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第四話 踏み込んだ者 ⑤

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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 古い書類をさらに漁っていると、一枚の写真が出てきた。

 店長室に置いてあったものと同じ開店当時の集合写真だった。

 店の前に従業員が並んでいる。端の方に、見覚えのある顔があった。


 現在の精肉社員に似ていた。

 似ているというより、同じ顔に見えた。

 しかし写真は色褪せていて、自信は持てなかった。

 私はしばらくその写真を見ていた。

 それから書類の束に戻した。

 深追いする気になれなかった。

 これ以上調べて、また分からないことが増えるのが怖かった。

 ◇

 毎月十二日は、あの神社で神事をするのが、この店の習慣となってる。

 本部から、社長と常務、店長と地域の区長、そして神職の五名が来る。

 私も何度か姿を見たことがあった。

 なぜ、毎月神事を執り行うのか、誰も知るものはいなかった。


 十二日が近くなると、店長の様子が変わった。

 普段はいい加減な店長が、口数を減らした。

 十二日の午後から誰とも目を合わせなくなった。

 夕方、私に声をかけてきた。


「今夜はご苦労さん。早く帰りなさい」

 いつもは黒崎さんしか言わない言葉だった。

 しかしその夜の店長の目には、黒崎さんの穏やかさがなかった。

 ただ、怯えだけがあった。

 閉店後、店長と黒崎さん以外の従業員は全員帰った。私も帰るよう言われた。

 駐車場を出る前に、バックミラーで店を確認した。

 店の裏手、神社の方角から、かすかに明かりが見えた。

 提灯のような、揺れる明かりだった。

 私はそのまま車を出した。

 ◇

 翌朝、十三日。

 毎月恒例の「ニコニコセール」の日だった。

 このスーパーに来て最初にこのセールを経験したとき、私は本部の担当者に電話をかけた。

 折込チラシもない。特売品の設定もない。目玉商品もない。イベントも何もない。

 それなのに、朝の開店前から駐車場が満車になっていた。


「ニコニコセールはそういうものですから」

 本部の担当者は、それだけ言った。

 この日も、開店前から駐車場が埋まっていた。

 開店と同時に店内には、客が溢れかえる。


 ニコニコセールに合わせて大量に仕入れた商品がどんどん売れていく。

 返品もクレームもゼロ。廃棄もほぼ出ない。レジには常に行列ができ、それでも客は誰一人苛立った様子を見せない。みな、どこか穏やかな顔で買い物をしている。


 不思議なのは客層だった。普段は来ない顔が多い。

 遠方から来たような服装の人間もいる。しかし誰も特別なものを買っているわけではない。

 野菜、肉、魚、惣菜。ごく普通の食料品だけを、静かに買い物かごに入れていく。

 青果も水産も、精肉も日配も必死になって売り場に商品を並べ、チェッカーは休憩をする間もなく、必死にレジを流していく。


 特売の目玉商品も、イベントも何もないのにその日だけは、火が付いたように従業員が動き続けた。皆、退勤時間にはクタクタになっている。

 

 閉店後、売り上げを集計すると通常の四倍を超えていた。

 この日、一番売れた商品は、あの「おすすめの惣菜」だった。


 本部から社長と常務が立ち寄る。

 二人とも顔色が良かった。清々しい、とさえ言える表情をしていた。

 私が出迎えると、社長が言った。


「今月もご苦労さん。いい店だね、ここは」

 それだけ言って、奥の店長室に入っていった。

 しばらくして出てきた二人は、また車に乗って帰った。

 店長が窓の外を見ながら、小さく言った。

「ほらな。今月も助かった」

 コーヒーカップを持ったまま、窓の外を見た。

 神社の方角だった。

 しかし店長はすぐに視線を戻し、何も言わなかった。

 私はその横顔を見ながら、昨日が十二日だったことを思い出した。

 ◇

 その夜、妻からLINEが来た。

「今日、少し遠くまで歩いてみた」

「知らない道ばっかりで、なんか新鮮だった」

「風が全然なくて、変な感じ」


 風が全然なくて。

 私はその文字を見つめた。

 この店の周りには、いつも風がない。

 それは毎朝感じていた。しかし妻がそれを口にしたのは、今日が初めてだった。

 どこを歩いたのか、聞かなかった。


「気をつけて」とだけ送った。

 既読がついた。返信はなかった。


 翌朝から、妻の様子が変わった。

 LINEの返信が遅くなった。文章が短くなった。

 帰宅すると電気が消えたまま部屋にいることが増えた。

 話しかけると答えるが、どこか遠くから答えているような感じがした。


 三日後に来たLINEには、こう書いてあった。

「今日もまた歩いてきた」

「あの神社、またみた」

「なんかすきかも」

「しずかで」

「ひとりでいる方が、なんか楽かも」

「ねえ、あなたの仕事っていつおわるの」


 私は既読をつけたまま、返信できなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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