それは、いつものタラシでした
ウェディングドレスを着た私は帝城のメイドたちに囲まれていた。
ピリッとした気配と漂う緊張。まるで、食事の準備に忙しい厨房のような緊迫感。そういう時は料理長であるバスクの怒鳴り声がよく響いていた。
けど、ここでは……
「そこ、もう少し裾をあげて。腰はゆとりを持たせて」
メイド長であるグレタの指示に他のメイドたちが応えながら手早く仮縫いをする。無言のまま的確に動く指。
その手際の良さに、ただただ感心してしまう。
「裁縫がお上手なのですね。このドレスもみなさんが作られたのですか?」
私の質問にグレタがテキパキと答える。
「いいえ、作ったのは職人です。私たちはセシリア様の体に合わせて微調整をしているだけですから」
「それだけで、こんなに私の体に合ったドレスが作れるなんて……素晴らしいです。その仕上げをされる皆さんも、凄い技術をお持ちなんですね」
「え?」
それまで細々と動いていたメイドたちの手が止まり、私に視線が集まった。その目は驚きや困惑に染まっていて。
「ど、どうかされました? 私、失礼なことを言いましたでしょうか?」
「いえ、セシリア様には関係のないことで。失礼いたしました」
グレタの一言でメイドたちが無表情になり作業に戻る。でも、その様子が気になって。
「なにか失礼なことを口にしておりましたら、申し訳ございません」
「頭をさげないでください。セシリア様が謝られるようなことではございませんから。その、お耳汚しになる話ですが……」
作業をしているメイドたちの動きに注視しながらグレタが説明をした。
マクシム陛下が国を仕切っていた頃は、仕事をするのは当たり前。できて当たり前。それどころか、デザインが悪い、宝石が少ない、ダサイ、と必ず文句を言われる。
しかも、マクシム陛下が気に入らなければ鞭で打たれ、ヴァレンティーヌ様、ジャクリーヌ様からは文句と蔑みの言葉しか聞いたことがない。
そして、マクシム派の臣下や貴族たちも追随するため使用人への暴言、暴力が日常になっていたと。
「暴君マクシムが幽閉され、先帝派の方々による治政で状況は改善されました。しかし、仕事を認められた上に、お褒めの言葉までかけられたことはなく……その、正直なところ、困惑しております」
と、グレタが話を締めた。部屋の隅で見守っていたアッザの声が耳をかすめる。
「セシリア様のタラシが始まりましたね」
遠くてよく聞こえなかった私は体を動かせないため、視線だけをアッザにむけた。
「どうかしましたか?」
「よくお似合いですよ」
満面の笑顔で褒めるアッザ。たしかに褒められたら嬉しいけど恥ずかしい。
メイドたちの困惑したという気持ちが少し分かった私は、俯きながら言った。
「こんなに豪華で立派なドレスを着させていただけてるだけでも凄いのに、それが似合うなんて……私に合わせて作ってくださった、みなさんのおかげです」
「それもありますが、セシリア様が努力された結果でもあります。きっとライル様もお似合いだと言われますよ」
「ラ、ライル様も……言ってくださいますか、ね?」
あの濃緑の瞳が私のこの姿を見て……想像しただけで顔に熱が集まる。私は赤くなったであろう頬を隠すように両手で覆った。
「ど、どうしましょう? 恥ずかしいのに、見ていただきたいような……え? えぇ!? どういうことでしょう? とっても複雑な気持ちです……」
一人でワタワタしていると、作業をしていたメイドたちが手を止めて私を見ていた。しかも、ほんのり口元に笑みをのせた、生温かい目で。
その視線で余計に恥ずかしさが増して。
「も、申し訳ございません! 動いてしまいまして! あの、もう動きませんので、どうか作業を続けてください!」
私は顔を隠したい気持ちを我慢して人形のように真っ直ぐ立つ。そんな私の様子にメイドたちの張りつめていた気配が和らぐ。肩を力を抜いて、お互い顔を見合わせて頷いている。
そこで、グレタが場を引き締めるようにパンパンと手を叩いた。
「作業に戻りましょう。腰に付ける花の位置を確認して。あとスカートは、もう少しボリュームを出すように。これが終わりましたら靴を合わせますよ」
「「「「はい」」」」
今まで無言だったメイドたちが初めて声を出して返事をした。しかし、すぐに淡々とした空気に戻り、黙々と作業が行われていく。
動くことなく人形になりきっていた私はふとグレタに訊ねた。
「あの、いつもベッドのシーツや服を洗濯してくださっているのも、あなた方ですか?」
「左様でございます」
グレタの言葉とともに作業をしていたメイドたちの動きが一瞬止まる。どこか萎縮しているような、怯えているような。
「何か不手際などがございましたでしょうか?」
グレタの質問に私は慌てて否定した。
「そうではありません! そういうことではなく……その、お礼を言いたくて」
「礼、を?」
「はい」
手を止めて不思議そうに私を見上げるメイドたち。
(今なら、動いてもいいかも)
私はドレスの形を崩さない範囲でゆっくりと頭をさげた。
「いつもシーツや服を綺麗にしてくださって、ありがとうございます。特にシーツは石けんの香りがして、気持ちよく眠ることができます。たまにバラやラベンダーの香りがすることもありまして、最近では眠る前に、今日のシーツはどんな香りがするのだろうと、想像することが楽しみになりました」
礼を言い終えた私が顔をあげると、グレタが目を丸くしていた。
「……その、滅相もございません」
ずっと険しい顔をしていた口角が少し緩んで、恥ずかしそうに頭をさげたグレタ。それは、他のメイドたちも同じで。
その雰囲気を引き締めるように突然、グレタが宣言した。
「セシリア様を、他国に見劣りしない、我が国一番の花嫁に仕上げますよ!」
「「「「はい!」」」」
今までにない気迫と返事。訳が分からず、助けを求めるようにアッザを見た。すると、当然のように頷かれて。
「さすが、セシリア様です」
「あの、なにがさすがなのか、まったく分からないのですが」
「セシリア様はそのままで良いってことですよ」
何故か誇らしそうなアッザ。でも、最初の頃と比べて和んだような、お願いごとがしやすそうな雰囲気。
私は今がチャンスとばかりに、ずっと思っていたことを口にした。
「私もそのような洗濯ができるようになりたいので、今度教えてください!」
私の一言に空気が凍る。
「「「「「へ?」」」」」
「セシリア様ぁぁぁぁあ!!」
グレタやメイドたちの声とアッザの苦悶した声が重なった。
「え? どうかしましたか?」
思わず周囲を見回す私。唖然とした視線を私にむけるメイドたちと頭を抱えたアッザ。
どうしたのだろうかと考えていると、アッザが真剣な顔になりドアへ移動した。すると、誰かがドアを開け、入ろうとしている。
「今は試着中です。たとえ隣国の王弟といえど……あっ」
アッザを無視して従者を連れたフェルナン様が入室してきた。ズガズガと足音を立て、両手を広げながら私に近づく。
「さすがセシリア皇女。豪華なドレスに負けず劣らず、お綺麗です。ただ、残念なのはそれが獣人との式のためという。私なら、そのお心も晴れやかにして……」
一方的に話すフェルナン様。呆然と聞いていると、グレタが私の前に進み出た。
「これはフェルナン様。このような試着室までご視察とは。それも、我が国の皇女のウエディングドレスの試着を見学されるとは、とても仕事熱心なご様子。その姿勢を我が民も見習うべく、このことを知らせましょう」
にこやかにスラスラと話すグレタ。一方のフェルナン様は少しだけ顔を引きつらせた。
「いや、そこまでする必要はない。偶然、通りがかっただけで……」
じりじりと後ずさるフェルナン様。従者がドアを開けて退室しようとした時。
ドンッ!!!!
――――――――城が大きく揺れ、悲鳴が響き渡った。




