冬は間近⑤
「アンナさんではありません」
きっとダグマの瞳にはアンナが映っている。アデリーではない。
「アンナか。アンナを守れなかったことは一生背負わなければならない。だが、俺は生きている。確かに最初はアンナとアデリーが重なって見えていたことは否定しないが、生活してればお前がアンナではないと明言できる」
そこでニヤリと笑みを浮かべると、アデリーの顎から手を引いた。
「アンナは勝ち気な女だったし、底抜けに明るかった。もう既に正反対だ」
「私は! 別に暗くはありません! たまに、家族のことでメソメソしたりもしますけど……」
反射的に反発したが、だんだんと語気が弱まっていく。なんせ、ここに来てから手に職を持たない事で悩んではうじうじしていたのだ。自分が思っているより塞ぎ込んで見えていたかもしれない。
「仕事も出来て、居酒屋を一人で切り盛りするような女だった」
「確かに……私は何もできませんけど」
ここでまた落ち込むと暗く見えそうだが、事実なのでどうしたって顔が俯いた。
ダグマはアデリーの肩に手を乗せて「お前は何もできないが誰もが手を貸してやりたくなる素質があるだろ。それはアデリーの長所だ」と優しく諭した。
「私も皆さんと肩を並べられるような人間になりたいのです!」
守ってもらったり庇ってもらったり、そんな人生では駄目だ。
しかしダグマはまだ微笑んだままだった。
「俺はお前を守りたいが、それもダメか? アデリーの特性を活かし、この場所を立派な街にしていきたいと思っているんだが、嫌か?」
「街に、ですか?」
「皆の居場所だ。帰る場所を思い浮かべた時に、ここの景色が真っ先に出てくるような場所。アデリーはここを治める長になるんだ」
その提案にアデリーは天地がひっくり返るくらい驚いていた。
「な、な、なぜ、私なのですか。ダグマさんなら適任ですし、私では不適合です」
ダグマは首を振り「アデリーこそが適任だ。俺は傍らでお前を守る立場にありたい。そういう生き方しか出来ない性分でな。忠誠を誓うことにはなれているし」と、苦笑した。
とにかく目が回りそうだった。なぜ、アデリーを担ぎ、ダグマがそのサポートをするなどと言うのか理解不能なのだ。
「強き者に惹かれることはよくあるが、弱き者を助けたいという本能も人間にはあるものだ。アデリーの場合、ただ弱いだけではない。健気でいつでも一生懸命だ。誰もが手を差し伸べたくなる人格に俺が惚れたんだよ」
この期に及んで、アデリーは頬を赤らめることを止められなかった。もちろん、これは恋愛感情うんぬんの話ではないとわかっているのに、ダグマからそんな言葉が出てくるとは思って居らず、反射的に頭がのぼせ上がってしまった。
顔を赤らめたことにダグマも気が付き、面白いものを見たような笑みを漏らしていた。
「そういう意味じゃないんだが──」
「わかってます! あの、ちょっと体が勝手に勘違いしただけですから」
ダグマはそんなアデリーの頭のてっぺんに唇を置くものだから、アデリーの顔はますます熱くなった。
「まぁ、そっちの意味でも愛しいと思うよ。アデリーの気持ちが変わらないうちにベッドに運んでいくのもありか……」
「あのあの……あの! そんな、あれです」
からかわれているのか、本気なのかもわからず、とにかくしどろもどろになるアデリーにダグマはそっと抱き寄せて背中をさすった。
「俺じゃ歳が上過ぎるしな」
「そんなことないです! いや、そんなことないのですが……、私はダグマさんと釣り合わないと、あ、でも歳は関係なくて、立場的にってことですけど──」
「じゃあ、ここの長になった暁には俺がアデリーをもらい受けよう。覚悟が決まったら言えよ?」
抱き締められているので、モゾモゾと胸元から顔を上げる。思ったよりダグマの顔が近くて、慌ててもう一度ダグマの胸に顔を埋めてから答えた。
「これはなんの遊びなんでしょうか。私、どうしたらいいの──」
ダグマが笑ってアデリーごと揺れた。
「アハハ。本気だぞ。全て本気だ。まぁ、驚かせたかもわからんが、俺は本気だし冷静そのもの」
言ってからアデリーを離して、笑みを浮かべたままアデリーの顔を覗き込んだ。
「装飾品は確認したな。今夜はもう帰るといい。なんでも手順ってやつがある。一気に進めても良くない。さぁ、おやすみアデリー」
余裕綽々のダグマはおかしそうに目尻に皺を寄せてアデリーの肩を掴み、クルンと回れ右をさせた。何がなんだかわからないアデリーは「おやすみなさい……ダグマさん」と返すのが精一杯で、ギクシャクと手足を動かしていく。
「手と足が揃ってるぞ、アデリー」
ダグマに指定されてもなんだか普通の歩き方がわからなくて、そのままぎこちなく部屋を出ていった。




