第2話:運命の騎士
運命の出会いの少し前。
私は屋根の上をぴょーんっと移動し、ホリーはシュッシュッと密偵のように後を追って来る。
舞い降りたのは、ひと際立派なレンガ造りのお屋敷だ。
「対象はリーバー公爵の娘エマ、5歳。希望の玩具は『ゆるうさのぬいぐるみ』です。どうぞ、こちらを」
「聖魔鏡の情報、分かりやすくまとめてくれたのね。さすがだわ」
ホリーは「仕事ですから」と生真面目に板状の光る魔法具に指を滑らせて情報を確認すると、次に大量の鍵束の中から公爵家の窓の鍵を選び取り、差し出した。
どちらもクロウス伯爵家が国王の命で開発している魔法具だ。他にも容量無限のプレゼント収納袋や、鋼の鎧ほどの防御力を誇る仕事着など、様々なアイテムがある。
伯爵家には実働部隊であるサンタクロースやトナカイの他に、大勢の優れた魔法研究者が在籍している。聖夜は一族総出の大仕事なのだ。
私はホリーから鍵をありがたく受け取ると、窓を開けて部屋の中に入った。
小さな女の子が可愛い犬や猫のぬいぐるみたちに囲まれて、ベッドですやすやと寝息を立てていた。
「画像認証完了。エマ嬢に相違ありません」
聖魔鏡を確認するホリーの頷きを見届け、私はエマちゃんの枕元にリボンのかかったプレゼントの箱をそっと置いた。
「エマちゃん。素敵な聖夜を」
記念すべき1人目の子。
この日のために頑張ってきたのだと思うと、無意識に唇が弧を描く。
「お嬢様。残業をする予定はないので、手早くまいりましょう」
「分かってるわ! 手早く完璧にプレゼントを配るわ!」
ホリーは就業規則にやたらと細かい。
私は彼女に促され、感動もそこそこに子どもたちにプレゼントを配っていった。
赤ちゃんに鈴の入ったボールを。少年に絵本を。少女にプリンセスのようなティアラを……。
夢の詰まったプレゼントを配っていると、テーブルにサンタクロース宛ての手紙とクッキーを見つけた。
「見て、ホリー! 『サンタさんへ』ですって!」
「仕事中の飲食は禁止ですよ」
「知ってるわよ。でも子どもたちの夢を守るのも、サンタクロースの仕事だわ」
いたずらっぽい上目遣いとともに、ホリーの手のひらにクッキーを1枚、「はい」と乗せた。
「共犯ね♪」
「はぁ……。この規則違反は墓場まで持っていきますね」
「重……っ!」
ホリーに墓までの秘密を共有させてしまった罪悪感をクッキーの甘さで相殺し、いよいよ最後の子どもの「家」に向かう。
「家じゃないか……。お城ね!」
今宵、最後のターゲットはルベル・ノエルド。国王ケインズのひとり息子だ。
私は王家主催のパーティでチラリとその御姿を見たことしかなかったが、12歳にして国王と国民の期待を一身に背負う聡明な王子と聞いていた。
「……って言っても、欲しいものは模型なのね。政治の本や伝記を望まれるかと思った」
「そんな特殊な子どもはお嬢様くらいですよ」
「えっ? 私って特殊?」
シン……と静かな王城の長廊下を2人で歩いていると、ホリーから思わぬ発言が飛び出した。
聞き捨てならないわよと詰め寄るけれど、「王子は『伝説の闇騎士シリーズ第7弾 奈落のランドルフ』をご所望です。なかなかマニアックですね」と、わざとらしく話題を変えられてしまう。
「もう! ホリーったら――」
「何者だ⁉」
ムッとした私の声をかき消した存在に、私はぞくりと震え上がった。自分たちが歩いて来た方向に男がいる。聖魔法で王都全体を眠らせたはずなのに。
(うそ……起きてる⁉)
「な、なんで……」
「すぐに容姿認識阻害の魔法を……!」
予想外の事態に頭が真っ白になりかけた私を庇うように、ホリーが男と向き合った。
相手はたくましい長身の持ち主で、漆黒の外套と同じ色の髪と、燃えるような紅色の瞳が印象的な青年だった。銀の長剣を軽々と片手で構え、全身から殺気を漲らせているところを見ると、名のある騎士なのかもしれないと思えた。
「――侵入者は斬る!」
大柄な体からは想像もできないほどの速度で、男の刃がホリーの喉元に迫った。
私は息をヒュッと吞みながら、必死に認識阻害の聖魔法を己とホリーに振りかける。
サンタクロースは、決して正体を知られてはいけない。でも、それ以前に――。
「こんなところで死ぬわけにはいかない!」
ホリーはトナカイの中でも随一の武闘派で、体術と暗器の扱いに優れている。並みの騎士では、到底彼女の足元にも及ばない。
ところが目の前の男は、そんなホリーの暗器を一撃で弾き飛ばしてしまった。ホリーは予備の暗器を構えようとしているが、衝撃で手がぶるぶると震えている。
(私はサンタクロースだけど、ホリーの主人でもあるんだから!)
「聖魔法〈聖なる結晶〉!」
ピキピキと音を立て、男とホリーの間に氷の壁が出現する。「なッ⁉」と男が一瞬仰け反った隙を突き、私はホリーに最低限の指示を飛ばす。
「後ほど合流!」
「御意!」
シュッと天井に姿を消したホリーの残像を見届けると、私はルベル殿下のプレゼントを胸に抱いた状態で、男と向かい合った。
「あなたはお城の騎士?」
「だったらなんだ? 貴様は何者だ、姿がぼやけて見えないぞ!」
認識阻害魔法の効果は良好のようだが、そのせいか余計に男は怒りを漲らせている。眉と目が吊り上がり、眼力で人を殺してしまいそうだ。
(うぅぅ……怖い……。けど――!)
「あなたの相手はサンタクロース界のスーパールーキーこと、この私よ! 覚悟しなさい!」
眠らぬ騎士に負けるわけにはいかない。私は太腿を拳で叩いて震えを止めると、高らかに叫んだ。




