚前にこのような!? 子……子ができてしまいます!)
頭に血がのぼりパニックになっている私の耳にラナ様の声が響く。
「セシリアちゃんを誘拐しただけではなく、獣人を騙り、濡れ衣を着せようとした罪は重いわよ!」
「この者たちを捕らえよ!」
宰相の命令にストファリア帝国の騎士たちがなだれ込む。シェノバ国の兵士が応戦しようとするが、相手は騎士の中でも精鋭の魔法騎士団。力の差は歴然としており。
「私を誰だと思っている!? 貴様ら! 身分を考えろ!」
フェルナン様と兵士たちの抵抗も虚しく、すぐに捕縛、連行された。




