後悔というモノ〜ライル視点〜
セシリアに指輪を贈った日の夜。オレは帝城で割り当てられた部屋で一人、思い出に耽っていた。
子どもの頃。オレは双子の姉であるラナとともに、父の友人だという人族の皇帝の葬式に出席するため、この国を訪れた。
自分が知らない未知の世界に強く興味を惹かれ。一人で行動しないように、と何度も忠告されたが好奇心の方が勝った。
大人たちの目をくぐり抜け、こっそりと帝城から抜け出す。
やってきた大通りは右を見ても左を見ても人族ばかり。髪の色や目の色などの違いはあるが、外見はほぼ同じ。獣人の国なら様々な種族の獣人が入り乱れているのに。
同じ種族しかいない光景は異様で。呆気にとられていると背後から声がした。
「ライル! なにやってるの!?」
「ゲッ」
「何よ、その嫌そうな顔。優しいお姉様が心配して付いてきてあげたのに」
「とか何とか言いつつ、ラナも人族の街を見たかったんじゃないのか?」
「そ、そんなわけないでしょ」
慌てて否定するところが怪しい。こうなったらラナも城を抜け出した共犯だ。
それからオレとラナは街を散策した。もちろん、獣人の特徴である耳は帽子で隠し、尻尾は服の中に入れ、人族の子どもに偽装して。
人族の街は存外に面白く、オレたちは楽しく過ごした。だが、そんな時間は長く続かず。
「そこの坊やたち」
「あぁ?」
薄気味悪い男たちがオレたちを囲む。
「あっちで君たちの親が探していたよ。連れていってあげよう」
明らかな嘘。オレはラナの手を掴み、足元の砂を男たちの目に投げつけた。
「なにしやがる!?」
「クソっ! 待ちやがれ!」
男の一人が投げたナイフがオレの足を貫く。
「痛っ!」
「ライル!」
ラナに引っ張られ走る。しつこく追ってくる男たち。オレたちは獣の姿になり人混みに紛れて逃げた。
後から聞いたが薄気味悪い男たちは奴隷商人で、オレたちの肌の色が珍しいため捕まえて売ろうてしていたとか。
そんなことなど知らないオレたちは逃げることだけで精一杯だった。城壁に開いた穴を抜け、なんとか帝城内に入る。だが、そこでオレが力尽きた。傷口から止まらない血。感覚がなくなっていく足。
見上げれば夕焼け色に染まる空。少しずつ冷えていく風。
「……クソッ。ラナ、人の姿になれるか?」
「さっきからなろうとしてるんだけど……集中できなくて」
微かに震えるラナ。突然のことに動転して魔力が乱れて、しばらく人になれそうにない。オレも血を流しすぎて人の姿になるほどの体力がない。
もし今、人族の兵士に見つかったら獣人だと気付かれずに城の外に出されるか、最悪の場合は処分されてしまう。
オレは、どうすればいいのか痛みを堪えながら考えた。このまま、ここで夜を明かすのは体力的にも厳しい。
考え込むオレの鼻にふわりと甘い香りが触れた。
導かれるように顔をあげると、窓辺に立つ黒髪の少女。
真っ白な肌に柔らかそうな頬。小柄だが、子どもらしい体型。ただ、目が……大きな紫の瞳が真っ赤になるほど泣き腫れていて。
警戒するラナに少女が声をかける。
「ま、待って。ケガの手当をするだけですから」
その少女は困っていたオレたちを招き入れ、怪我の手当てと水と寝床まで用意してくれた。しかも、水と薬草には魔力が含まれており、一晩寝たら体は動けるまで回復。
オレたちは朝日が昇る前に部屋を抜け出した。早朝なら見張りの兵士も少ないから見つかる可能性も低い。
無事に客室へ戻ると、オレたちを一晩中探していた従者の獣人たちと父である王に盛大に叱られた。捜索隊を編制して帝城内から街まで探す準備までしていたとか。
申し訳ないと思いながらも、同時に心の底から安堵した。
これで、めでたし、めでたし……のはずだった。
だが、オレの気持ちが落ち着かない。あの黒髪の少女の顔が頭から離れない。
こうしている間にも、一人で泣いているんじゃないのか、悲しんでいるんじゃないのか、と考えてしまう。
夜になり、気がつけばオレは自分の部屋からこっそり抜け出していた。
獣に姿を変え、途中で見つけた一輪の花をくわえ、昨日と同じ窓辺へ。すると、オレを見つけた黒髪の少女は嬉しそうに迎えてくれた。
その笑顔に妙に気恥ずかしくなり、顔を見ることができなくなった。一緒に寝たこともあるが、緊張と高揚でほとんど覚えていない。
獣人なら匂いで……と言うが、匂いを嗅ぐなんて出来るわけない。とにかく、静かに息をするだけで精一杯だった。
葬式も終わり、獣人の国に帰る時。オレは精一杯の花を集めて窓辺に置いた。もう、会うことはない。だから、この気持ちごと、ここに置いていく。
つもりだった。
だが、実際はいくら時間が経っても忘れられず。それどころか、ますます頭から離れず。そのため、他の女に興味は持てず。
どこにいるのか、生死さえも不明の少女。探そうとしても世界は広い。そもそも第二王子という立場上、簡単には出歩けない。
不甲斐ない自分への鬱憤が溜まる日々。
その気持ちが反映されるのか、不満とともに増加する魔力。王都の城内で魔力が暴走しかけたことは一度や二度ではない。
この状況にオレは父である王から砂漠の城への移住を命じられた。あふれる魔力で砂漠に出現する魔獣を討伐しろ、というのだ。
「憂さ晴らしぐらいにはなるか」
そう考えてオレは命令を承諾した。
砂漠の城へ移住しても特に変ったことはなく。夜な夜な出現する魔獣を倒す日々。そんな毎日に変化が訪れる。
人族の国と同盟国となるため皇女を嫁にするという。そこまでなら、よくある政略結婚。だが、問題はオレの嫁だということ。
(番を探す様子がないオレに強制的に嫁を当てはめてきやがったな)
最初は何が何でも断ろうとしていた。だが、嫁が人族なら人族の国に行く口実ができる。もしかしたら、黒髪の少女を探すことができるかもしれない。
ふと湧き出た考えに引っ張られ、オレは結婚を承諾していた。結果、嫁いできたのがセシリアで。しかも、ずっと探していた黒髪の少女で。
この奇跡のような出会いに、最初は気付かなかった。
ガリガリに痩せ、動いているだけでも奇跡のような体。パサパサの白銀の髪に、カサカサの肌。この状態で、誰がセシリアを黒髪の少女と連想するだろうか。
だから、言ってしまった。
『オレがおまえを愛することもない。お飾りの嫁だ』
その言葉を思い出す度にオレは自分で自分を殴りたくなる。いや、実際に何度か殴った。だが、それで過去の発言が消えるわけもなく。
(むしろ過去に行きたい! そんなことを言うオレを全力で殴って止めたい!)
出来もしないことを考えては、ガラにもなく落ち込む。しかも、ラナはセシリアが黒髪の少女だとすぐに気付いたというから、本当に悔しい。
「しかも、ラナが余計なことを言ったせいで……」
セシリアはオレが他の誰かを慕っていると思い込んでいる。早く訂正しないといけないが、なかなか言い出せない。
「タイミングが……タイミングが難しいんだ……」
今のセシリアは十分な栄養と休養をとり、小柄ながらも柔らかく丸みを帯びた体になってきた。
それにくわえて、星屑のように煌めく白銀の髪、夜明け前の空のように輝く紫の瞳。小さな鼻に花びらのような淡いピンク色の唇。可愛らしい小さな顔に、滑らかな白い肌。
しかも、性格は優しくて他人思い。
「……癪だが王弟とか言うヤツが狙うのも分かる」
隙あらばセシリアに近づこうとするシェノバ国の王弟。
なるべく側にいるようにするが、絶対というものはない。不測の事態が起きた時に対処できるようセシリアには指輪を贈った。
「……可愛かったな」
指輪をつけた時のセシリアの顔。驚きながらも嬉しそうで。左手を空に翳し、指輪を見つめていた。
「また、何か贈るか」
どんなモノを贈ったらセシリアが喜ぶか。それを考えるだけで気分が高揚する。こんな自分は初めてだ。
戸惑いもある。だが……
「悪い気はしないな」
オレはセシリアへの贈り物を考えながら眠りについた。




