セシリアの精神状態について~治療師サナジャブ視点~
目の前のベッドには、この城の主であるライル様が仏頂面で寝ていた。ただし、目はしっかり開いている。
解毒魔法と治療魔法で体は元通りだが、念の為に今日一日は安静に過ごしてもらいたい……が、隙あらば動こうとする。
私はリス特有の大きな尻尾を苛立ち混じりに振りながら、治療師として忠告した。
「今日はそのまま寝ておくこと。まったく、ライル様ともあろうお方が魔獣の毒を喰らうとは」
私の小言にライル様が顔をそむける。
「仕方ねぇだろ。昼寝中に襲われて、寝ぼけて攻撃したら魔力が足りなかったんだ」
「つまり、力加減を間違えて魔獣の反撃を喰らった、ということですか。セシリア様に魔力を吸われ、以前より魔力量が減ってますから、魔法を使う時は気をつけてくださいと忠告しておりましたのに。それでも一般的な獣人より魔力が多いですが」
「フン」
「前のように魔力の暴走に苦しむことがないので、マシでしょうけど」
セシリア様に魔力を吸われる前は毎晩のように魔獣に魔力をぶつけて発散していた。それでも体内に魔力が溜まりすぎて暴発しかけたことも数回ではない。
それが、最近は魔力が溜まりすぎることもなく、魔獣を相手にする回数も減った。そもそも魔獣の出現回数が減った、という理由もある。
私はライル様の左腕に視線を落とした。
「あと、セシリア様に礼を言っておくように。セシリア様がライル様を見つけて、すぐに毒消しの薬草を傷に塗り込んでいなければ、左腕は切断していたかもしれません」
「そこまでか?」
「はい。その毒は傷口から肉を腐らしていくモノ。その傷口の上を縛って出血量を減らし、薬草で毒を中和。ここまでの知識があることも驚きですが、それを咄嗟におこなえたことも素晴らしいです」
ライル様が腕をあげて包帯を睨む。
「チッ。借りができたな」
悪態をつきながらも、その顔はどこか緩んでおり……なぜか『爆発しろ、リア充』という言葉が浮かんだ。
っと、こんなことを考えている場合ではない。
「では、私はこれで失礼します。次はセシリア様を診察しないといけないので」
私の言葉にライル様が体を起す。
「あいつに何かあったのか!?」
スパーン!
私は診察道具の一つである細い筒でライル様の頭を叩いた。
「安静と言ったでしょう!」
「チッ。なら、叩くな!」
ライル様が舌打ちをして文句を言いながらも体を倒す。いつも、これぐらい素直なら良いのに。
呆れている私にライル様が訊ねた。
「で、なにがあった?」
「セシリア様はダンスの練習が人族の城でおこなわれる舞踏会のためのもの、と知って倒れたそうです」
「……言っていなかったのか?」
「わざと言わなかったのか、言うのを忘れていたのかは知りません。ただ、あれだけの仕打ちをうけた場所です。精神がなんとも思っていなくとも、体は拒絶するでしょう」
私の説明にライル様が眉間にシワを寄せる。
「普通は逆じゃないか? 体はなんともなくても精神が拒絶する、じゃないのか?」
「セシリア様の場合は精神が壊れかけてますから」
私の一言にライル様が目を丸くした。
(まさか、気付いていなかったとは)
私は肩をすくめて説明する。
「自分を傷つける力や、それに対する恐れなど、恐怖に対する感情が壊れかけています。そうすることで、自分を守り、生き抜いたのかもしれませんが」
静かにライル様が殺気立つ。空気が張りつめ、窓ガラスが軋む。このままではガラスどころか、部屋の壁まで壊れてしまう。
「ライル様。怒りをぶつける相手が間違ってます」
「……」
「では、セシリア様の診察にいってまいります」
「……待て」
重い声に私は足をとめて振り返った。
「どうしました? 傷が痛みます?」
「……違う」
ライル様が私から視線を外し、唇の端を噛む。
「……オレはどうすればいい? あいつのために何ができる?」
「おや、どういう風の吹き回しで?」
「か、勘違いするな! 今回の借りを返すためだ! 借りは必ず返す! それが獣人の誇りだ!」
この言葉に私は思わず目を細めた。その威勢で隠した本心はどこにあるのか。
「では、セシリア様を支えてください」
「ささえ?」
「はい」
私は最初に馬車でセシリア様を診察した時の姿が浮かんだ。極限まで痩せ細り、餓死寸前の体。それでも助けを求めず、求めることもできず、一人ですべてを抱えてきた。
それは裏を返せば……
「セシリア様は誰かに頼ることが苦手です。それでは、いつまでも苦しいまま。もっと周囲を頼ることを覚えること。つまり、ライル様がセシリア様に頼られるようになれば良いのです」
「……頼られるように」
「そうです。では、失礼いたします」
言うのは簡単。だけど、実行することは難しい。
私は部屋を出てドアを閉めた。すると案の定。
「どうすればいいんだ!?」
ライル様の叫び声。あとは自分で考えればいい。
私はセシリア様の部屋へ足を向けた。
セシリア様の部屋は城の奥にある男子禁制の居住区。ここに入れる男子はライル様だけ。警護しているのも当然、女性兵。
私は女兵士たちの憂慮を帯びた視線をくぐり抜け、セシリア様の自室にたどり着いた。あの豪傑な女性兵たちが心配するとは、セシリア様がどれだけ好かれているのかが、よく分かる。
ドアの前に立った私は軽くノックした。
「治療師のサナジャブです」
返事はなく、ゆっくりとドアが開く。その先にいたのはお世話係のアッザ。警戒しているのか木の葉のような耳が前後にせわしなく動いている。
「お待ちしておりました。中へどうぞ」
部屋の真ん中にあるベッドには穏やかな表情で眠るセシリア様。こういうところまで正反対とは。
思わず苦笑した私をアッザが睨む。
「なにかありましたか?」
「っと、失礼。こっちのことだ」
私は魔法でセシリア様の状態を確認した。体はここに来た時に比べれば、かなり回復している。魔力量も問題ない。
それでも倒れた、となると……
「セシリア様は舞踏会が人族の城で行われるのを知らなかった、と?」
「はい。私が勘違いしておりまして」
「そうか。ところで、セシリア様はここに来てから泣いたことは?」
「ありません」
アッザの即答に私は納得した。
「精神が壊れかけているから当然と言えば当然……か」
「どういうことですか!? セシリア様の精神が壊れかけているって!」
「お世話をしていて、妙な違和感を覚えたことは? なんとなく気付いていると思うが」
「それ、は……」
セシリア様の一番近くにいるアッザが気付いていないはずがない。
「脅しも嫌みもセシリア様には効かない。それは自分に向けられる負の感情を感じないようにするため、精神の一部が壊れかけているから。生きるために必要だったのだろうが、一度壊れると、そこから徐々に周りも壊れていく」
「どうすればいいのですか!?」
「安心を与えればいい。居場所を。帰る場所を。ここに居ていいのだと。もっと自分を出して、ワガママを言っていいのだと。ここにいる者たちは、それをすべて受け止める。だから、安心してここに居て良いのだと」
「それならば!」
意気込むアッザを私は止めた。
「ただし、それをセシリア様が受け入れるには、かなりの時間がかかると思ったほうがいい。傷を受け続けた年月が長い分、回復にはその倍の時間がかかる。そのつもりで接するように」
「……わかりました」
「セシリア様のことだから舞踏会には平気な顔をして参加するだろうが、それに騙されないように。見えないところで、かなりの負担になるだろう」
そこでセシリア様が身じろいだ。ぼんやりと瞼を動かし、私の顔を見て目を丸くした。紫の瞳が明けの明星のように煌めく。
「……黒い、髪」
「髪?」
セシリア様の呟きに私は自分の髪に触れた。肩まで伸びた黒に近い茶色の髪。こういう室内や暗い場所では黒にも見える。
なにやら期待に満ちた表情で私を見つめるセシリア様。その足下ではアッザが額を押さえて苦悩していた。




