第四話 踏み込んだ者 ③
店長に詰め寄ったのは、その翌日だった。
タイムカードのこと、給与システムのこと、図書館のページが切り取られていたこと。
全部話した。
店長は最初、面倒くさそうに聞いていた。
しかし話が進むにつれて、目が変わった。
怒っているのではなかった。
怯えていた。
「……店長、何か知ってるんですか」
店長はコーヒーカップを置いた。
窓の外を見た。神社とは反対側の方角を。
「この店はな」
低い声だった。
「ちゃんと食わせてもらってるんだよ。だから、ちゃんと返さないといけない」
「何を返すんですか?」
「……」
「誰に食わせてもらってるんですか?」
店長は答えなかった。
椅子から立ち上がり、店長室に戻ろうとした。
ドアノブに手をかけたまま、振り返らずに言った。
「深く考えるな。お前には関係ない」
ドアが閉まった。
私はその場に立ったまま、店長室の棚に目がいった。
従業員の集合写真が並んでいた。
開店当時から現在まで、毎年撮られているらしい集合写真だった。
何気なく、副店長らしき人物を探した。
自分が何人目になるか、数え始めた。
途中で、やめた。
◇
「また曽根崎さんです」
田口チーフが疲れた顔でサービスカウンターから内線をよこしてきたのは、その日で三日連続だった。
曽根崎さんは六十代の女性で、この店の古くからの常連客だ。
以前から何かにつけてクレームを言いに来る人物として、従業員の間では有名だった。
しかし最近は頻度が上がっていた。
毎日来る。毎日同じことを言う。
カウンターに向かうと、曽根崎さんが腕を組んで立っていた。
「副店長さん、私はね、このお店のために言ってるのよ」
「はい、いつもありがとうございます」
「惣菜の味が落ちてるの。あの美味しいやつ、最近味が変わってない?」
曽根崎さんが指しているのは、惣菜コーナーで一番売れている商品だった。
POSシステムには「おすすめの惣菜」とだけ登録されている。
正式な商品名は担当者も知らない。
見た目は赤黒い煮凝りのようなもので、ゼラチン状の塊の中に肉のようなものが入っている。
ごぼうだけが、ごぼうと確認できた。
それ以外の具材が何なのか、私には判断できなかった。
地元に伝わる料理を再現したものだと惣菜チーフから聞いたことがある。
この地方に来て初めて見た料理だった。
この料理を、仏前や神前に供える風習があるらしい。
一度だけ、口にしたことがある。
舌にまとわりつくような味だった。
ザクロのような、甘みと酸味が混ざった味の奥に、独特の臭みがあった。完食できなかった。
しかしこの店では一番売れていた。
「惣菜担当に確認してみます」
「毎日そう言うじゃないの。いつになったら改善されるの。店長を呼んでちょうだい」
「店長は今、対応できない状況でして」
事務所では店長がコーヒーを飲んでいた。
曽根崎さんの名前を出すと「また曽根崎のババァか、お前が対応しとけ」と言って新聞に目を戻した。
その日も、曽根崎さんの対応に三十分かかった。
惣菜担当のチーフに確認すると、いつもと同じ答えが返ってきた。
「いつも通りに作ってます」
「レシピは変わってない?」
「変わってません」
「材料は?」
「同じです」
それ以上は答えなかった。
いつも通りの答えだった。毎回同じやり取りをしていた。
私はパックを手に取り、ラベルを確認した。
製造時間の欄に、AM02:15と記載されていた
その時間に惣菜部門は誰もいないはず。
しかも、原材料は僕の読めない文字だった。
この不可解な商品の材料が何なのか、私はまだ知らなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
続きが気になった方は、ぜひ次の話もお楽しみにしてください。
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