それは、祈りの歌でした
――――――地震の後、宰相とラナが城外で合流する少し前のこと。
ライル様に抱えられたまま城の外に出た私は呆然とした。
絢爛豪華だった城が崩れ落ち、立ち上る黒い煙。棚や柱、崩れた壁や天井に挟まれ、助けを求める人たち。なんとか逃げ出せても怪我で動けず、地面に転がる人々。
「「わふっ! わふっ!」」
「ワヒ、ナン。無事だったのですね」
二頭が元気よく私たちの周りを駆ける。そこにラナ様の声が聞こえてきた。
「獣人たちは全員無事なのね!? じゃあ、力があるメンバーを入れて、三人一組を作って人族の救援に行って。少しでも治療魔法が使える者は、ここで……あ、セシリアちゃん!」
心配そうに駆け寄ってきたラナ様が私の全身を確認する。
「怪我はなさそうね。あの、地震で怖い思いをしたばっかりの時に申し訳ないんだけど、頼み事をしてもいい?」
「私に出来ることでしたら!」
考えるより先に返事をした私にラナ様が申し訳なさそうに話す。
「神殿で歌をうたってほしいの。セシリアちゃんの歌なら、みんなの心を落ち着かすことができると思うから」
思わぬ申し出に私は周囲に視線をむけた。
誰かを探し、必死に走り回る人。苦しみ、助けを求める声。焦点が合わず呆然と佇む人。名を呼びながら泣き叫ぶ声。つい、さっきまであった日常はどこにもない。
書物で読んだ地獄絵図のような光景。
「あ、あの……こんな時に私の歌なんて、邪魔にしかならないのではないのでしょうか?」
「何を言っているの!?」
ラナ様がしっかりと私の肩を掴んだ。いつも綺麗な手が、今は爪が割れ砂と埃で汚れている。
「こういう時だからこそ、セシリアちゃんの歌が必要なの。不安で、心細い時こそ。安心できるセシリアちゃんの歌が。本当なら、セシリアちゃんには安全なところに避難してほしいんだけど……」
目を伏せるラナ様。長いまつ毛不安げに揺れ、肩を掴んでいる手に力が入る。
ラナ様は私を避難させたいのだろう。でも、みんなのために、その気持ちを抑えて、お願いをしている。私の歌にそこまでの力があるかは分からないけど……
(ラナ様の願いは叶えたい!)
私はラナ様の手に自分の手を重ねた。
「わかりました。歌ってきます」
「……ありがとう。また地震が起きるかもしれないから、気をつけて」
「はい」
ラナ様がライル様に視線を移す。
「絶対、セシリアちゃんに怪我をさせないように。いいわね?」
「当然だ」
しっかりと頷くライル様。その様子に私は思わず首を傾げた。
「……どうして、ライル様が関係あるのですか?」
私の疑問に二人が目を丸くする。
「セシリアちゃん、一人で神殿まで行くつもりだったの?」
「え? 一人で行ってはいけないのですか?」
「行けるわけないだろ。しかも、その格好で」
ライル様に言われて私は改めて自分の服装を見た。真っ白だったドレスは薄汚れ、繊細なレースの一部は破れている。
「きゃぁ!? せっかく綺麗に作っていただいたのに!」
叫ぶ私にライル様がため息を落とす。
「今の問題はそこじゃねぇ」
「え?」
「そうね。とにかく、その格好だと簡単には歩けないし、神殿までの道があるかどうかも怪しいから」
そう言いながらラナ様が私にケープをかけた。晒されていた素肌が隠れ、温もりが包む。
「道がないのですか? でも、今朝までは普通に神殿へ行けていましたよ?」
「地震で廊下が崩れている可能性があるの。それに、移動中に地震が起きて、城が崩れるかもしれないけど、ライルがいればなんとかなるでしょう。悪いけど、二人で行ってきて。他の獣人は人族の救援で手が空いてないの」
やっと状況を理解できた私はライル様に視線をむけた。こうなると、すべてはライル様頼みになる。
そんな私の心境を察したのかライル様が頷いた。
「心配するな。必ず無傷で神殿まで連れて行ってやる」
でも、私のせいでライル様に危険が……
ライル様の顔を見ることが出来なくなった私は目を伏せた。
「……申し訳ございません」
「なぜ、謝る?」
「私のせいでライル様にお手数をおかけすることに……しかも、危険かもしれないことを……」
「そんなことか」
「え?」
顔をあげるとクシャクシャと頭を撫でられた。白銀の髪から埃が落ちる。
「言っただろ? おまえはおまえがやりたいことをやれ、と。おまえがやりたいことなら、オレはそれを手伝うだけだ。いちいち気にするな」
私はポカンとしながら言葉を整理した。
「えっと……私がやりたいことを手伝うことが、ライル様がやりたいこと、ということでしょうか?」
何かに気付いたようにライル様が顔を背ける。
「そ、そういうことにしておけ」
焦げ茶色の髪に隠れた褐色の頬がうっすらと赤く染まる。その姿に胸がキュッとして、ドキドキする。でも、嫌な感じはなくて。
「ありがとうございます」
「……行くぞ」
「気をつけてね。あ、ワヒとナンはここにいて」
「「ガウッ! バウッ!」」
私たちと一緒に行く気満々だった二頭が不満の声をあげる。ラナ様が膝を地面につけてワヒとナンに視線を合わせて言った。
「あなたたちには瓦礫の下で動けなくなっている人を見つけてほしいの。これは耳と鼻が良くて、隙間に入れるぐらい体が小さい、あなたたちにしか出来ないことだから。お願い」
ラナ様の言葉が通じたのかワヒとナンが誇らしげに一吠えしてその場に座る。どうやら納得してくれたらしい。
私はワヒとナンに手を振って、ライル様と再び城内へ移動した。本殿から神殿へと続く廊下を進む。
いつもなら人通りもなく歩きやすいのに、今は崩れた壁と柱で塞がれ、足を取られる。
「ラナ様が言われた通りですね」
「だから一人では無理だと言っただろ」
ライル様が瓦礫を魔法で吹き飛ばしながら前へと進む。
「はい。一人では無理でした」
「オレのありがたみが少しは分かったか?」
「え? ライル様のありがたみは、いつも感じておりますよ」
「は?」
ドゴォォォン!!
魔法の威力を間違えたのか、瓦礫が消えただけでなく壁に大穴が空いた。舞い上がった埃と砂煙にむせる。
「ゲホッ、ゲホッ。ライル様、大丈夫ですか?」
「……わりぃ」
「どうかされましたか?」
「力加減を間違えただけだ」
「お疲れでしょうか? 歩きましょうか?」
私の申し出にライル様が顔を背ける。
「おまえの重さは問題ない。おとなしく座ってろ」
「は、はい」
大穴から神殿が見える。ここから庭を突き抜けて神殿に移動した方が近道なのでは?
ライル様も同じことを考えたらしく、大穴を潜って庭に出た。
「ここは、被害がほとんどないようだな。泉の魔力で守られたか」
ライル様の言葉通り、神殿は無傷みたい。庭もいつも通りだけど、よく見れば城の壁の一部が散乱。
大股で庭を抜けたライル様が私を抱えたまま神殿に入った。
「……そのまま、ですね」
神殿の中は地震などなかったかのように何も変化がない。棚も机も椅子も、なに一つ動いた形跡がない。
静寂の中、ライル様の足音だけが響く。視線が高いためか、天窓から降り注ぐ光が近く感じる。
ここにいると、先ほどまでの光景が嘘だったようで。神殿から出たら、何事もなかったように、すべてが元通りになっているのではないかと。
そんな淡い期待を抱いてしまう。
(私が見た悪夢だったならいいのに)
でも、これが現実なのだと自分のドレスを見て認識する。あれだけ宝石のように煌めいたドレスが。粉雪のような白さも。細い糸を編み上げた繊細なレースも。
すべて薄汚れ、破れてしまった。大勢の方が時間を手をかけて、ここまで作ってくださったのに。
「ついたぞ」
ライル様が祭壇の前で私を床に降ろす。
湧き出る泉も祭壇も何も変らない。けど、神殿の外では苦しんでいる人がいる。泣いている人がいる。不安で落ち込んでいる人がいる。
私は非力で、魔法も使えない。助けることも、傷を治すこともできない。
(でも、もし私の歌で何かが変わるなら。少しでも不安を取り除くことができるなら)
私は両手を胸の前で組み、祈りを捧げる姿勢になった。大きく息を吸って顔をあげる。私の声がすべての人に届くように。泉にのって、国中の人に届くように。
私はありったけの声を出して歌った。




