その頃、人族の国では~とある宰相の苦悩~
獣人の国からの援助金も簡単に底をつくほど国は困窮していた。
もともと近隣諸国に無謀な戦争を仕掛けては敗戦。そのたびに賠償として豊かな領土を取られ、財政はますます逼迫。ついには、先代の皇帝が作った貸しを盾に獣人の国へ同盟を結び支援するように、と要請した。
結果、先帝の娘であるセシリア様と交換という形で同盟は成立。
これで財政と国を再建できる……はずだった。
それが、しばらくして状況が急速に悪化。
今までは穏やかな気候で、農作物が豊富に収穫される我が国。それが、ここ一小節は嵐と日照りの悪天候続き。そこから、建国以来の不作。
このままでは生きていけないと農作を諦めて地方から職を求めて帝都に民が集まる。だが、職などあるわけもなく。
それでも今までの王都の民なら穏やかだった。お互いに助け合い、親戚などがいる地方の職を紹介して、民は流れていた。
しかし、今回はそれがない。それどころか、民たちはどこかピリピリして、犯罪が多発。
国がこんな状況でも現在の皇帝、マクシム陛下は変わらず。鞭を片手に無理難題を突きつける。
今も国の現状を報告にあがった私をマクシム陛下は玉座に座ったまま怒鳴りつけた。
「獣人たちから、もっと金を集めろ! こんな、はした金では城の修繕もできん!」
「ですから、獣人からの資金援助は一度きりという盟約です。これ以上、金銭を要求すれば同盟を破棄されます」
「ならば、同盟など破棄してしまえ!」
「それは無謀です。獣人の国と同盟を結んだからこそ、近隣諸国は警戒をしております。もし同盟が破棄されたら、近隣諸国より総攻撃される危険があり、そうなれば我が国は……」
「クソッ!」
マクシム陛下が鞭で空を切る。
「そもそも他国の連中がまったく言うことを聞かんのが悪いのだ!」
そう。そこが謎だった。
今までは、多少の無茶な問題でも我が国で交渉をおこなえば、相手国は条件をのんでいた。
それが今では突っぱねる一方で、交渉の余地さえない。
「古より続く我が国をなんだと心得ておるか!」
無駄に高いプライド。我が国がこの大陸の覇者として栄華を極めたのは遠い昔のことなのに。
ため息とともに愚痴がこぼれる。
「先帝の時はこのようなことなどなかったのに」
それは、とてもとても小さな呟きで、背後に控えている従者にさえ聞こえない声だった。それなのに……
バキッ!
鞭を真っ二つに折ったマクシム陛下の怒号が響く。
「どいつも、こいつも、先帝、先帝と五月蠅い! 兄は死んだのだ! 今の皇帝は私だ! 私に従え!」
言葉とともに鞭を私に投げつけ、真っ赤な顔で一喝する。
「おまえが無能なのが悪いのだ! さっさとなんとかしろ!」
「……御意」
なにも成果がない謁見を終えた私は城の廊下を歩きながら考えた。
「何故このようなことに……これでは獣人から援助を受ける前の方が良かったような…………前? 援助を受ける前……」
援助を受ける前と後で決定的に変わったことが一つだけある。だが、それが原因だとは到底思えないし、まったく繋がりがない。
しかし、気になる。なにかが引っかかる。
「おい、国の歴史に詳しい者を呼べ。あと、城の中心にある神殿に詳しい者も」
私は人を使って徹底的に調べさせた。
――――――――その結果。
数日後。私は報告をまとめた書類を持って、謁見の間に駆け込んだ。
「陛下! この度の災害、災難の連続について、原因が分かりました!」
「なにが原因だ!? 早く申せ!」
「セシリア様です! セシリア様が不在だからです!」
私の報告をマクシム陛下は予想通り一蹴した。
「ハッ、バカバカしい。なぜ、あの色なしが出てくる?」
玉座にふんぞり返り、聞く耳を持たない態度。だが、私は真剣な顔で書物を差し出した。
「こちらは歴史書になります。初代皇帝がこの地を帝都として選んだ理由、神殿を建設した事情が書かれております」
「それが災害と関係しているというのか? バカバカしいを通り越して呆れるな。もう少しマシな言い訳を……」
「お聞きください!」
私の迫力に圧されたのかマクシム陛下が不満そうな顔で黙る。
「神殿の泉は魔力があふれる聖域なのです! 初代皇帝はその泉の魔力を利用するために、この地を帝都にして、泉に神殿を建て、護るために城で覆いました。そして、泉とその魔力を使い、国を治めていたのです」
「泉と魔力を使って? だが、今はそのようなことはしとらんぞ」
「いえ。知らない間に使っておりました。そのおかげで、国は穏やかな天候に恵まれ、作物は豊かに実り、民は穏やかだったのです」
「どういうことだ?」
眉間にシワを寄せるマクシム陛下に私は説明を続けた。
「セシリア様の歌です! 毎朝、歌われていた! あの歌が泉を通して国を潤し、民を穏やかにしていたのです! そして、天候まで制御しておりました!」
マクシム陛下が鼻で笑う。
「なにを言い出すかと思えば。あんな色なしに、そんな力があるわけないだろ」
「色なしだからこそ、です。あの姿は泉の魔力に認められた者の姿。陛下、セシリア様の髪は生まれた時から、あの色でしたか?」
私の言葉に記憶を探っているのか、マクシム陛下が無言になる。
「セシリア様の母、レティシア様は黒髪。それが、神殿に仕えている間に泉の魔力に認められ、白銀へと変わったと言うではありませんか。白銀の髪は色なしと蔑む姿ではなく、聖女として崇めなければならない姿だったのです」
私の報告にマクシム陛下が忌々しそうに歯ぎしりする。
「……そうだと言うのであれば、さっさと誰かに歌わせろ!」
「陛下。お言葉ですが、それはセシリア様以外では無理かと思われます」
「何故だ!」
「神殿には皇族以外は入れない仕来りです。強い魔力があり、特例として神殿に仕えることを認められたレティシア様以外は」
「ならば、我が娘たちが歌えばいい! セシリアにできて、我が娘にできないことはない! ヴァレンティーヌと、ジャクリーヌを呼べ!」
こうして神殿に呼び出された二人の皇女は渋々、祭壇で歌をうたった。
しかし、事態が好転することはなく。それどころか泉の水は濁り、神殿の周囲の木々は枯れ、民の不満と不安が増した。
この状況に私を謁見の間に呼び出したマクシム陛下が声を荒げて怒鳴る。
「宰相! 貴様の戯れ言のせいで余計に悪化したではないか!」
この国に未来はない。そう判断した私は斬首覚悟で訴えた。
「ですから、セシリア様の歌でなければ効果はないと申し上げたではありませんか! どうか獣人の王に事情を話してセシリア様を神殿にお戻しください!」
「そんな恥知らずなことできるか!」
今にも鞭を振るいそうなマクシム陛下。ピリピリとした鋭い空気のトゲを抜く軽い声が響いた。
「それならば、セシリアをここに連れてくればよろしいのでは?」
「そして、神殿に閉じ込めてしまえば元通りですわ」
「「ねー」」
ヴァレンティーヌ皇女とジャクリーヌ皇女が顔を見合わせて仲良く頷く。
「ですが、そのようなことは……」
「名案だ! さすが我が娘たち!」
「へ、陛下!?」
マクシム陛下が満面の笑みを浮かべる。
「城で舞踏会をひらき、そこにセシリアを呼ぶのだ! そこでセシリアは皇族を騙った罪人として、神殿に幽閉する。あとは以前と同じように歌わせればいい」
「そ、それでは、獣人に嫁ぐ皇族は……」
「それは適当な娘を準備しておけ。これで今まで通りだ!」
「「さすがですわ、お父様!」」
謁見の間に響く三人の笑い声。その声が私には悪魔の高笑いに聞こえた。