それは、地震と助けでした
下から突き上げるような突然の揺れ。私は立っていられずにバランスを崩した。
「セシリア様!」
倒れる私を駆けつけたアッザが受け止める。メイドたちは立っていられずに、そのまま座り込んだ。
「キャー!」
「フェルナン様! 外へ!」
ドアの近くにいたフェルナン様と従者たちが一目散に部屋の外へと逃げる。でも、私たちは揺れに足をとられて動けない。
悲鳴とともに、棚や壁に飾ってある装飾品が落下。重い机さえも大きく揺れ、置いてあった裁縫道具などを吹き飛ばす。
最初はガタガタと激しい音を立てていた窓が最後には割れ、ガラスの破片が散乱した。
「窓から離れなさい! セシリア様を机の下へ!」
グレタの指示でアッザが私を机の下へ押し込む。他のメイドたちもテーブルや机の下へ這って移動する。その間にも悲鳴と物が割れる音が響く。
永遠に続くかと思った揺れは少しずつ収まってきた。それでも、あちこちから聞こえる泣き声。
このような現象は書物で読んだことがある。
「……今のは、もしかして地震、でしょうか?」
私の呟きにアッザが頷く。
「そうだと思われます。私は幼い頃に一度だけ体験したことがありましたが、ここまで大きな揺れではありませんでした。とにかく、ここを出ましょう。安全な場所に避難しなくては」
「はい」
私はアッザに引っ張られて机から出た。床は足の踏み場もないほど、壊れた物で溢れている。気をつけないと、すぐに足を怪我してしまいそう。
「失礼します」
「えっ!?」
一瞬でアッザに横抱きにされた私。ウェディングドレスのスカートが広がりすぎて、アッザが苦戦している。
「床はガラスも落ちているので歩くのは危険かと。今、セシリア様が履かれている靴では、普通に歩くのも難しいでしょう」
「そういえば……」
ウェディングドレスに合わせたピカピカの靴。背を高くみせるため、踵は細く長い。実は立っているだけでも難しかった。
「みなさんも大丈夫ですか?」
アッザの声かけに顔を青くしながらも頷くメイドたち。そこに悲痛な叫びが。
「メイド長!」
「……私のことはいいから、先に逃げなさい」
「ですが」
グレタとメイドが部屋の隅にいる。アッザが私を抱えたまま近づいた。
「どうしました?」
「あの、メイド長が私を庇って」
よく見ればグレタの足が倒れた棚に挟まれている。そのことに気がついた他のメイドたちが集まった。
力を合わせて棚をおこそうとするがビクともしない。
「私、誰か呼んできます!」
メイドの一人が走りだそうとしたが、すぐにグレタが止めた。
「落ち着きなさい! 城内は混乱しています。こういう時こそ冷静に優先順位を考えるのです。あなた方が使えている主はどなたですか? 主の安全を優先しなさい!」
走りだそうとしたメイドが私を見つめる。私は頷いてアッザから降りた。
「では、私はここにいます。私がここを離れる時はグレタと一緒です」
「なっ!? セシリア様! それはなりません! 私など、捨て置い……え?」
ガタリという音とともに棚が少しだけ動く。数人のメイドで動かせなかった棚をアッザが一人で持ち上げようとしていた。
「かなり、重いですね。人族が数人がかりでも持ち上げられるかどうか……」
棚に崩れかけた壁も乗っているため、相当な重量になっている。一人で悪戦苦闘しているアッザにメイドたちが手を貸す。
それでも棚は微かに浮き上がるだけ。挟まっている足が抜け出せるほどは持ち上がらない。
「どうしましょう……」
非力な私が手を出しても邪魔にしかならない。
(どうすれば……)
棚を動かせる物がないか周囲を探す。でも、あるのは裁縫道具と壊れた装飾品ばかり。外は騒がしいけど、この近くに誰かが来る様子はない。
「誰か……」
ふと浮かんだのはライル様の顔。でも、どうして……
「……セシリア」
遠くから聞こえる声。ここにいるはずのない声。
(私が望んだ幻聴?)
声の主を探すように窓に視線をむける。もし、この声の主がいるなら、この窓の向こうにある離れの城。距離があって、すぐには駆けつけられない場所。
なのに……
「セシリア!」
ハッキリと聞こえた声。希望と疑心を抱えたまま部屋の入り口に視線をむける。
そこには息を切らしたライル様が。
いつもの不機嫌顔はなく、焦りと汗を顔に浮かべて。私の顔を見たとたんホッと表情を崩した。肩でしていた息を整えている。
その姿に私は幻を見ているのかと思った。
「どうして、ここに……ハッ! そうです!」
我に返った私はライル様に叫んだ。
「ライル様! お力を貸してください!」
「どうした?」
ライル様が床に散乱したガラスを気にすることなく一直線に歩いてくる。
「この棚を動かしていただきたいのです」
濃い緑の瞳がグレタと棚を持ち上げようとしているアッザたちを睨む。
「そういうことか。退け」
ライル様が尻尾を一振りして棚に手をかける。
「いくぞ」
グッと力が入る手。血管が浮かび、服の隙間から筋肉が浮き上がる。ガタガタという音とともに棚が持ち上がった。
「早く、足を引け」
「は、はい!」
グレタがアッザやメイドたちに助けられて棚から足を抜く。全員が離れたところでライル様が棚を降ろした。
ライル様が軽く手を払いながらグレタを見下ろす。その視線に萎縮しながらもグレタが頭をさげた。
「あの……ありがとう、ございます。私などのために……」
その言葉にライル様は私に視線をむけた。
「こいつをここまで綺麗にしたのは、おまえの仕事だろ?」
「へ? あ、はい。左様でございます」
「その礼だ。気にするな」
「は、はぁ……」
呆然とするグレタ。一方の私は……
(き、綺麗!? 綺麗って……あ、ドレスですね! ウェディングドレス! ここまで綺麗なウェディングドレスを、という意味ですね!)
と納得しかけて、ふと気がついた。
(そういえば、フェルナン様に褒められた時は何も感じなかったのに。どうして、ライル様の時はこんなに気持ちが乱れるのでしょう……)
悩んでいる私にアッザが声をかける。
「早くここから離れましょう。また、地震があるかもしれません」
「そうですね。グレタは歩けますか?」
メイドたちに支えられて立ち上がるのがやっとのグレタ。とても歩けそうにはない。
その様子にライル様が手を伸ばす。
「仕方ねぇ。助けたついでだ。運んでやる」
ライル様がグレタを運ぶ。今の状況なら、それが一番いい。早くここから離れるためにも。けど……
(この辺りがモヤモヤするような……悲しいような……)
ツキンと痛む胸を押さえていると、グレタの悲鳴に近い声が響いた。
「めっ、め、めめっめ、滅相もございません! そんな、恐れ多い!」
「では、私が運びましょう。ライル様はセシリア様を任せます」
アッザが笑顔でグレタを抱き上げる。そのことにグレタが全身で慌てた。
「ひゃぁ! わ、私は大丈夫ですから!」
「遠慮しないでください。さあ、行きますよ」
騒ぐグレタを軽々と抱いたまま歩きだすアッザ。ライル様が私を見下ろした。
「任せるとは、どういうことだ?」
「あの、一人では歩けなくて……」
「怪我をしたのか!? どこだ!?」
私に飛びつきそうな勢いのライル様。私は急いでスカートを持ち上げ、足先を見せた。そこには宝石をあしらい、ピカピカに磨き上げられた踵が高い靴。
「あの、不慣れな靴で上手く歩けそうにありません」
「そ、そういうことか。わかった。わかったから、まずは足をしまえ」
「はい」
スカートを下ろした私は顔をあげた。すると、ライル様が頬を赤くして片手で口元を押さえており。
「いかがされました?」
「…………なんでもない。行くぞ」
ライル様が私の膝に手を入れて、ふわりと抱き上げた。まるでライル様の腕に座っているみたい。あと、いつもより視線が高い。
(もしかして、ライル様と同じ視線の高さ? これが、いつもライル様が見ている景色……)
チラリと隣を見れば、端正な顔が。しかも、すぐ前でモフモフの耳がピクピクと動いている。
(さ、触りた……だ、ダメです! 今はそれどころではありません!)
ブンブンと頭を振っていると、怪訝な顔をしたライル様が私に視線をむけた。
「どうした? 気になることがあるのか?」
「い、いえ。なんでもありません」
「なら、しっかりオレに体を寄せてろ」
ライル様が空いている手で私の体を倒す。
(丸出しの肩や腕からライル様の温もりが! 直に! 伝わって!)
舞い上がったような、浮ついたような気持ちに戸惑う私。でも、嫌な感じはしない。
ぽわぽわとした感情に包まれ、困惑する私。
でも、この気持ちはすぐに現実とともに消え去った――――――




