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【書籍化】獣人の国に嫁がされた聖女は、おまえを愛することはないと宣言される〜私はもふもふに囲まれて幸せです〜  作者: 禅
第二章

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それは、勢いがあるすれ違いでした

 あれから、どれだけの時間が過ぎただろう。


 私は何度も何度も繰り返し歌った。すべての人に私の歌が届くように。ありったけの力を込めて。


「もう、夕方だ。そこまでにしておけ」


 ライル様の声で私は周囲が暗くなっていることに気がついた。神殿の天窓は東を向いているため、西日となる夕陽は入らない。


「ですが……あっ」


 力が抜けて倒れかける。膝が地面につく前に素早くライル様が私の体を支えた。


「ただでさえ体力がないんだ。今日はこれぐらいにしておけ」

「ですが」

「明日もある」


 ライル様の言葉に私はハッとした。


「明日も……」


 呟く私をライル様が抱き上げる。


「明日も歌うんだろ? 無理をしたら声が出なくなるぞ」

「……はい」


 ライル様が歩き始める。日が暮れてきたため足下が暗く見えにくい。それでも安定したライル様の足取り。

 そこに私を呼ぶ声が聞こえてきた。


「セシリア様!」


 アッザが足音なく庭を抜けて小走りでやってくる。その手には厚手の布と服とカゴ。


「着替えをお持ちしました」

「ありがとうございます。ですが、神殿には入れないのでは?」

「緊急事態ですから、誰も気にしないでしょう」


 そう言ってアッザがライル様に視線を移す。


「そもそも私だって毎朝、神殿までセシリア様とご一緒したかったんですよ。それをライル様だけズルいです」


 口をとがらせるアッザにライル様がフッと口角をあげる。


「オレの粘り勝ちだ」

「屁理屈でごねただけでしょう」

「勝ちは勝ちだ」

「そういうところですよ、本当に」


 私は自然と胸を押さえていた。忖度なく自分の本音を言い合う二人の様子に何かモヤモヤするような、変な気持ちが顔を出す。


「ところで、セシリア様。神殿の内部はいかがでしたか?」


 意識を戻した私はアッザの質問の意図が分からず首を傾げた。


「神殿の中は特に変わりありませんでしたが」

「では、今夜は神殿の中で過ごしましょう。ラナ様が、外に出るより泉の魔力で守られている神殿で過ごすほうが安全かもしれない、と言われておりましたから」

「ですが、城は……みなさんは大丈夫でしょうか?」

「最初は混乱しておりましたが、セシリア様の歌で落ち着きを取り戻しつつあります。ただ、瓦礫の下敷きになった人や怪我人が多く、そちらの対処に時間がかかりそうです」

「でしたら、ここに薬草があります。それを持っていきましょう」


 意気込む私の肩にアッザが手を添える。


「まずセシリア様は休みましょう。ずっと歌われてお疲れでしょうから」

「私は平気です。それよりも怪我をした方たちに薬草を」

「ひとまずは城にある薬で足りております。ここにある薬草は明日、持っていきましょう。あとセシリア様は明日からも歌をうたっていただく必要があります。そのためにも今日は休みましょう」

「ですが……」


 今も苦しんでいる人がいるのに私だけ休むなんて。


「おい」


 ライル様の低い声に肩が跳ねる。怒りを抑えたような鋭い目。初めてむけられた瞳に小さく体が震える。

 そんな私に気付いたライル様が軽く舌打ちをして私を抱えたまま踵を返した。


「今夜はここで休む」


 そう言った顔は焦げ茶色の髪で隠れて見えなくて。私はそのまま以前、使っていた部屋へ運ばれた。


※


 部屋でアッザと二人っきりになった私は俯いたまま動けなくなった。椅子に座った私にアッザが声をかける。


「セシリア様、着替えをしましょう」


 手際よくドレスの紐を解いていくアッザ。けど、私はそれどころではなくて。


「……どうしましょう」


 私は両手で顔を覆った。先ほどのライル様の濃緑の瞳が焼き付いて離れない。

 深いため息とともに言葉が零れる。


「ライル様に嫌われてしまいました」


 好かれるとは思っていない。それでも、嫌われてはいないと思っていた。それが……


「どうして、そのように思われるのです?」


 淡々とアッザが手を動かしながら訊ねる。私は顔から手を離してドレスを脱ぐ手伝いをしながら説明をした。


「先ほどのライル様の目が……怒らせてしまいました……」


 私の消えそうな呟きにアッザが軽く笑う。


「確かに、怒られていましたね。でも、あれはセシリア様がご自分を大切にされないからですよ」 

「私を、大切にしないから?」

「そうです」

「……よく分からないのですが」


 ドレスを脱いだ私にアッザが服を着せる。


「そうですね。例えば……ライル様が魔獣から城を守るために一人で戦われているとしましょう。ずっと一人で戦っていたので体はボロボロ。そこに援軍が到着しました。セシリア様ならライル様にどうしてほしいですか?」

「休んでいただきたいです」


 私の答えにアッザが微笑む。


「ですよね。ライル様も同じ気持ちだったのですよ。ずっと必死に歌われているセシリア様を見守るしかできない。そんな自分への苛立ち。そして、休んでほしいのに休もうとしないセシリア様。その気持ちが重なって先ほどの態度になったのでしょう」

「ですが、私は平気ですし、ライル様が気になさるほどのことでも……」

「セシリア様」


 アッザが膝を屈め、着替えを終えた私と視線を合わせる。


「ライル様はセシリア様のことを心配されているのです」


 思いがけない言葉に私は固まった。


「……しん、ぱい? 心配とは物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、気がかりなこと。でしょうか?」

「その心配です」

「つまり、ライル様は私の先行きを気にされている……ということでしょうか?」

「…………微妙に違う気もしますが、それもあると思います」


 歯切れが悪いアッザの答え。そこから私は自分なりに考えた。


(ライル様は先行きを気にされていた。もし、ここで私が倒れたら、どうなるのか……)


 すべてが繋がった私は握りこぶしをつくった。


「わかりました! ライル様に謝ってきます!」


 歩きやすい靴に履き替えた私は部屋を飛び出した。


「ちょっ、お待ちください! また盛大に勘違いされ……」


 バタン。


 ドアがアッザの声を閉じ込める。

 私は薄暗くなった神殿を歩いた。スカートを翻しながら慣れた廊下を足早に進む。


「神殿(ここ)は広くありませんから、ライル様がおられるとしたら……」


 まずは神殿の中心にある祭壇がある部屋へ。


 陽が落ち、凜と冷えた風が駆け抜ける。導かれるように視線を動かすと、そこには――――――


 祭壇の前。淡い光のカーテンのように降り注ぐ月明かり。その光に包まれるように浮かび上がるライル様の姿。

 大樹のような焦げ茶色の髪から覗く、涼やかな目元。瞳は翠玉のように輝き、その下には真っ直ぐな鼻筋。キツく結ばれた薄い唇に、滑らかな褐色の肌。ライオンの特徴である丸みを帯びた耳と尻尾。

 薄い服越しでも分かる、しなやかな筋肉。芸術品とも言える外見は書物に描かれていた絵画のようで。


 幻想的な光景に目も意識も奪われる。


 思わず左手の指輪に触れると、ライル様が私に気がついて顔をむけた。


「……どうした?」


 私は慌てて頭をさげた。


「申し訳ございませんでした」

「どういうことだ?」


 ライル様の怪訝そうな声。私は急いで説明をくわえた。


「あの、心配していただいたのに、そのお気持ちに気がつかなくて……申し訳ございませんでした」


 私の言葉にライル様からの反応はない。沈黙が流れる。

 そっと顔をあげると、ライル様が困ったように目を伏せていた。


「……いや、オレも言葉が足りなかった。おまえは弱いから、もう少し自分の体を大事にしろと言いたかったんだ」


(ライル様が私の体のことを気にしてくださっていた!?)


 ブワッと気持ちが溢れる。その感情に押されるように私は声を出した。


「はい! 人質は生きてこそ価値がある、ですから! 体調には気をつけます!」


 私の言葉にライル様が濃緑の瞳を丸くする。それから焦ったように両手を左右に振った。


「待て! それはっ……」


 勢いのまま私は握りこぶしを作って宣言した。


「お飾りの妻として、お役目は立派に果たしますから、ご安心ください!」


 夜の神殿に私の声が響き、その前では。


「そうじゃなぁぁぁ……」


 言葉にならない唸り声とともにライル様が沈みました。




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