第5話:クロウス伯爵家
「クリスティナ? 気分が優れないのか?」
「いえ……、陛下にご挨拶することを思うと、少し緊張してしまって……」
私は馬車の隣に座る兄キャロルを軽く見上げ、控えめに微笑んだ。
お兄さまは数年前に家督を譲り受け、今は伯爵の立場にある。近衛魔術師に推薦するという話もあったほどの魔法の使い手でもあり、すでに陛下にも何度も謁見している人だ。
今日はお兄さまがクロウス伯爵家当主として、陛下に職務報告へ行かれる日。陛下の友人で前伯爵であるお父さまと、新米サンタクロースの私もご挨拶をするために同行しているのだけれど、王都に向かう馬車に揺られる私は、硬い表情で黙り込んでいた。
「大丈夫だ。ケインズ陛下は穏和なお方だ。聖夜の任務は無事に終わったのだから、きっとご理解くださるさ」
お兄さまが優しく碧眼を細める。お父さまと同じ色だ。
けれど、正面に座るお父さまの目は、先ほどからずっと閉じられたまま。胸の前で腕を組み、長い脚を組む姿は、私とお兄さまとの会話を拒んでいるように思われてならない。
(こんなことになるなんて……。本当は今頃、お父さまにたくさん褒めていただいて、もっと和気あいあいとした馬車時間になっていたはずなのに……!)
思わず強く唇を噛み締め、数日前の報告会を思い出す。
***
クロウス伯爵家では、聖夜祭翌日に本家に代表者が集い、任務の報告をしあう。
王国各地でプレゼントを配るサンタクロース全7名、トナカイ班と開発班の各代表1名が大広間の円卓を囲み、その他関係者がその様子を見守る。
本来ならば厳格で粛々とした空気の中で行われる会なのだけれど、今年はざわざわと落ち着かない。その原因は私だった。
「クリスティナ様、眠りの魔法を失敗されたそうよ」
「あんなに自信満々だったのに?」
「言うほどじゃなかったんだよ」
ひそひそと悪意のある囁き声が部屋の隅から聞こえてくる。
聖夜祭の直前までは、「クリスティナ様は期待の星です!」なんて言っていた人たちだ。嘲笑が私の背に突き刺さる。サンタクロースの何人かもこちらを指差して笑っているのが見えて、私は屈辱で俯けた顔を上げることができなかった。
頭の中を「失敗」の二文字がぐるぐると回り、気を抜くと涙が零れ落ちそうだった。
「騒がしいぞ! 意見があるならば、当主である私に言え!」
ダンッと机を拳で叩き、勢いよく立ち上がったのはお兄さまだった。美しく整った顔に怒りを漲らせ、周囲を睨みつける姿には若いながらも迫力があり、広間はいったん静まり返る。
けれど、臆せず発言する者もいた。従兄でサンタクロースのイヴだった。
「じゃあはっきり言わせてもらうぜ。クリスティナは親に贔屓されただけのポンコツだってなぁ!」
「イヴ! 貴様については、プレゼントの破損が報告されているぞ。己のことを棚に上げ、我が妹を誹る資格があるのか?」
「あん? シスコンが何言ってんだよ」
イヴは赤茶色の癖毛を指でいじりながら、私に視線を移した。
年齢が近いからか、彼は昔から、事あるごとに私たち兄妹に突っかかってくる親類だ。今までは聖魔法の実力でぐぅの音がでないほどに完封してきたのだけれど、今回ばかりはそうはいかなかった。
イヴは一族の総意を代弁していると言わんばかりに私を責めた。
「クリスティナのサンタバレの方が終わってんだろ」
「容姿の認識阻害魔法を使ったから、顔は見られていないはずです……」
「クリスティナはその手の魔法もよくできる。だから問題は――」
「――大いにある」
私を庇うお兄さまの声を遮ったのは、遅れて現れたお父さまだった。
杖をコツンコツンと突きながら円卓に近づく足音に、私はぶるりと震え上がった。おそるおそる顔を上げる。白に変わりつつある金髪の前髪の隙間から覗く氷のような瞳と目が合い、息が止まるかと思った。
「クリスティナはクロウス伯爵家の誇りに泥を塗った。完璧な歴史を途絶えさせたことは、重く受け止めてもらわねば困る」
「父上。プレゼントは対象の手に渡ったのですから、そこまで厳しくおっしゃらなくとも……!」
「甘言しか吐けぬのならば、後継の座から降ろすぞ、キャロル」
「お、お兄さまを責めないでくださいませ……っ」
お兄さまはいつも私を味方し、矢面に立とうとする。それは妹として嬉しいことだけれど、耐えがたいことでもあった。
お父さまは、「だが」と低い声を出しながら、私の席の背後で足を止めた。
「お前には、わたしの全ての技と知識を注いだ。失望して当然だろう? そう思わないかい?」
「……はい、お父さま。申し訳ございません……」
お父さまのため息がつらかった。「失望」の二文字が頭を掻き回す。
体を縮こめるように頭を下げ、その場で消えてしまいたくなった。
(私はお父さまにこんな顔をさせたかったんじゃないのに。育てた価値のある自慢の娘だと、誇ってほしかったのに……。あの騎士のせいよ。あいつさえいなければ……)
皆の前でなければ、そう言いながら泣き出したかった。
お父さまは、私のそんな心を見通すかのようにして、「大丈夫だ」と口元を緩めた。氷のようだった碧眼が、穏やかな角度で私を見つめていた。
「わたしが付いている。お前ならきっと障害を取り除き、クロウス伯爵家の名誉を再び輝かせることができるはずだ」
「お父さま……!」
お父さまの優しい言葉が耳の奥で鳴り、途端にやる気が込み上げた。
お父さまは、分かってくださっている。
お父さまは、私を見捨てていない。
私はまだ期待してもらえている。
頑張ればお父さまに認めてもらえる――そう胸に刻み、私は「次こそ完璧にやり遂げます!」と一族の前で宣言したのだった。
***
と、堂々言い放ったものの。
(お城に行ったら、例の騎士がいるのかしら? 彼を今度こそ眠らせたら、お父さまも私を見直してくださるかしら――)
具体的な名誉挽回方法を、馬車の中で作戦を百通りほど思案していた。
お父さまが「やはりクリスティナは聖魔法の達人だ! サンタクロースの中のサンタクロースだ!」とにっこりと褒めてくれる姿を思い浮かべると、自然と口の端も持ち上がる。
その時だった。
(天敵、はっけーーーーんッ!!!!)
見間違うわけがない。馬車の窓から、あの憎い眠らぬ騎士の姿が見えた。




