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【書籍化】獣人の国に嫁がされた聖女は、おまえを愛することはないと宣言される〜私はもふもふに囲まれて幸せです〜  作者:
第二章

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42/53

それは、失われた歌声でした

 街で歌をうたった翌朝。私は祭壇の前で呆然としていた。



 その訳は――――――――



 昨日、街で歌い終わると同時に私はナイフを持った男に襲われた。


「獣人国の敵! セシリア覚悟!」


 敵!? どうして、私が!?


 振り上げられた手。鈍く光るナイフ。逃げたくても石のように動かない体。人々の悲鳴と驚愕の顔。


 すべてを切り裂き、眼前に迫る刃。


 呆然としていると、褐色の肌に視界を塞がれ、温もりに包まれた。


「あぶねぇ!」


 その声と同時に鈍い音が耳を裂く。


「クッ」


 ライル様の苦悶の声。私を抱きしめる腕に力が入る。なにが起きているのか分からない。ただ、周囲が騒がしくなって。


「ライル様! セシリア様!」

「そいつを捕まえろ!」

「ライル様が刺されたぞ!」


 刺され……


 その言葉でようやく私は現状を理解した。ライル様が私を庇って刺されたのだ。


「……どう、して?」


 私の漏れた声にライル様の声がかかる。


「無事か?」


 私を見下ろす濃緑の瞳。微かに苦顔した表情。私はどこも怪我をしていないのに、胸が張り裂けそうに痛い。

 微かに震える私の頭をライル様が撫でる。


「怖い思いをさせて、すまねぇ」


 私を気遣う言葉に心が締めつけられる。


「どう、して……」


 傷ついたのはライル様なのに。どうして、私を心配するのか。どうして、私より悲しそうな顔をするのか。なにも分からない。頭が真っ白になっていく。


(こんな感情は神殿の書物のどこにも書かれていなかった)


 混乱する私をバクルの声が現実に戻す。


(あるじ)! 傷の手当てを!」


 私から離れたライル様が右手で左腕を押さえる。真っ赤な血が服を染め、腕から指を伝い、地面へと流れ落ちていく。

 でも、ライル様は平然とした顔で。


「かすり傷だ。騒ぐな」


 その一言で取り乱していたバクルが平静を取り戻す。その様子にライル様がフッと笑った。


「悪いが後は任せる」

「えぇ。ちゃんとやっておくから、(あるじ)はしっかり傷を治してきなさい」

「あぁ」


 私はハンカチを取り出してライル様に差し出した。


「使ってください。あと傷口の上を縛って、出血の量を減らすようにしましょう」

「よく知ってるな」

「神殿の書物に……刺された時の対処法が書かれておりましたから」

「そうか」


 ライル様が感心しながら、飾り紐を使って手際よく腕を縛る。ハンカチで傷口を押さえ、私はライル様と帝城へ。気を抜くと震えそうになる体。


(大丈夫。大丈夫だから)


 移動中も左手の指輪に手を添えて必死に自分に言い聞かせる。


 帝城に戻ると、ライル様を引っ張ってリスの獣人の治療師であるサナジャブがいる治療テントへ飛び込んだ。私のつたない説明を聞きながらサナジャブがすぐに魔法で治療する。あっという間に血は止まり、傷は線となった。


「よかった」


 無事に傷が治ったことに安堵する。

 そこに神妙な顔をしたサナジャブがリス特有の大きな尻尾を揺らしながら傷跡を見つめた。肩で切り揃えられた黒に近い茶髪が揺れる。


「主要な神経も血管も傷ついてないし、傷口も綺麗だから治ったと思う……が、魔法の効きが悪いような気もする。変わったことがあったら、すぐに声をかけてくれ」


 小柄で可愛らしい外見にそぐわない雑把な口調。初めてサナジャブと話す時はその差異に驚く。

 しかし、慣れたライル様はいつもの様子で頷いた。


「わかった。行くぞ」


 ライル様が私を連れて治療テントから出る。しばらく歩いたところで私はライル様に頭をさげた。


「ライル様! 申し訳ございませんでした!」

「気にするな。これぐらいの傷なら問題ない」

「ですが……」


 言葉を封じるようにライル様が私の頭に手を置く。そのままクシャリと撫でられた。


「それより、おまえの身辺警護をしっかりする必要がある。これからは一人で行動するな」

「……はい。申し訳ありません」

「謝るな。おまえは悪くない」

「ですが……」

「セシリア様!」


 そこに遠くから私の名を呼ぶ声が響く。飛ぶように走ってきたアッザが息を切らせながら私の前で止まる。


「セシリア様! お怪我は!?」

「私はライル様のおかげで大丈夫です」

「本当ですか!?」


 必死に私の全身を確認しているアッザにライル様が命令をした。


「アッザ、こいつから離れるな」

「はい! もう決して!」

「神殿に魔法をかけて、簡単に入れないようにしろ。特に人族(・・)を」

「かしこまりました」


 ライル様の命令に力強く応えるアッザ。こうして私は戻ってきたアッザとともに神殿にこもることになった。アッザが泉の魔力を利用して、他者が簡単に侵入できない魔法をかけて安全地帯を作る。


「あの、ここまでしなくても……城には護衛の兵士もおりますし」

「いいえ。守りすぎ、という言葉はありません」


 私はお飾りの妻。ここまでして守る価値なんてないのに。けど、とても言い出せない雰囲気。


「そう、ですか」


 思わず空返事をしてしまった、その日の夕方……


「ライル様が熱を!?」


 アッザからの報告に私は呆然とした。

 ナイフに毒が塗られており、治療魔法が効きにくいらしい。そのため、ライル様には安静が必要となるが、城は地震で崩れ、休める場所がない。神殿の部屋を使わせてほしい、ということだった。


 すぐに了承するとアッザが神殿の奥の部屋にマットなど必要な物を持ち込み、ライル様が休む。私はその様子を見つめながら考えた。


「……私ができることといえば」


 私は書物に書いてあった毒に効く薬草を思い出した。乾燥させて瓶詰めにしていた数種類の薬草を泉の水で煎じてコップに入れる。

 それから、ライル様が休んでいる部屋へ持っていった。


「……なんだ?」

「あの、薬を」


 額にうっすらと汗を浮かべて休むライル様。目元がほのかに赤くなり、濃緑の瞳が潤んでいる。唇が乾き、呼吸が荒い。

 ライル様が私から顔をそらした。


「……必要ない。寝ていれば治る」

「ですが、この薬はよく効いて……私の母も、私が作った薬はよく効くと……」


 コップを持つ手が震える。私のせいで苦しんでいるのに。私が作った薬を飲むわけないのに。

 落ち込む私の耳に衣擦れの音が触れた。


「よこせ」


 顔をあげれば体を起こしたライル様。


「え? あの……」

「おまえが作ったんだろ?」

「は、はい」

「よこせ」


 私は恐る恐るコップをライル様に渡した。ライル様が薬を嗅いで顔をしかめる。


「…………かなり独特な臭いだな」

「あの、やはり……あっ」


 コップを引き下げようとしたところでライル様が一気に薬を飲んだ。


「…………寝る」

「は、はい」


 ライル様からコップを受け取る。中身は空。ライル様が再びマットに体を沈めた。

 目を閉じたライル様の長いまつ毛が微かに揺れる。体のしんどさを隠すように、でも隠し切れずに苦痛に歪む顔。

 私は泉の水でタオルを濡らし、ライル様の額にのせた。それから、泉の水をいつでも飲めるように準備をしていると、アッザに「あとは私がしますので」と止められた。


(苦しむ原因となった私が介抱するより、慣れたアッザが近くにいた方がライル様も気が楽かも……)


 そう考えた私は一人、自室に戻った。窓の外は真っ暗で風が木々を揺らす音が耳につく。唐突に蘇る昼間の記憶。


『獣人国の敵! セシリア覚悟!』


 耳に染みついた言葉。私は獣人の方々の敵なのだろうか……


色なし(・・・)は蔑む姿。私が襲われたのは、そのせい? ライル様の妻になるには相応しくないから? なら、私はどうすれば……)


 いくら考えても答えはなく。ほとんど眠れずに朝がきて。


 私はいつものように泉がある祭壇の前で歌おうとした。なのに――――――



(声がでない!?)



 歌おうと声を出すのに、出てくるのはかすれた息だけ。


「ア、アッザ!」


 振り返りながら叫んだ私は声が出たことに驚いた。私の大きな声にアッザが走ってやって来る。


「セシリア様、どうされました!?」

「う、歌が……歌おうとしたら、声が出ないのです!」

「え? ですが、今は声が出ていますよね?」

「そう、ですよね……」


 私はもう一度、祭壇の方を向いて両手を組んだ。祈りの姿勢となって大きく息を吸い込む。


 けど。



「――――――」



 出るのは声にもならない擦れた息だけ。このことにアッザも目を丸くした。


「と、とにかく治療師に診てもらいましょう」


 こうして私は獣人の治療師であるサナジャブがいる治療テントへ移動した。




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