それは、舞踏会の終演でした
マクシム陛下の高笑いにライル様が深いため息を吐いた。
「おまえ、自軍の兵と他国の兵も見分けられないのか?」
「は?」
マクシム陛下が振り返り、もう一度兵士たちを見る。すると、中から金属の鎧をまとった女性が現われた。
焦げ茶色の髪を一つにまとめ、長い槍と盾を持った女戦士。鎧を着ていても分かる豊満な体。その美しさは戦女神のようで、誰もが状況を忘れて見惚れるほど。
その女戦士が親しげにライル様に声をかけた。
「だいぶん苦戦しているようね」
「別に苦戦しちゃいねぇよ」
「あらあら。可愛い弟のために精鋭を連れてきたのに、お姉ちゃん泣いちゃうわよ?」
と、尻尾を振りながら笑顔でラナ様が話す。
「じゅ、獣人か!? なぜ獣人の兵がここにいる!?」
うろたえるマクシム陛下にラナ様が楽しげに答えた。
「あ~ら、獣人の国に宣戦布告したのは、だぁれ? 私はそれに応えるために、兵を連れてきただけよ」
「は、早すぎるだろ! はじめから我が国と戦争をするつもりだったな!?」
喚くマクシム陛下にラナ様が微笑む。
「まさか。ちゃ~んと盟約を守るなら戦争をするつもりはなかったわ。でも、そっちが先に盟約を破ったんだから」
「な、なにを!? こちらはなにもしとらん!」
「あら。皇族の血を引いていない娘を皇女と偽ったうえに、セシリアちゃんを重罪人に仕立て上げて連れ去ろうとしたのは、誰かしら? あ、ちなみに言い訳はいらないわよ。証拠はすべて揃っているから」
「しょ、証拠だと?」
ラナ様が手をあげる。すると、兵士たちが道を作り、その中心を一人の男性が歩いてきた。
「宰相!? どういうつもりだ!?」
マクシム陛下から宰相と呼ばれた男が覚悟を決めた顔で訴える。
「マクシム陛下……いや、暴君マクシム! 盟約を違えようと計画した件、すべてを獣人国の王に告発した!」
「なっ!? なにを!? 貴様、なにをしたのか分かっているのか!?」
宰相が悔しそうに歯ぎしりをする。
「もともと傾きかけていた我が国を先帝が必死に立て直され、ようやく軌道にのったところでの急死。そこから国は迷走どころか没落の一途。すべては、暴君マクシムの無謀な内政によるもの!」
「黙れ! それは無能な貴様らのせいではないか!」
「私は何度も忠告して参りました。ですが、それをすべて却下し、悪化させた!」
いがみ合う二人の間に落ち着いた声が入る。
「そこまでだ」
ザッ。
ラナ様を始めとした獣人の兵士たちが一斉に片膝を床につき、頭をさげた。その中を大柄な影が歩いてくる。
「きゃっ!?」
「ひゃっ!?」
「ひぇ!?」
「じゅ、獣人!?」
周囲の人々から小さな悲鳴がもれる。
毛むくじゃらな体に鎧とマントを身につけた姿。たてがみをなびかせ、顔はライオンそのもの。
二本足で歩く獣。
人族がイメージしていた獣人の姿。雄大で威風堂々とした立ち振る舞いながらも、濃緑の瞳は肉食獣の色が強い。
その迫力に怯えているのか、ヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様が顔を青くして体を寄せ合い、小刻みに震えている。
ライル様が私を抱えたまま肩を落とした。
「王まで来たのかよ」
その一言にライオンの獣人が苦笑いをする。
「そう邪険にするな。たまには親らしいことをさせろ」
ライオンの獣人がライル様を軽くあしらうと、私を覗き込んだ。ライル様と同じ緑の瞳が優しく私を見つめる。
「やあ、そなたが先帝の娘か」
「は、はい!」
私は慌ててライル様から降りようとしたけど、しっかりと体を固定されて離してもらえない。
そんな私の状態を察したのかライオンの獣人が笑う。
「はっはっはっ。そのままでよい。私は獣人国の王、ナジブだ」
「先帝が娘、セシリアと申します。このような姿で申し訳ございません」
「気にするな。そうなっている原因はライルだからな。ところで、そなたは我が怖くないのか?」
「なぜ、怖いのでしょう?」
逆に訊ねてしまった私にナジブ王が笑う。
「そういうところは先帝にソックリだ。それも、また良い。ライルの腕の中で窮屈だろうが、もう少し辛抱してくれ」
そう言うとナジブ王がマクシム陛下の方へ足をむけた。それだけでマクシム陛下が後ずさる。
「ち、近づくな! 野蛮な獣人め!」
青ざめているマクシム陛下にナジブ王が残念そうに頭を振る。
「国を治める者として、その態度はならんぞ。それでは民に示しがつかん。たとえ恐怖に支配されようと、表では虚栄を張るのだ。まあ、先帝は我を恐れることもしなかったがな」
懐かしそうに話すナジブ王にマクシム陛下が怒鳴った。
「先帝、先帝! と五月蠅い! 皇帝は私だ! 兄は死んだのだ! 比べる必要などない!」
「そうだな。比べる必要などない。だが、そこに誰よりもこだわっているのは、そなたであろう?」
「勝手なことを言うな! 私はこだわってなどおらん!」
「兄である先帝を超えようと、先帝があえてしてこなかった政策を次々とおこない、失敗。その連続が今の結果だ」
「グッ」
図星だったのかマクシム陛下が黙る。
「先帝には借りがあったが、それ以前に良き友人であった。だからこそ、見守っていた」
「……どういうことだ?」
「我が友は言った。『自分が亡き後は、弟が国を継ぐだろう。その時は、そのまま見守ってほしい。自分は国を守ることしかできなかった。だが、あいつには行動力がある。自分とは違う国をつくっていくだろう』と」
「う、嘘だ! あいつが、そんなことを言うわけ……」
ナジブ王が悲しげに目を細める。
「信じるか信じないかは、そなたの自由だ。だが、我はこの言葉を信じて見守っていた。我が友の娘が命の危機に瀕していることも知らず」
(わ、私!?)
私は思わずライル様と顔を見合わせた。ナジブ王が話を続ける。
「現状を知った我は、友の娘だけでも助けたいと思った。見守るという約束を破ることになるが、そうも言っておられん状態だったからな」
「では、同盟国となる時に皇族の娘を嫁に出せと言ったのは……」
「そなたが自分の娘をだすわけないからな」
「まさか、最初から色なしが目的だったのか!?」
「そういうことだ。それで、ここまで国が悪化するとは思わなかったが」
マクシム陛下がナジブ王を指さして声を荒げる。
「ならば、すべては貴様のせいだ! 貴様がいらんことをするから! 泉が濁り、国が乱れたのだ! 責任をとれ!」
それまで温和に会話をしていたナジブ王が大きく息を吸い込んだ。
「黙れ!!!!」
ナジブ王の咆哮がホールにとどろく。舞踏会の参加者たちは腰が抜けて尻もちをつき、人族の兵士たちは後ずさった。
魂が抜けたように呆然と立ち尽くしているマクシム陛下にナジブ王が言葉をぶつける。
「あのままではセシリアは衰弱死しておった! 聖女を失えば、城に囲まれた泉はいずれ濁り、そこから魔獣が溢れ、国は滅んでおったわ!」
そこに宰相が歩いて私の前へ来た。警戒するライル様を無視して床に片膝をつき、頭をさげる。
「聖女よ。どうか祭壇に歌をささげ、泉をもとに戻してください」
私はキョロキョロと周囲を見回した。
「聖女?」
「おまえのことだ」
「え?」
ライル様が呆れたように私を見る。
「なんで、この会話の流れで気がつかない?」
「わ、私にそのような力はありません!」
「無自覚なのは分かっている。おまえは意識せず、いつものように歌えばいいだけだ」
「え? で、ですが……」
私はマクシム陛下に視線をむけた。白目をむいたまま気絶しており、動く様子はない。
宰相が立ち上がり獣人の兵士たちにむけて命令をした。
「暴君マクシムとそれに関係する者、すべてを捕らえよ! おとなしく投降するならよし、抵抗するなら切り捨てろ!」
すると獣人の兵の影に隠れていた人族の兵士たちが一斉に動き出した。宰相の言葉が効いたのか抵抗する者はおらず、舞踏会に参加していた人と最初になだれ込んできた兵士たちが大人しく連行されていく。
……ヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様を除いて。
「ちょっ!? 私が誰か存じないの!?」
「やめて! 汚らしい手で触れないでちょうだい!」
「「お父様!」」
二人が助けを求めた先のマクシム陛下は意識がないまま縄で縛られており反応はない。
こうしてマクシム親子は連行され、舞踏会は唐突に終了した。




