それは、安堵と衝撃でした
薬草を引き抜いたけど、痛みもなにもない。恐る恐る目を開けると、ワヒが魔獣に噛みついていた。
「ガウッ! バウッ!」
上から魔獣を押さえつけ、勇ましく何度も噛みつくワヒ。
「ワヒ! 私は大丈夫です! 薬草は採れました!」
私が持っている薬草を掲げるとワヒが魔獣から素早く飛び退いた。そのまま魔獣の動きを警戒していると、地面に溶けるように消えた。
「…………はぁ」
力が抜けて座り込む。手の中を見れば、根に土がついた状態の薬草。白い産毛に覆われた緑の柔らかい葉。書物に描いてあった毒消し草と同じ。
「わん!」
私はワヒの声で我に返った。
「早くしないと」
ライル様の所へ戻った私は、薬草を泉の水で洗い、濡らしたハンカチを絞って薬草を挟んだ。そして、拳ぐらいの大きさの石でハンカチの上から薬草を細かく叩く。
「すり潰した方が効果があるのですけど、今は時間がありませんから……」
薬草から汁が染み出し、ハンカチが緑に染まる。そこで潰した薬草を出してライル様の腕の傷に置いた。その上にハンカチを置き、もう一度スカートの裾を破って腕に巻いて薬草を固定する。
「「わふっ! わふっ!」」
おとなしく見守っていたワヒとナンが空へ吠えた。見上げると一羽の大きな鳥が悠然と飛んでいる。動きを見守っていると、大きな鳥は悠然と私の前にある岩に降り立った。
真っ白な頭に鮮やかな黄色のくちばし。茶褐色のしっかりとした体。神殿で見かけていた小鳥とは迫力が違う。
「鷲……ですか?」
私の疑問に鷲が頷いた。
「さすが、セシリア様。その通りです」
「その声は、ウカーブですか!?」
「はい。もうすぐ治療隊が参りますので。私は護衛のために先に飛んできましたが、必要なかったようですね」
ウカーブが魔獣が消えた場所に顔をむける。
「ライル様はここで昼寝をしていたところを魔獣に襲われたのでしょう。清らかな湧き水の近くだから魔獣は現われないと油断したのかもしれません」
「見ていたのですか!?」
「ワヒが魔獣を倒したところが空から見えましたので。そこからの推測になります。距離がありましたので手助けすることができませんでしたが」
「ですが、そんなに強い魔獣を……ワヒは凄いですね」
「わん!」
得意げに吠えるワヒ。その様子に、ウカーブが苦笑い混じりの声で言った。
「魔獣はライル様の攻撃で瀕死の状態だったのでしょう。それでワヒでも倒せたのだと思います」
「ガウ! ガウ!」
ワヒが「黙っていろ」と言っているかのように吠える。ウカーブはさらりと無視して城がある方へ視線をむけた。
ガラガラと車輪の音と足音が迫る。振り返れば、砂煙の中から台車を引いた獣人たちが現われた。
あっという間に目の前に来た獣人たちがライル様を囲む。
「すぐに毒消しの魔法をかけろ!」
「移動しながらの方がいい!」
「なら、先に台車へ乗せろ!」
象の獣人が軽々とライル様を抱き上げ、マットが敷かれた台車に寝かせた。そこにフサフワの尻尾を揺らしたリスの獣人が乗る。
台車にライル様の体を固定させた象の獣人が叫んだ。
「よし! 出発しろ!」
その間にもリスの獣人が治療魔法の詠唱を始める。
『この地に宿る癒やしの精霊よ。この者の体を侵食す……』
「おぉぉぉぉ!!!!!」
頭から横に生えた角が特徴の獣人が吠えながら台車を引いて走り出す。その後を走って追う象の獣人。
「……ヌーの獣人の方でしょうか。馬車より速そうです」
台車が起こした砂煙を風が流す。そこには、車輪で踏まれた草が残るだけ。嵐が去ったような静けさ。
ウカーブが鷲の姿のまま私の隣に来た。
「魔獣の毒は厄介ですから迅速な治療が重要となります。場合によっては傷の周囲を切断することになりますから」
「そんなっ!? ライル様は大丈夫でしょうか!?」
「今は治療隊に任せましょう。アッザも来ましたし、私たちも城へ戻りましょう」
「え?」
いつの間にか息を切らしたアッザが隣に。
「セ、セシリ、ア……様。ご無事……で、しょうか」
「私は大丈夫です。それよりアッザのほうが……」
「わ、私は、だいじょう……ぶ、です」
そう言いながらも体は今にも崩れそうで。
「大丈夫ではないと思います! とにかく休みましょう」
私はアッザを木陰にある岩に座らせた。日差しは強いけど、泉の水のおかげかこの周囲の空気は冷えて涼しい。
「はぁ……」
アッザが大きく息を吐いた。ワヒとナンが足下でゴロンと横になる。茶色の毛が足に触れて温かくも、くすぐったい。
「落ち着きました?」
「はい……ありがとうございます」
私も隣の岩に腰かけて空を見上げた。ライル様の瞳と同じ緑色をした葉が風に揺れる。
「……あの、ライル様は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だと思われますよ。すれ違った時に、体を起こそうとしていて、治療師に怒られていましたから。治療魔法が効いたのでしょう」
「そうですか」
少しホッとした私にアッザが微笑む。
「それもセシリア様のおかげです。ありがとうございます」
「い、いえ! ワヒとナンが教えてくれたおかげです!」
「ですが、あそこでセシリア様が私を城へ助けを呼びに行くように言わなければ、事態はもっと悪化していたかもしれません」
「ならば神殿にあった書物のおかげです。書物には怪我人を見つけた時はすぐに誰かを呼ぶように。できる処置をするように、と書いてありましたから」
アッザがプッと吹き出す。
「ですから、セシリア様のおかげなのですよ。たとえ神殿に書物があっても、それをセシリア様が読んで覚えていなければライル様を助けることはできませんでした」
「……そう、なのでしょうか?」
「そうですよ」
ウカーブがトコトコと歩いて私の前に立つ。姿が鷲のため歩くのが難しそう。
「セシリア様はライル様の命の恩人です。そこは胸を張って良いことです」
「ですが……」
「もう少し自信をお持ちください。今度の舞踏会は人族の城であるのですから、そのときはライル様とご一緒に踊って……セシリア様?」
「ひと……族、の城?」
地面がグラリと揺れた気がした。手足が一瞬で冷える。暑いはずなのに、寒気がするような。
震えそうになる声を押さえ、もう一度ウカーブに確認した。
「あの、今、練習しているダンスは人族の城でおこなわれる舞踏会のため……ですか?」
「そうですが……アッザ、説明をしていなかったのですか?」
「私はラナ様からセシリア様に舞踏会で踊るダンスを教えるように、としか言われておりませんでして。てっきり結婚式の後におこなわれる舞踏会のためのダンスの練習だと……」
二人の声が遠くになっていく。全身の力が抜け、立っていられない。
「セシリア様!」
世界がまわり、私は倒れた。




