運命のいたずら~ラナ視点~
始まりは数日前。
そろそろ双子の弟のライルの様子を見に行こうと、日程を調節していた時だった。父に呼び出された私は、広い王城の奥にある王の執務室に出向いた。
大きな扉を軽くノックして名乗る。
「お仕事中に失礼します。ラナです」
「入れ」
執務室の中では、父が数人の臣下とともに会議中だった。臣下と言っても、友好的な視線や鋭い眼光に、裏がありそうな目線まで。様々なモノが私に向けられる。
これもいつものことなので、私は平然と訊ねた。
「お忙しければ時間をずらしましょうか?」
「いや、問題ない。ライルの所へ様子を見に行く時期か?」
「はい。数日中に向かいます」
「そのときに、人族から嫁いできた娘の様子も見てきてほしい」
同盟国となる代わりに嫁いできた皇族の娘。話には聞いていたけど、顔も見たことがない。
「それなら、お父様が直接会われたほうがよろしいのでは? 親しくされていた人族の国の先帝の娘なのでしょう?」
「そうなのだが……いきなりだと怖がらせそうでな。まずはおまえが行って様子を見てほしい」
「たしかに獣人と交流がない方がいきなりお父様と顔を会わされたら驚きますからね」
「そういうことだ」
そこに臣下の一人が口を挟む。
「無駄にプライドが高く、傲慢な態度の人族の娘など、王が気にかけるまでもないと思いますぞ」
「そうですな。そのような厄介者は第二王子に任せておけばいい」
「厄介者は厄介者同士、砂漠の管理でもしていれば……ヒィ」
私はニッコリと殺気を飛ばした。最後に言葉を発したミーアキャットの獣人が腰を抜かす。
「相変わらず口が悪いようですね。私はお父様やお兄様のように寛大ではありませんので、うっかり爪が出てしまうかもしれませんよ?」
「わ、私を脅すの……ひぇ!?」
「はい、はい。そこまでですぞ」
私を幼い頃から知っている象亀のヤンバが穏やかに笑う。
「それぐらいで勘弁しなされ。ラナ様の殺気は毒以上に強烈ですからな」
「それなら、怒らすようなことを言わないでいただきたいです」
「それも一理ありますが、ここはジイの顔に免じてくだされ」
視線を隣にむければ、椅子から落ちかけているミーアキャットの獣人。気丈な顔で私を睨むものの、小さな耳がプルプルと震えている。
そんな無様な姿を晒すようになるぐらいなら、いらないことを言わなければ良いのに。
「わかりました。失礼いたします」
こうして私は執務室を後にした。
と、いうやり取りがあり、久しぶりにライルの城を訪れた私は、嫁いできた人族の少女の部屋を探した。早朝のため、城内は静寂に包まれ、見張りの兵が立つのみ。
誰もいない廊下を歩いていると、歌が聞こえてきた。その澄んだ歌声に私の胸が跳ねる。
「……まさか、この声は!?」
気がつけば私は走っていた。予感と希望が心の中で混ざり合う。カッカッと音をたてるヒールが耳につく。
「あぁ、もう五月蠅い! 歌が聞こえないじゃない!」
私はヒールを脱ぎ捨て、全力で足を動かした。子どもの頃に聞いた、あの時と変わらない声。
はやる気持ちを抑え、歌声が聞こえる部屋の前に立つ。息を整え、気配を消し、音をさせずにドアを開ける。
そこには、窓の外へと歌う白銀の髪の少女がいた。
風に揺れるレースのカーテンが歌に合わせて舞い、朝日が優しく少女を照らす。世界が、すべてが、少女を祝福しているかのように輝く。
その澄んだ声も、魔力も、においも、あの時のまま。懐かしい感情が込みあげる。
(まさか……本当に、あの子が……)
運命の悪戯としか言いようがない状況。
少女の歌が終わり、私は自然と拍手をしていた。そのことに驚いたように少女が振り返る。
その顔が。紫の瞳が。一瞬で私をあの時に戻す。
私は感情を爆発させて少女を抱きしめた。
※※※
感動的な対面から数日後。
城内の視察を終えた私は、ライルの部屋で紅茶を飲んでいた。
「う~ん。やっぱりここのお茶は美味しいわね。近くに湧き水があるからかしら」
「それを飲んだら、とっとと王都に帰れ」
「あら、寂しい。姉が心配して様子を見に来ているのに」
およよ、と泣きまねをするとライルがチッと舌打ちをした。私が演技していると分かっていても泣き顔には弱い。たぶん、あの子の影響。
「ところで、セシリアちゃんとは仲良くしてる?」
「はぁ? なぜオレが人族と仲良くしないといけないんだ」
呆れたような嫌そうな顔。しかも、照れてとか、恥ずかしがって、という様子もない。
(もしかして、気付いてない?)
私は探りを入れてみた。
「だって、あなたの将来のお嫁さんでしょ? ちゃんと仲良くしないと」
「政略結婚だ。仲良くする必要もない」
「けど、毎晩セシリアちゃんの側で仕事をして、魔力を分けてあげているんでしょ? そのおかげでセシリアちゃんが元気になったって聞いたわよ」
ここでようやくライルの憮然とした表情が崩れた。
「な、なぜ、それを……ウカーブか!? それともアッザか!?」
「犯人探しはやめなさい。そこまでしているのに、どうして避けるの?」
「……あいつは政略結婚による人質だ。簡単に死なれても困るから助けたまで」
「本当にそれだけ?」
無言で顔をそらすライル。
「まだ、あの子を探しているの? ケガの手当てをしてくれた女の子を」
「……」
「答えないなら肯定ととるわよ?」
返事はない。私はカップを置いて少し考えた。
(ここで教えるのは簡単。でも……)
動く様子がないライルに私は言った。
「とにかく、セシリアちゃんとは仲良くしなさい。公式の場には夫婦で出席するようになるんだから。そこでギクシャクしていたら変な噂がたつでしょ?」
「オレは困らない」
「あ、そう。でも、セシリアちゃんって可愛いし、純粋だし、ちゃんと見てないと変な虫が食べちゃうかもしれないわよ」
「その時は離縁すればいいだけだ」
未練もなにもない、という言い方。
でも、私は知っている。ライルの気に入ったモノへの執着はすさまじい。ライル自身も自覚があるらしく、なるべく執着を持たないようにしている。
ただ、一つ。あの子を除いて。
ここで私はある考えに辿り着いた。
「もしかして今回、人族の皇族からの嫁入りの話を承諾したのは、皇族の嫁がいれば人族の国に行きやすくなるから?」
ライルの肩がビクリと跳ねる。まさかの図星。
(セシリアちゃんを自分の目的のために利用するなんて!)
イラッときた私はワザと嫌みっぽく大きな声で言った。
「セシリアちゃん、かわいそう。こぉーんな、自分のことしか考えてない、他の女に未練たらたらな最低なヤツに嫁がされるなんて」
コッ。
廊下からの微かな物音。
「誰だ?」
返事がない。ライルが警戒しながら、ゆっくりとドアを開ける。
すると、そこには……
「……なぜ、ここに?」
可愛らしい袋を持ったセシリアちゃんが立っていた。




