第1話:ご令嬢はサンタクロース
コミックとは少々異なる展開や表現があります。
漫画・小説の両方を比較しながら読むのも楽しいかなと思います!!
お付き合いいただけますと幸いです。
サンタクロース――。
それはノエルド王国に伝わる生きた伝説。
皆が寝静まった聖夜の夜、子どもたちにプレゼントを贈るという不思議な存在。赤い服を着た老人、精悍な若者、あるいは乙女という説があるが、その正体は――。
***
今宵、国民たちは聖夜祭を祝うため、仕事を忘れ、食べて騒いで早く眠る。「でないとサンタクロースは来てくれない」と、子どもの頃から言われてきたから。
「ま、夜更かしさんは、私が眠らせるんだけど」
雪の積もった貴族の屋敷の屋根の上で仁王立ちをしているのは、私こと、クロウス伯爵家の一人娘、クリスティナ。
新雪のように柔らかな長髪を冬の風になびかせ、特別な濃い赤色の装束で胸を張る。今夜は私のデビュタントだった。
といっても、立つのは貴族令嬢としての華やかな舞台ではない。
舞台は、皆が寝静まった夜の王都。憧れの仕事に初めて携われることに、私は胸を躍らせていた。
「私は王国史上最高のサンタクロースになる!」
「イキっておられますが、決起集会を抜け出てよろしかったのですか?」
私の堂々たる宣言に水を差したのは、メイドのホリーだった。
チョコレート色のショートボブに鋭い琥珀色の瞳をした女性で、夜の闇に溶け込んで活動するための専用の黒装束に身を包んでいる。
ホリーはやれやれといった視線を私に注いでいた。
「きっと今頃、キャロル様が大騒ぎしておられますよ。それはもう、泣いたり叫んだり」
「お兄さまは心配性が過ぎるのよ。集会に出たからって、仕事が上手くいくの? 持ち場の最終確認をした方が生産的だわ」
私はムキになって、ぷくっと頬を膨らませた。
ホリーとは幼い頃からの付き合いで、彼女の飾らない物言いが(時には腹立たしくもなるけれど)私は好きだった。
だから、自身のトナカイ――サンタクロースの補佐役にホリーを指名したことは、ごく自然なことだったし、間違いではなかったと思っている。
「魔力の調子も対象の予習もばっちり! トナカイの首尾も万全かしら?」
「抜かりなく」
「なら、何もかも完璧できるわ! 最高のサンタクロースデビューになる!」
サンタクロースの正体――。
それは、国王から密命を受けたクロウス伯爵家の一族だ。
遠い昔、「子どもたちを笑顔にする日を作りたい」という、国王の願いを叶えるため、忠実な影であった当時のクロウス伯爵が提案した事業。それが、「聖なる夜に子どたちにプレゼントを贈る」ことだった。
クロウス一族は秘伝の魔法を用い、正体を隠して子どもたちにプレゼントを配り続けた。
いつしかその不思議な存在はサンタクロースと呼ばれ始め、王国で一番愛される生きた伝承となった。
私は養女だが、その秘伝の魔法の素養があった。いや、素養があったら養女にしてもらえたと言うべきか。
ともかく、素質を見込まれた私は、先代伯爵であるお父さま――フロスト・クロウスに厳しく育てられ、数々の試験を突破し、16歳の今、ようやくその資格を得たわけだ。
「ようやくお父様にご恩返しができる。期待以上の働きをしないと……!」
「相変わらず、先代のことが大好きでいらっしゃいますね」
「当然よ。お父様ほど紳士的だし、歴代最強のサンタクロースだし、お顔も渋くてかっこいいし、魔法だって――」
「はぁ……。私はお嬢様がお嫁にいけない、に金貨1枚を懸けます」
早口でお父さまの魅力を語り出す私を見て、ホリーは白いため息を吐き出した。
もっと聞いてほしいのに……と唇を尖らせつつも、夜の時間は刻々と過ぎていく。そろそろ始めなければと、私はおしゃべりをやめて、ホリーに目配せをした。
(今、私がこうしていられるのはすべてお父さまのおかげ。お父さまのように、私も誰かを笑顔にできる存在になりたい――)
胸の前で、祈る仕草をする。夜空に輝く星の数ほどの聖なるものたちに語りかけ、願う。
(おやすみなさい。いい夢を)
「聖魔法――! 〈眠りの白雪〉!」
王都の夜空に巨大な白銀色の魔法陣が出現し、はらはらと清らかな雪が降り始める。
聖魔法は、クロウス伯爵家に伝わる秘密の魔法。その中でも〈眠りの白雪〉は、町を雪で包み込み、人々を幸せな夢に誘うというサンタクロースにはなくてはならない魔法だ。
子ども、大人、犬や猫……、みんなが眠りに落ちていく。
ちなみに王国中にはたくさんのホリーのようなトナカイたちが潜んでいて、事故や事件が起きないように暗躍してくれている。サンタクロース以上におとぎ話みたいな存在だなと、私は常々思っているけれど、ホリーいわく「物理でなんとかしているだけ」らしい。
「予習通り! 完璧だわ!」
「お見事です」
時が止まったかのように静まり返る王都は、まるで一枚の絵画だ。クロウス家の屋敷でしか練習をしたことがなかった私は、その光景に胸が満たされそうになったが、まだまだ本番はこれから。
意気揚々と、「さぁ、プレゼント配りに出発よ!」と屋根の上を軽やかに跳んだ。令嬢らしからぬ運動能力も、お父さまの教育の賜物である。
「お嬢様! 警戒を怠らないでくださいませ!」
手元の魔法具を睨んでいたホリーの話を詳しく聞いておけばよかったと後悔したのは、この後のことだった。
「――侵入者は斬る!」
漆黒の外套に身を包む男の眼孔に射られ、私の足は小鹿のようにすくんだ。




