第四話 踏み込んだ者 ④
曽根崎さんが来なくなったのは、それから一週間後だった。
「あの人最近来ないね」
レジパートの市川さんが、どこか晴れ晴れした顔で言った。
「ほんとに。毎日来てたのに」
「どうしたんですかね」
「さあ。まあ、ゆっくりできるからいいじゃないですか」
従業員の誰も、深追いしなかった。
曽根崎さんが来なくなって三日後、水産パートの野崎さんがバックヤードから戻ってきて、私に声をかけた。
「副店長、精肉の冷凍庫なんですけど」
「どうしました?」
「ポリバケツ、増えてませんでしたっけ。前は三つだったと思うんですけど、今日見たら四つあって」
私はしばらく、野崎さんの顔を見ていた。
「気のせいじゃないですか」
「そうですかね」
野崎さんは首を傾けて、持ち場に戻っていった。
私はその日の午後、精肉のバックヤードに入った。
冷凍庫の扉を開けた。
奥の棚に、ポリバケツが並んでいた。
四つあった。
全部に錠がかかっていた。
私は扉を閉めた。
惣菜コーナーに戻ると、「おすすめの惣菜」が今日も売れていた。
夕方の補充分が、閉店までにほぼ完売していた。
◇
残業中、黒崎さんと二人になる夜があった。
事務所でそれぞれ書類を片付けていると、黒崎さんがコーヒーを二つ持ってきた。
「お疲れさん」
「ありがとうございます」
しばらく、二人で黙って飲んだ。
「彼、また来てたね」
黒崎さんが、切り出した。
彼とは、あの常連の若い男のことらしかった。
「毎日、来てますよ。もう皆慣れてます」
私は答えた。
「彼な、昔この店にいた人の息子なんだ」
その話は初耳だった。
「いつの間にか来なくなったんだ」
「真面目な人のだったのにな……」
黒崎さんはそうつぶやくと、神社の方に目をやる。
「黒崎さん」
「うん」
「この店の土地って、昔何かあったんですか」
黒崎さんはカップを持ったまま、少し間を置いた。
「……古い土地だよ、ここは」
「古いって、どういう意味ですか」
「色々あった土地だ。それだけだ」
コーヒーカップを置いて、売り場の方を見た。
「だからここで働く人間は、真面目に、丁寧にやらないといけない。それだけは覚えておきなさい」
「真面目に丁寧に、というのは仕事のことですか」
「仕事のことだよ」
黒崎さんはそれだけ言って、書類に目を戻した。
仕事のことだよ、と言った。
しかしその言い方が、仕事のことだけを指しているように聞こえなかった。
私はコーヒーを飲み干した。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
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