縛りつけるモノ~ライル視点~
思いっきり調子を崩された。
国同士のお飾りの結婚。だから、お互い必要以上になれ合うつもりはない、と釘を刺すつもりだったのに。
「クソッ」
自室に戻り、オレは悪態をつきながらソファーに座った。窓の外は暗くなり太陽の欠片もない。
ウカーブが紅茶のカップを差し出してきた。
「一本、取られましたか?」
「取られてねぇ。そもそも、おまえの報告とは全然違うだろ。なにが、おとなしい人族の娘だ? しっかりオレに意見してきたぞ」
ジロリと睨めばウカーブが黄色の目をニヤリと細くする。こいつ、わかってて嘘の報告をしやがったな。
ウカーブが澄ました顔で弁明した。
「獣人に嫁がされても、嘆くことも喚くこともせず、粛々と現状を受け入れておられる、おとなしい方だと思いましたが。意見をされたのは予想外ですけど。どのようなことをおっしゃられました?」
「人質として、ここにいろと言ったら、礼を言いやがった」
「……礼、を?」
さすがに予想外だったのだろう。ウカーブが目を丸くする。
少し気がよくなったオレは紅茶を飲んだ。
「あと、食事を勧めてきた。オレはそんなに空腹な顔をしているか?」
「不機嫌な顔はしてますが、空腹そうではありませんね」
「不機嫌は余計だ」
「そのせいで、ご婦人方から怖がられているではないですか」
「それで近づいてこないならいいだろ」
第二王子という肩書きだけで近づいてくるヤツらは多い。不機嫌な顔で近づくヤツが減るなら十分だ。
「ですが、嫁がれる方まで怖がらせたら今後の生活に支障が出ますよ」
「オレは支障が出ても良かったが、あいつには脅しも嫌味も効かなかった」
「良かったじゃないですか。結婚相手に怯えられても困ります」
「ウカーブ」
オレの本気の声にウカーブが口を閉じる。
「これは政略結婚だ。必要最低限のことさえすればいい」
「では、セシリア様については必要最低限の情報だけでよろしいでしょうか?」
「そうしろ。そもそも、あいつは本当に皇族なのか? あんなガリガリで、肌は荒れ放題。病人より酷いぞ」
ウカーブが軽く肩をすくめた。
「あれでも湯浴みをしてマシになりましたよ。迎えにあがった時は、ボロ布の服にパサパサの髪で、下働きの者と勘違いしてしまいましたから。あと、体力もかなりなく、衰弱の一歩手前状態でしたので、かなり急いでお連れしましたが、馬車の中で気絶されていたほどです。到着してすぐに回復魔法をかけて、なんとかなりましたが」
「なんで皇族がそんな状態なんだ? 皇族の名を騙った別人か?」
「迎えにあがった場所は城の中心にある皇族しか入れない神殿でしたので、まったくの無関係者というわけではないと思います」
なにを思い出したのか、ウカーブがげんなりした顔になる。
「最初に迎えに行った時は『皇族しか入れない仕来りの神殿だから、本人が出てくるまで入り口で待て』と言われました。それで一日ほど待機していたのですが、まったく出てくる気配もなく困りましたよ」
「それで、どうしたんだ?」
「翌朝、私は獣人なので人族の仕来りなど関係ない、と城に乗り込んだところ、やっと動きがありまして。それでも、最終的には私が直接、迎えにあがりました」
「ハッ。プライドだけ無駄に高い皇族がすんなり嫁を出すとは思えないからな。時間稼ぎをして、替え玉とすり替えた可能性もあるか。それにしても一日待たされて、よく穏便に連れて帰ったな」
「早朝に美しい歌声が聞けまして、少しだけ心が穏やかになりました。あの歌声がなければ、神殿もろとも城を吹っ飛ばしていたかもしれません」
にこやかな笑顔で話すウカーブ。冷淡に見えて、実は激情家。手綱を握っておかないと、裏でこっそりひっそり爆発していることもある。
オレは顎に手を置いてため息を吐いた。
「王め。こういう面倒なヤツらばっかりオレに押しつけやがって」
「なにか?」
「なんでもねぇよ」
顔をそらすとノックの音が響いた。
「入れ」
「失礼いたします。セシリア様について、ご報告に参りました」
アッザが一礼して入室する。
「ちょうど良かった。あいつは本当に皇族なのか? 外見もだが、皇族の威厳もプライドもなさそうだったぞ」
「あの外見では疑わしいですが……本人曰く、先帝の血をひいているそうです。ただ、それ相応の扱いをされておられなかったようで。父親が先代の皇帝、という認識だけなのかと思われます。ちなみに本人はその重要性、危険性を理解されていないようでした」
その報告にオレは頷いた。
「今の皇帝に飼い殺しにされていた、というわけか。先代の皇帝は民からの人気があり信頼もあつかった。その血をひく娘をどうするか。下手に扱えば民からの反発があるし、対抗勢力が娘を担ぎ出して政権交代を企むかもしれない」
「なら、私が迎えにあがった時にさっさと出せばよいのに、どうして一日も待たせたのでしょう?」
「嫌がらせだろ」
「……」
ウカーブのこめかみが引きつく。冷静に見えて、根に持つタイプだからな。
オレが内心で笑っているとアッザが報告を続けた。
「衰弱死を狙っていたのか、まともな食事を召し上がっていなかったようです。かなり痩せておりまして、普通の食事をよく胃がうけつけたと思いました。あと、湯浴みをした時に鞭で打たれたような痣もありました」
「今の皇帝が鞭を愛用しているのは有名だからな。胸クソ悪い」
艶のない白銀の髪に、荒れた肌。今にも倒れそうな骨と皮だけの体。それなのに、淑女の礼は完璧すぎるほど綺麗で、紫の瞳は星のようにキラキラと輝いて……
オレは打ち切るようにカップの紅茶を飲みきった。
「もう少し様子をみる。おかしな動きがあればすぐに報告しろ」
「どこまで自由にいたしましょう?」
「好きにさせればいい」
「かしこまりました」
生ぬるい夜風が室内を荒らす。昼は灼熱の暑さ、夜は凍る寒さが砂漠での日常。こんな風は珍しい。
「出てくる」
立ち上がったオレにウカーブとアッザが一歩さがって道をあける。
「「お気を付けて」」
二人の声に見送られて城の外へ。
いつもなら月と星が煌めくが、今夜はなにも見えない。雲が隠しているのだろうが、こういう天気は珍しい。
永遠と広がる漆黒。
この黒を見るたびに思い出す、人族の少女。黒い艶やかな髪で、ボロボロとこぼれる涙を隠していた。
「……おまえは、まだ泣いているのか?」
楔となってオレの心を縛りつける記憶。どこにいるのか、生きているのかさえ分からない。
「それでも、オレは」
ズズズ……と砂漠から立ち上がる闇。それは魔獣へと姿を変える。それも一匹や二匹ではない。ずらりとオレの周りを囲む。
「今日のオレは機嫌が悪いぞ」
口角をあげたのを合図に魔獣たちが襲いかかる。
『大いなる大地よ。我が魔力を喰らい、爆ぜよ!』
ドゴン!
地鳴りとともに巨大な砂柱が魔獣を吹き飛ばした。




