それは、絶体絶命の状況でした
兵士に連れてこられたのは、私と同じ年ぐらいの少女だった。
茶色の髪を綺麗に結い上げ、派手な化粧をした顔。でも、体は小刻みに震え青ざめた様子で俯いている。
しかも、ドレスは微妙にサイズが合っておらず、胸がスカスカでスカートの丈が長い。
少女の服装に違和感を覚えていると、ライル様がマクシム陛下に訊ねた。
「なんだ、その娘は?」
マクシム陛下が表情を取り繕うように笑みを浮かべて説明する。
「その色なしは皇女を騙った重罪人。こいつこそ正真正銘の皇族の血を引く、先帝の娘だ。さあ、この娘を連れてとっとと国へ帰れ」
突然のことに理解が追いつかない私。そのような話は聞いたことがない。
「そんっ」
顔をあげて抗議をしようとした私の頭をライル様が左手で押さえた。目前に太い首が迫り、思わず口を閉じる。
「なら、その証拠を見せろ」
「証拠だと?」
「そうだ。その娘が本物の皇女で、こいつが偽物だという証拠だ」
「そんなもの! 私が本物だと言えば本物に決まっている!」
怒鳴るマクシム陛下をライル様が鼻で笑った。
「一番信じられない証拠だな」
「貴様! 一度ならず二度までも私を侮辱するか!」
マクシム陛下が鞭で空を切る。ピリピリとした空気の中、ライル様が淡々と問う。
「ならば、先代の皇帝の髪と目の色は? それと、その妻の髪と目の色は?」
「なっ!」
息を呑んだマクシム陛下が目を泳がし、言葉を探すように口だけを動かした。しかし、答えが出ることはなく。
ライル様が少女を見下ろした。
「先帝は太陽のごとき金髪と、宝石のような紫の瞳を持つ美丈夫、というのは有名な話だ。だが、その娘にはその特徴がない」
「は、母親似だからだ! こいつは母親似で、母親の特徴を受け継いでいるのだ!」
「ほう?」
ライル様が余裕の笑みを浮かべる。
「先帝の妻はただ一人。神殿に仕える、白銀の髪に青い瞳をした美女だったという。だが、その娘は白銀の髪でも、青い瞳でもないな」
少女が慌てたように茶色の瞳を伏せて隠す。
ライル様が私を押さえていた左手を放し、耳元で囁いた。
「体は起こせるか?」
「えっ? は、はい!」
私はライル様にもたれかかっていた体をすぐに起こした。そんな私を見て人々が一斉にざわつき始める。
「おい、あの姿は……」
「銀髪に紫の目。まさしく、そうではないか?」
「だが、先帝に娘がいたとは聞いたことはないぞ」
「いや、子がいるという噂はあった」
「先帝は内政に巻き込むのを恐れ、娘の存在を隠したと聞いたことがある」
ぼそぼそと聞こえる会話の断片。不安になった私はライル様に視線をむけた。
「あ、あの……」
「おまえは、そのまま堂々としていろ」
「ですが……」
濃緑の瞳がまっすぐ私を見据える。
「なにがあっても、おまえを守る」
その言葉が、視線が、私を包み込む。体が軽くなり、心が落ち着く。
「はい」
ライル様の言葉に押された私は、しっかりと顔をあげた。ふわりと風が舞い、私の髪を背後へさらう。
そこに、新たなざわめきが広がった。
「おい! あのブローチは!」
「あれは、先帝の紋章!」
「では、あの娘は」
「本当に先帝の……」
全員の視線が私の胸のブローチに集まる。
マクシム陛下が震える手で私を指さした。
「な、なぜ、おまえがソレを持っているのだ!?」
「これはお母様が大切にされておりましたブローチです。獣人国に嫁ぐ時、なにも持って行くなと言われましたが、このブローチだけは置いていけませんでした。申し訳ございません」
頭をさげようとした私をライル様がとめる。
「謝る必要などない。そのブローチは先帝の娘である証拠。それを取り上げようとした、あいつに非がある」
「そうなのですか?」
私の問いにマクシム陛下が顔を歪める。
「そ、それは神殿から盗まれたものだ! こいつが神殿に忍び込み、紋章を盗み、皇女を騙って獣人の国へ勝手に嫁いだのだ!」
あまりの言いがかりに思わず大きな声が出る。
「そのようなことは、いたしておりません!」
「では、おまえが皇女だと証言できる者がおるのか!? おまえが先帝の娘だと、確実な証拠があるのか!?」
「それは……」
皇族しか入れない神殿で私の姿を見ていたのはマクシム陛下とヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様の三人だけ。
でも、この状況で三人が私の存在を認めるとは思えない。
「神殿にいたことが証拠だ」
ライル様の答えをマクシム陛下が鼻で笑う。
「ハッ、そんなもの証拠にもならん。神殿など、いくらでも忍び込める」
「本当にそうか? 神殿は湧き出ている泉を守るため、堅牢な造りになっている。城の壁で囲み、定期的に兵士が見廻る。しかも入口は一カ所のみ。そこにも必ず見張りがいる。牢よりも厳重な守りをしている神殿に、どうやって忍び込むというのだ? 猫やネズミなら、いざ知らず」
私は初めて聞く状況に驚いた。しかし、マクシム陛下はもっと驚いた顔をしており。
「な、なぜ知っている!?」
「少し調べれば分かることだ」
マクシム陛下が私にむけて鞭を振り上げる。
「うるさい! 誰がなんと言おうとも、そいつは重罪人なのだ! さっさと渡せ!」
私は無言で目を閉じて体を固めた。逃げたり、抵抗をしたりすれば、ますます叩かれる。だから、黙って鞭をうけてきた。
それは体に刻み込まれた習慣となっていて……
でも、鞭はいつまでも降ってこない。
代わりに体がグラリと揺れ、マクシム陛下の短い悲鳴と、そこから広がる叫び声。
「ッ!?」
「キャー!」
「なにを!?」
驚いて目を開けると、ライル様が私を抱えたまま長い足でマクシム陛下の鞭を蹴り上げていた。
なにが起きたのか理解できていない様子のマクシム陛下。呆然と鞭が消えた手に視線をむけ、次に床へ落ちた鞭を確認する。
その光景を唖然と見つめる人々。
やっと状況を理解したマクシム陛下がライル様に怒鳴る。
「き、貴様! 自分がなにをしたのか分かっているのか!? 皇帝である私を足蹴にするなど!」
「先に手を出したのは、そっちだ」
「私はその重罪人に鞭をむけたのだ! 貴様にではない!」
ライル様が左手で私の頬を撫でた。褐色の無骨な指が優しく私の顔を包み込む。
「こいつはオレのモノだ。傷つけることは許さん」
思わぬ言葉に胸がドキッとした。でも、嫌な感じではない。
(私は……お飾りの妻、なのに)
戸惑う気持ちを隠すように胸に手を置く。ブローチを握りしめて成り行きを見守る。
すると、マクシム陛下がすべてを払うように大きく腕を動かした。
「もう勘弁ならん! 戦争だ! この場をもって獣人の国に宣戦布告する! この狼藉者を捕らえよ!」
突然の命令にも兵士たちが素早く反応する。一糸乱れぬ動きで剣をかまえ、いつでも攻撃できる態勢になる。
一方で、舞踏会の参加者たちはオロオロするだけ。マクシム陛下を止める者はいない。
私はマクシム陛下に訴えた。
「お待ちください! どうか、お考え直しを!」
「黙れ、この色なしが! そもそも、おまえが原因なのだ! おまえがいなくならなければ!」
「……私が?」
眉をひそめた私にマクシム陛下が苦虫を噛み潰したような顔になる。
「この重罪人を獣人もろとも捕らえよ!」
「やれるもんなら、やってみな」
ライル様が私を抱えたまま右足を引き、腰を落とす。兵士たちとライル様の睨み合い。まさに、一触即発という状況で、軽い声が空気を裂いた。
「「お父様、お待ちになりまして」」
ずっとつまらない様子で状況を眺めていたヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様がライル様に詰め寄る。
「獣人、私たちに助けを求めなさい」
「今ならお父様にお願いして、あなただけでも助けてあげましてよ」
「「ねー」」
その言葉に私はライル様を説得しようとした。
「ライル様だけでも、ここから……」
私の訴えにライル様が鋭く睨み返す。
「忘れたのか? オレはおまえを守ると言った。オレがおまえを見捨てることは絶対にない」
「ライル、さま……」
「そんな泣きそうな顔をするな。これぐらい、どうとでもなる」
ニヤリと口角をあげるライル様。それは強がりでもなく、本当に余裕の表情で。
そこに新しく兵士たちがなだれ込んできた。使い込まれた鎧に身を包んだ歴戦の戦士と分かる様相。今まで囲んでいた兵士たちとは動きが明らかに違う。
「チッ」
この状況にライル様が舌打ちをした。その様子にマクシム陛下が満面の笑みで両手を広げる。
「どうだ!? これだけの兵が相手でも余裕と言えるか!?」
マクシム陛下の高笑いがホールに響いた。




