それは、嬉し涙でした
私が倒れた翌日。
ライル様は腕のケガが治るまでダンスが禁止された。そして、私も昨日のことがあり、今日は休むようにと言われ……
「治療師のサナジャブ様! ライル様がお慕いされている方は、サナジャブ様ではないでしょうか!?」
いつもの木陰で紅茶を飲みながら、私はアッザに訴えた。
「治療師であれば自然とライル様とお会いすることも多くなりますし、なにより黒髪です! こうなれば、お二人でお話する機会を……あ、お茶会などどうでしょう? 私がお二人をお誘いして」
「はい、セシリア様。一度、落ち着きましょう」
冷淡なアッザが私の言葉を切る。
「ですが……」
「ですがも、カモシカもありません。ライル様がお慕いされている方を探すのは私に任せると言われましたよね?」
「……はい」
気まずくなった私は誤魔化すようにカップに視線を落とした。
「まったく。ちなみにサナジャブはライル様がお慕いされている方ではありません。ライル様がお慕いされている方は黒髪の人族だそうです」
「黒髪の人族……この城に人族の方はおられますか?」
「セシリア様以外はおりません」
「では、この近くの街に人族は?」
「旅人や行商人でしたらいますが、定住している人族は……調べてみないと分かりませんが、数はかなり少ないと思います」
私は悩んだ。数が少ないのなら、私でも見つけられるかも。
「あの、ここから街までどれぐらい距離がありますか?」
「セェシィリィアァさぁまぁぁぁぁ!?」
「ひゃっ、ひゃい!」
聞いたことがないアッザの超低音と圧力がこもった声。体が勝手に反応して椅子から立ち上がってしまった。
「そもそも、ライル様がお慕いされている方がこの近くにいるとは限りません。ライル様は子どもの頃、王と共に人族の国に訪問されたことがあります。その時にお会いになった可能性もありますから」
「それ、は……」
もしその時に出会っていたなら、私が見つけることは不可能に近い。
「ですから、ライル様がお慕いされている方を捜索するのは私に任せてください。新しい情報がありましたら、ご報告いたしますので」
「そう……ですね。アッザにお願いしたほうがよいですね……」
他人の手を煩わせたくないから自分で探したい。でも、そうすると面倒をかけることになる。
自分の無力さに沈みかけたところで、ふとある考えが浮かんだ。
「あの、舞踏会は人族の城で開催される……のですよね?」
アッザの肩がピクリと跳ねる。
「そうです」
「では、そこで私が探し「ストォォォップ!」
アッザが私の声を遮る。
「人族の国へ行かれる時は私も同行いたします。ですので、ライル様がお慕いされている方を探すのは私にお任せください。ですから、他のことは考えず舞踏会に、ダンスに集中なさってください」
「たしかに……そうですね」
城には当然、叔父のマクシム陛下や従姉妹のヴァレンティーヌ様とジャクリーヌ様をはじめ、さまざまな人々がいる。
そのような大勢の人の前で踊るダンス。失敗はできない。
(お飾りの妻である私の初仕事! 私のせいでライル様が笑われるようなことがないように! ご恩を返せるように!)
私は拳を空に掲げた。
「わかりました! 私は私ができることを頑張ります! そのためには、今からダンスの練習を「ストォォォップ!」
アッザが私の両肩に手を置く。
「治療師のサナジャブより、今日一日は休むように、と言われましたでしょう?」
「ですけど、以前のように体が怠いようなこともありませんし、このようにしっかり動けます」
私はその場で両手を上下に動かし、ジャンプをして元気アピールをした。でも、鉄壁のアッザは崩せず。
「ダメです。体を休ませることも大切なことですから。それに、料理長のバクルが特別にお菓子を作ってくれましたよ」
「ふぁ……」
アッザがバケットからレモンがのったパイを出した。甘酸っぱい香りが鼻をくすぐる。
「まだまだありますよ」
次に出てきたものは柔らかそうなシフォンケーキ。皿の上でフルフルと揺れている。それから、チョコレートに包まれた果物たちに、ジャムがのったクッキー。
テーブルに並んだデザートたちが宝石のようにキラキラと輝く。
「ど、どうしたのですか? 今日はパーティーですか?」
「いつも頑張っているセシリア様へご褒美だそうです」
「ご、ほうび……?」
「はい」
「褒美とは、褒めること。褒賞を与えること。ほめて与える金品。えっと、この場合はデザートという品、でしょうか? ですが、私は褒められるようなことはしておりませんし……」
アッザが微笑みながら私を椅子に座らせる。
「なにを言いますか。セシリア様はいつも頑張っておられます。ここで生活するために獣人の作法の勉強、結婚式の準備、そして最近はダンスの練習」
「それは必要なことですから」
「必要なことでも頑張ってしていることに変わりありません。あと、ライル様を助けていただきました。その礼でもあります」
「あ、あの時は無我夢中で……」
「セシリア様の適切な処置のおかげでライル様は腕を切断しなくてすみました。ありがとうございます」
「いえ、そんなお礼を言われるほどのことでは!」
慌てる私をアッザが静かに見つめる。私はアッザから視線を外した。遅れて白銀の髪が私の頬を撫でる。
まっすぐ見つめてくる黒い瞳が私には重い。
「私には……色なしの私には褒められるほどの価値などありません」
静寂に私の声が沈む。風の音が耳につく。
「そのようなことはありません。セシリア様にはセシリア様の価値があります」
「ですが」
「あまり、この言葉は口にしたくなかったのですが」
アッザが一拍おいて言葉に力をこめる。
「人質は生きてこそ価値がある」
ここに来た初日にライル様に言われた言葉。
「セシリア様にはセシリア様の価値があり、生きないといけません。たとえお飾りの妻であろうとも、ライル様の伴侶として隣に立ち、堂々と生きてください」
「ですが、色なしの私が堂々となんて……」
「お飾りの妻でもライル様と結婚されるということは、そういうことです。ですが、それを一人ですべて背負う必要はありません。重荷になることはライル様と分け合い、支え合うのです。それが夫婦というものですから」
そっと目線を戻すとアッザが微笑んでいた。
「それに、私たちもおります。私もウカーブも、他の使用人たち全員でお二人を支えていきますから」
私を心配しながらも、優しさにあふれた笑み。
その顔が、なぜかお母様と重なって。懐かしさと寂しさが一気にこみあげ、ずっと我慢していたものが溢れそうになる。でも、それを出すことが出来ない。
「あの……私は、ここに居てもいいのですか?」
私の両手が温もりに包まれる。アッザがしっかりと私の手を握った。
「もちろんです。私たちは、ずっとセシリア様のお側におりますから。ですから、もっといろんなことを、ワガママなことでも、何でもいいですから言ってください」
「ですが……」
「すぐ、ではなくていいです。少しずつ言ってください。私たちは、ずっとお側で待っていますから」
アッザの気持ちが嬉しい。
「…………ありがとうございます」
頬を流れた一滴の涙は砂に落ちる前に消えた。




