それは、身に覚えがない罪でした
私たちを取り囲む兵士たち。今にも抜刀しそうな雰囲気にホールの空気が凍る。
「その女はあろうことか皇女を騙り、獣人に嫁いだ重罪人だ。よって、こちらで処罰する」
マクシム陛下の声を合図に兵士たちが一斉に剣の柄を握った。シャッという音とともに剣が鞘を滑り、切っ先が私に集まる。
その迫力に私は思わず目の前にあるライル様の服を掴む。そこに、ライル様が私の頭に左手を添え、私の顔を首元に埋めるように誘導した。
それは、まるで兵士から私を守るようで……
(お飾りの妻なのに……)
そこに、ふわりと香る草の匂い。
『もっと、オレを信じろ』
このホールに入る前に言われた言葉が脳裏に蘇る。
(ライル様を……信じて…………)
私は力を抜いて体をライル様に傾けた。白銀の髪がカーテンのように流れ、さまざまな視線から私を隠す。
ライル様が低い声で兵士たちを威圧した。
「オレに剣をむける意味を分かっているのか? それとも、獣人の国と戦争がしたいのか?」
濃緑の瞳が鋭く兵士を睨む。それだけで兵士たちがざわめき鎧がこすれる音がする。
「おっと、勘違いされては困るな。その剣は罪人に向けられたもの。その罪人をこちらに渡せば、悪いようにはせん」
マクシム陛下の声に私はそっと顔を動かした。こちらに馬用の鞭を片手に歩いてくるマクシム陛下の姿が髪の隙間から見える。
ライル様が怒りを押さえた声で訊ねた。
「罪人とは、どういう言いがかりだ?」
凍った空気も、ざわつきも、すべてを蹴飛ばすような甲高い声が響く。
「ちゃんと説明いたしましてよ。それとも、二本足で歩く獣には難しいお話でしたかしら?」
「獣人とはいえ所詮は獣ですから。お優しい言葉で説明して差し上げませんと」
「「ね……」」
いつもの二人が声を合わせるところで言葉が止まる。
バラのように真っ赤なドレスで飾ったヴァレンティーヌ様と、海のように真っ青なドレスで飾ったジャクリーヌ様が目を丸くして立ち止まる。少しだけ口を開け、頬を染めて一直線にライル様を見つめる。
その様子にマクシム陛下が声をかけた。
「我が娘たちよ、どうしたのだ?」
「「ハッ!」」
我に返った様子の二人が訝しむマクシム陛下の両脇に飛びつく。
「お父様、お話が違いますわ!」
「どこが二本足で歩く獣ですの!?」
「はぁ? なにを言って…………」
まともに私たちを見ていなかったのか、やっと正面からライル様の顔を見たマクシム陛下が唖然とした声で言った。
「じゅ、獣人は歩く二本足の獣ではなかったのか? あぁ、いや! 今はそれよりも、その色なしだ! その色なしをこちらに渡せ!」
マクシム陛下の言葉にライル様が眉間にシワを寄せる。
「その前に名を名乗れ。礼儀知らずが」
「き、貴様! 私を愚弄するのか!?」
「愚弄しているのは、おまえだろ。というか、本当に誰だ、おまえは」
今にも舌打ちしそうなライル様に私は顔を髪で隠したまま、そっと囁いた。
「先代の皇帝の弟であり、私の叔父でもあるマクシム陛下です」
「あぁ、こいつが」
興味がないとばかりに見下ろすライル様。その態度にマクシム陛下が顔を赤くする。
「そういう貴様は何者だ!?」
「獣人の国、ナジブ王が第二子のライルだ。招待した相手ぐらい把握しておけ、鳥頭。いや、それだと鳥に無礼だな」
珍しく饒舌なライル様。でも感情はなく、表情は氷のように冷たい。
反対にマクシム陛下は今にも噴火しそうなほどの怒り顔。
「貴様! 侮辱罪だ! こいつも連行しろ!」
そこにヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様が甘い声でマクシム陛下をなだめた。
「お父様、落ち着きになって。きっと、意見の相違があるのでしょう」
「そうですわ。ここは一度、別室でゆっくりとお話になられるのはいかがかしら?」
「「ねー」」
二人の極上の笑みにマクシム陛下の怒りが目に見えてさがる。
マクシム陛下がフンッと鼻を鳴らしてライル様に言った。
「無礼な貴様に一度だけ猶予をやろう。心優しき我が娘たちに感謝するのだな」
その言葉に合わせ、ヴァレンティーヌ様が軽やかな足取りで前に出る。
「私は皇帝の第一息女、ヴァレンティーヌでございます。この度は皇女を騙る偽物が失礼をいたしました。私は現皇帝の娘であり、紛れもない本物の皇女。その私と婚姻を結び、お互いの国の仲をより強固なものにしていただきたく存じますわ」
突然の発言にマクシム陛下が慌てる。
「ヴァレンティーヌ!? なにを勝手に!? そのような話はなかっ……うおっ!」
ジャクリーヌ様がマクシム陛下を押しのけて言葉を遮った。
「あら、お姉様。いきなり婚姻なんて早急すぎましてよ」
そう言ってジャクリーヌ様がライル様へ優雅に膝を折る。
「私は皇帝の第二息女、ジャクリーヌと申します。私も正当な皇族の血を引く皇女。同盟国として、二国の明るい未来のため、親睦を深めてまいりたいと考えております。そのためにも、二人っきりでお話などいかがでしょう? 珍しい異国のお酒もとりそろえております」
体勢を立て直したマクシム陛下が驚愕した様子で二人を見る。
「ジャクリーヌ!? おまえまで、どうしたのだ!?」
マクシム陛下の叫びが聞こえていないかのように、ライル様に熱視線をおくるヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様。
ヴァレンティーヌ様がうっとりと微笑みながら猫なで声を出す。
「我が国に、あなた様ほど逞しく美しい殿方はおりませんわ」
「ぜひとも獣人国のお話をお聞かせくださいませ」
小首をかしげ、流し目とともに誘惑の笑みをむけるジャクリーヌ様。
自分の美貌に絶対の自信があり、断られるなど微塵も思っていない様子の二人。
それもそのはず。国内では常に美しいと褒め称えられ育ってきた。そのプライドは万年雪が積もる山よりも高い。
マクシム陛下が全身を振って怒鳴った。
「ダメだ! ダメだ! ダメだ! 目を覚ませ、我が娘たち! そいつは獣人だ! 結婚など許さん!」
しかし、我が道を行く二人にマクシム陛下の怒りなんて、そよ風のごとく。
「あら、どうしてなの? お父様。こんなに立派で男前なお方なのに」
「そうですわ。この国の殿方は貧相で、結婚相手としては役者不足な方ばかりですもの」
「「ねー」」
マクシム陛下が絶望に近い叫び声をあげた。
「そういう問題ではない!」
ゼエハアと息を切らすマクシム陛下。その様子を呆れたようにライル様が眺める。
「そもそも、オレはおまえたち二人に興味はない」
バッサリ切られても、ヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様のマイペースぶりは変わらず。
「あら。お父様のことを気にして断られなくてよろしくてよ」
「えぇ。お父様は私たちのお願いは必ず聞いてくださいますもの」
「「ねー」」
顔を合わせた二人が歯ぎしりするマクシム陛下を無視して話を続ける。
「あちらのお部屋でお話をしましょう。さまざまな絵画を飾っておりまして、とても綺麗ですのよ」
「それなら、お庭が一望できるテラスも素敵ですわよ」
「「さあ、私たちと参りましょう」」
声を重ねた二人が両側からライル様の腕に手をのばす。
しかし、ライル様は左手でそれを払った。
「ここまで他者の話を聞かないとはな。もう、いい。帰るぞ」
最後の言葉は私にむけられていた。そのことに気づいた私は慌てて小さく頷く。
「は、はい」
私の声にマクシム陛下が反応する。
「待て! その色なしは置いていけ! 貴様には、こちらの娘を用意しておる!」
マクシム陛下がパチンと指を鳴らす。すると、一人の兵士に連れられ、ドレスを着た少女がやってきた。




