それは、ライルの姉でした
目を開けると、白い天井だった。背中には体を包み込むふかふかなベッド。そこに残る微かな草の匂い。
「先程が、夢……ですよね」
獣人の国に嫁いだという現実。
神殿とは比べものにならないほど綺麗な部屋。淡い水色の絨毯が敷かれ、その上には優雅な曲線を描いた応接セット。窓には清潔な白いカーテン。
いまだに夢かと思ってしまう部屋。
ゆっくりと体を起こすと胸の辺りでカチャリと音がした。
「……お母様」
母がいつも大事にしていて譲り受けたブローチ。何も持って行くなと言われたけど、黙って持ち出した唯一の品。
中央に紫色の宝石が鎮座した、剣と百合の花のデザインのブローチ。
この城に来た翌日、鎖を持ってきてくれたアッザがネックレスのように首にかけられるようにしてくれた。それからは、ずっと身につけている。
「アッザは本当にやさしくて、気が利いて……私には勿体ない方ですね」
早く一人でなんでも出来るようにならないと。
私はベッドから立ち上がり、体を伸ばした。
「なんだか、いつもより体が軽いような? よく寝たからでしょうか? あと……草の香りも。久しぶりに猫さんの夢を見たから、でしょうかね」
懐かしい気持ちで両手に視線を落とす。ほんのりと温もりが残っているような感覚。
「また、会いたいですね」
新しい一日を始めるために窓を開けると、いつものように乾燥した風が私を迎えた。
私は仔猫への思いを馳せながら日課の歌をうたう。
パチパチパチパチ。
歌い終わると同時に拍手の音がした。
「おはようございま……え?」
アッザだと思って振り返ると……
「ライル……様?」
拍手をしていた手を止めて、その獣人は琥珀の瞳を細めた。
「似ているって、よく言われるけどね。私はライルの双子の姉のラナ、よ」
「……ラナ、様?」
言葉を探る私にラナ様がスカートの裾を揺らして近づく。その足は何故か裸足で。
そちらに気をとられていると、ラナ様が大きく手を振り上げていた。
「ん!」
両目を閉じて体を硬直させる。そこに、全身を包み込む温もり。そのまま力強く抱きしめられる。
「いやぁ~ん、ラナ様なんて他人行儀な言い方しないで! おねえちゃん、って呼んで!」
語尾とラナ様の背後にピンクのハートマークがたくさん浮いている幻影が見えました。
※
「ラナ様。ご訪問される時は事前に連絡をください」
「だって、ビックリさせたかったんだもの」
「私まで驚かさなくていいですから」
アッザが私たちの前に朝食を並べていく。
テーブルを挟んだ先には華麗に椅子に座るラナ様。緩いウェーブがかかった焦げ茶色の髪に、涼やかな目元をした琥珀色の瞳。まっすぐ通った鼻筋に誘惑的な赤い唇。褐色の肌は陶器のように滑らか。
顔立ちはライル様に似て美形だけど、それに妖艶さが加わった感じで。
(もしかして、ライル様が化粧をされたら、このような感じに!?)
いや、いや。体格が違いすぎる。
ライル様はしっかりとした体格で、服越しでも分かるほどの筋肉。
一方のラナ様は豊満な胸に細い腰。そこから丸みを帯びたヒップと長い足。しなやかで、芸術品のような体型。思わず自分の体を見て、小さくなる。
そんな私にアッザが説明をしてくれた。
「ラナ様は普段、王都の城で暮らされております。ライル様の様子を見るために、こうして突然こられることがありまして」
「だって、抜き打ちじゃないと普段の様子なんて分からないじゃない」
「事前に訪問日時を伝えていても、ライル様なら生活態度は変えません」
「ま、そうなんだけどね。今日は可愛い義妹を見るのが目的だったから」
「いもうと?」
首をかしげる私にラナ様が説明をする。
「ライルは私の弟。その弟と結婚するってことは、私の義妹になるわけ」
「……そういえば、神殿の書物にもそのようなことが書いてありました。結婚する相手の方とも家族になると」
「そうそう。こーんな、可愛い義妹ができて嬉しいわ」
と、満足そうに笑うラナ様は本当に嬉しそうで。
「あ、それで、おねえちゃんと呼んで、と言われたのでしょうか?」
「そうよ。ライルは堅っ苦しく姉上って呼ぶし、可愛らしさは皆無だし。それでも弟だからね。たまに、こうして王都から様子を見に来ているの」
「あの、ここは王都ではないのでしょうか?」
私の質問にラナ様とアッザが顔を見合わせる。
「アッザ、教えていなかったの?」
「申し訳ございません。当たり前すぎて、説明を忘れておりました」
「あ、あの、アッザはなにも悪くありません! 私が無知なだけなんです!」
慌てる私にラナ様がとろけるような微笑みを浮かべる。
「その必死な顔も可愛いわぁ。大丈夫よ、誰もアッザを責めたりしないから」
「は、はい」
「せっかくだから、ちょっと教えてあげるわ」
ラナ様がマドラーを持ち、先をちょんちょんと紅茶につけた。そのまま空に絵を描くようにマドラーを動かす。すると、紅茶が線となり地図が出来上がった。
「ラナ様、行儀が悪いですよ」
「まあまあ。分かりやすく簡単に説明するためだから。今回は見逃して」
そう言ってウインクをしたラナ様にアッザが肩を落とす。
「今回だけですよ」
「ありがとう。で、話を戻すわね。えっと、セシリアちゃんが今いるのがココ。砂漠の北の端にあるライルが住んでる城ね。で、王都はここよりもっと北で、大きな川と草原がある緑豊かな土地なの」
ラナ様が顔を庭に向ける。その先は茶色の砂と岩山に、少しの植物。たぶん王都とはまったく違う光景なのだろう。
憂いを帯びた目を伏せてラナ様が説明を続ける。
「今はこんな砂漠だけど、昔もこの辺りは草原だったそうよ。でも、良質な魔法石が取れるからって、あっちこっち採掘していたら、荒れ地になって、砂漠になってしまったの。それからは魔獣も発生しやすくなって。この城はこれ以上、砂漠が北に広がらないように、魔獣が北上しないように食い止める役割をしているわ」
「そうだったんですか……」
暗くなった空気を吹き飛ばすようにラナ様が明るい声になる。
「それと、セシリアちゃんがいた人族の国は西のこの辺りね。元々は大きな国だったけど徐々に勢力が弱くなって。それでも、先代の皇帝の頃は外交を頑張っていて持ち直していたらしいわ。でも、今の皇帝になってからはボロボロ。近隣諸国に無謀な戦争をふっかけては負けて、領土を取られ放題。最後には私たちの国に援助を求めてくるほど」
「……え?」
アッザが慌ててラナ様を止める。
「ラナ様、言葉が過ぎます」
「あら、だって事実よ。援助が欲しいのに、あんな高慢な態度で、同盟国になろうって申し入れてきて。いくら先代の皇帝の時に借りがあっても、従う必要はないっていう反対する者が出たくらいだし。義理堅い獣人からそんな意見が出るなんて相当よ」
「そうなの……ですか?」
「えぇ。それでお父様、つまりこの国の王ね。お父様は反対意見を抑えるために、人族の国に皇族から嫁を出せって言ったの。プライドが高い皇族が嫁を出すわけない。もし嫁を出したら、それだけ必死なのだから、一度だけ手を貸そうって」
「では……」
ラナ様が空に描いた地図を消した。
「皇族は皇女である、あなたを嫁に差し出した。だから、お父様は約束通り同盟国となり一度だけ援助をしたわ。けど、それも意味をなさないぐらい大変な状態になっているみたいだけど」
「大変な、状態?」
まったく話が見えない私にラナ様が意味深に微笑んだ。




