それは、初めての誘拐でした
――――――時間は少し戻り。
祭壇の前で歌い始めて、どれぐらいの時間が経っただろう。天窓から見えていた星空は白くなり、朝日が差し込んできた。
それでも私はひたすら歌っていた。もう少しで、もう少しで声が出そう。歌声が出せそう。
一際、大きく息を吸った時、背後から口を塞がれた。振り返る間もなく縛られ、左手の指輪を外される。
「ん、んー!(ライル様の、指輪が!)」
カランと床に落ちる音。なんとか指輪を拾おうとしたけど、袋を被せられ、荷物のように運ばれた。その手際の良さに私はどうすることもできず。
しばらく上下に揺れていたが、小さな話し声とともに、どこかに転がされた。布越しでも分かる木の床。それから、ガラガラという車輪の音とともに床が動き出した。
(これは……もしかして、誘拐……でしょうか?)
似た状況が書かれた書物を思い出す。この場合、犯人には目的、要求がある。それが達成されれば解放され……ることもあれば、されないこともある。
(まずは犯人の目的、要求を知ることですね)
でも、口を布で塞がれているため、犯人に訊ねることができない。どうしようかと悩んでいると、男の声が聞こえてきた。
「指輪は外したか?」
「あぁ。あの指輪があると居場所がすぐに分かるからな」
「まったく。面倒な魔道具だ」
思わぬ内容に私は目が丸くなった。ライル様がくださった指輪にそんな意味があったなんて。
男たちが淡々と話を続ける。
「あとは獣人が攫ったように偽装するだけだな」
「ちゃんと計画通り、魔法を破った所に犬の毛を残してきた。あれを見れば獣人が攫ったと思うだろう」
「魔法が破れる人は少ないからな。余計に獣人の犯行だと思うだろう」
「あぁ。あとは、しばらく身を隠すだけだ」
「そうだな。王弟がこいつを助けに来るまで」
(王弟? フェルナン様?)
私は首を傾げた。何故、ここで王弟のフェルナン様が出てくるのか。それとも別の王弟のことなのか。
「で、王弟がオレたちを誘拐犯として捕まえる」
「その後でオレたちは裏から解放される、か」
「今回は安全が保証された楽な仕事だ」
「あぁ。毎回、こうだといいんだけどな」
徐々に馬車の揺れが激しくなり、床から伝わる振動で道が悪くなっているのが分かる。
(もしかして、街から離れているのでしょうか……)
帝城の近くは道が整備され、馬車でも揺れが少なく移動できた。でも、街から離れていくと道は悪くなり、穴や石で車輪が外れそうになることもあるほど。
(どこまで移動するのでしょう……)
いろいろと考えていると突然、馬車が停車した。目的地に到着した様子もなく、男たちが戸惑う雰囲気がする。
「な、なんだ?」
「宰相からの命令だ。街から出る馬車は荷を検める」
「聞いてないぞ!」
怒鳴る男にもう一人の男がなだめるように声をかけた。
「命令なんだから仕方ないだろ。なぁ、兵士さん」
チャリンと鳴る硬貨の音。
「オレたち、急ぎの案件でさ。軽く調べて、すぐに通してくれないか?」
「……そうか」
納得したような兵士の声。男が嬉しそうに礼を言う。
「ありがとうよ。じゃあ、通らせてもら……」
「ピィッ――――――!!!!」
耳を突き刺すような高音。次に怒鳴り声が響いた。
「この馬車を通すな! 徹底的に調べあげろ!」
ガチャガチャと鎧が擦れる音が集まる。男が叫んだ。
「逃げるぞ!」
馬が嘶きをあげて走り出す。今までになく揺れる馬車。全身が床に叩きつけられる。
縛られているため、どこにも掴まることができない。しかも、袋に入れられているため何も見えない。体を小さくして目を閉じて耐える。
こんな時、瞼の裏に浮かぶのは……焦げ茶色の髪を風に遊ばせ、不機嫌な顔をしながらも、優しく私を見つめる濃緑の瞳。
(ライル様!)
「……逃がさねぇよ」
聞き慣れた不機嫌な声。馬車が急停車して、体が転がる。
「退け!」
「退けだと? 獣人の真似をしているクセにオレの顔を知らないのか?」
「何を……グァッ!?」
「逃げっ……ガッ」
ドサリと何かが倒れる音。そこに多数の足音が近づいてくる。
「そいつらを捕まえて目的を吐かせろ」
その声とともに床がギシリと揺れた。
「ここか」
袋が開き、光が飛び込む。眩しさに目を細めた先、安堵した顔のライル様が。
「無事か?」
ライル様が私の口を塞いでいた布を外す。まるで夢のような光景。
「ぷはぁ。あの、どうして、ここが……」
「詳しい話は後だ」
ライル様がナイフで私を縛っていた紐を切る。
「怪我はないか? 何かされたか?」
ライル様の質問に私は自由になった手を動かした。特に痛みもない。
「怪我は、ないと思います。縛られて、袋に入れられて、運ばれた以外は何もされていません」
「……そうか」
神妙な顔のライル様が私の左手をとると、そのまま薬指に指輪をはめた。
「あ……」
「帰るぞ」
顔をあげれば迎えの馬車がいる。ただ、いつもの豪華な馬車ではなく、質素な造りの馬車。
私はライル様と一緒に迎えの馬車に乗り込んだ。
私の隣に座るライル様。胸の前で腕を組み、頭を壁につけている。顔色はあまり良くなく、表情も硬い。
「あの……申し訳ございませんでした」
私の謝罪にライル様が薄く目を開けて私を見下ろす。
「……何がだ?」
「ライル様に無理をさせてしまいまして……」
「無理などしていない」
「ですが、まだ毒が……」
「そんなもの、寝たら治った」
明らかな強がり。額には汗が浮いているし、苦顔を隠し切れていない。
「ですが……」
「着いたぞ」
馬車が帝城の門を潜り、人気がない裏口に停まる。馬車から降りると、足がガクガクのアッザが私に抱きついた。
「ア、アッザ!? どうしたのですか!?」
「セシリア様のことが心配で心配で」
「私は大丈夫ですから。それより、その足は!?」
「薬草を取りに行くのに走りすぎまして。一日休めば治ります」
「休みましょう! ライル様も一緒に!」
振り返って声をかけた私にライル様が困惑した顔になる。
「いや、オレは……」
「いやも、ヤモリもありません。休みます」
私の言葉にアッザが微妙な顔になる。そこに宰相が姿を現した。連れているのは最低限の護衛だけ。
宰相が私の姿を見るなり腰を折り頭をさげる。
「ご無事でなによりでした、セシリア様」
「私は大丈夫ですので! あの、顔をあげてください」
「このたびは我々の警備の隙によるもの。申し訳ございません」
「私は本当に何もありませでしたから」
「それは、ライル第二王子が無理をされたからです」
「え?」
振り返った私から逃げるようにライル様が顔をそらして小さく舌打ちをする。そして、首につけていたネックレスを外した。
「助かった。返す」
渡されたネックレスを立ち上がった宰相が受け取る。同時にライル様の顔が苦痛で歪んだ。
「ライル様!?」
「この魔道具の反動です。無理に体調を回復させたので、その反動として疲労が増幅されます」
「そんな……私のせいで……」
言葉を遮るようにライル様が私の頭に手を置く。
「おまえのせいじゃねぇ。オレが勝手にしただけだ」
「ですが……」
「ですがも、カラカルもねぇ」
気まずい沈黙。宰相側は訳が分からず、明らかに困惑している。
「あの、ライル様。それはさすがに厳しいかと」
私の指摘にライル様の頬が少しだけ赤くなった。
「う、うっせえ。とにかく、おまえは気にしなくていい」
必死に場を和ませようとしたライル様。その気遣いが嬉しくて。私は譲歩した。
「わかりました。そのかわり、しっかり休んでください」
「……わかった」
渋々ながらも了承してくれたライル様。神殿に足をむけようとした時、宰相に呼び止められた。
「セシリア様。一つ、お願いがございます」
「お願い、ですか?」
「もうしばらく、誘拐されていることにしておいてほしいのです」
「え?」
思わぬ提案にライル様の視線が鋭くなる。
「首謀者を庇うためなら協力しねぇぞ」
「その逆です。首謀者を完全に捕らえるために」
「へぇ?」
「こう見えて、私も怒り心頭でして」
宰相とライル様の口角が同時にあがる。
「なら、協力しよう」
こうして私たちはこっそりと神殿に戻った。
アッザの足は一日で回復。ライル様の体調も日に日に良くなったけど、神殿からは出ることなく息を潜めるように生活をした。もちろん歌もなしで。
それから数日後。
フェルナン様が復興のための支援の兵士を連れてストファリア帝国に戻ってきた。
私が誘拐され、行方不明という偽情報を聞いたフェルナン様が「犯人は獣人だ」と決めつけ、帝城にいる獣人を追い出すことを提案。
宰相が「獣人が犯人である証拠がない」と渋っていると、フェルナン様が行動を起こした――――――――




