冬は間近④
アデリーがダグマの部屋を訪れると、ダグマは一人で部屋にいた。手に木と紐を持っていて、何かの作業中だったのが推測された。
「ニコラスは宿の方にいる。トニと酒を飲むらしい」
戸を開けながら教えてくれた。アデリーは軽く頭を下げて部屋へと入った。
「ダグマさんも参加したいですよね。すぐに確認しますね」
「いや、冬になったらいくらでも機会があるから今夜はいい」
今夜は特に寒い夜だった。冬はもう目と鼻の先で、いつ雪が降り出してもおかしくないと農夫のゴーダが話していた。農夫というのは天候に敏感で、神のごとく天気を予想し的中させるものだった。
「農夫のゴーダさんがそろそろ雪が降ると話していました」
「そうだろうな。まぁ、今年は賑やかだし、雪に閉じ込められても退屈することもないだろう」
二人は部屋の奥へと進み、ダグマは長持の鍵を開けた。長持はカルロが作り、鍵はベニートが作って、住人全員に一つずつ配られた。まだ銅製の鍵なので脆いのだが、ないよりマシだという具合だ。
「次は鉄製だよな。春になったらまたアデリー頼りになるが、鉱石を手に入れて作ってもらおう」
「もちろん、私のもので役に立つなら喜んで」
何も出来ないアデリーだからこそ、自分のもので皆の役に立つのならこの上ない幸せだった。それを感じ取ったのか、ダグマは麻袋を取り出しながら言った。
「これだけの物を屋敷の者が届けてくれたんだろ? きっとその者も危険を潜り抜けて届けたんだと思う。お前のために」
確かに領主館は襲われ、大混乱だっただろう。感謝はしていたが、下働きのミーナが決死の思いで運んでくれたことをあまり考えなかった。見つかったら最悪殺されていたかもしれない。
「早くミーナに会って──下働きの者です──お礼を言わなければなりませんね」
ダグマはベッドに麻袋の中身を広げた。
「いずれ、そんな日が来るさ。言いたいのはお前は慕われていたということだよ」
ベッドに置かれた装飾品を一つずつ確認しながら「春に一度戻りたいのですが──」と口にしたらダグマの手が止まった。それにつられて、アデリーも口を閉ざす。
「それは、許可できん。危険すぎる」
「見つからないように影から確認するだけでもなりませんか?」
ダグマは「早すぎるな。焦るな。いつかきっと行ける日が来る」と言ったが、なんとも歯切れが悪かった。そのことでアデリーは不安を覚えて顔を上げた。
「そんなに時間をかけねばなりませんか?」
「そりゃあな。皆がお前を逃がすのに尽力してくれたんだろ? もし、ここで戻って捕まったらどうだ? 皆の思いが無駄になる」
そうなのだろうが、アデリーはそろそろ家族の安否をしっかり確認したかった。もちろん領地の状況や民の生活も、だ。
「王様に事の次第を訴えたら駄目でしょうか。基本的には領地のことは領主に任せられておりますけど、領主間のことならば王様に仲裁してもらえるのではないかと思っているのですけど」
ダグマは黙って聞いている。しかし賛同しているようではない。
「ダグマさんは騎士様だったのですよね? ならば王様とも面識があるのではないですか? おこがましいお願いではありますが、ダグマさんからこの事を──」
「元、騎士だ。もう接点はない。悪いな」
あっさりダグマに断られて、アデリーはその後の言葉を続けられなかった。もしかすると渋られるかもしれないが、それでも動いてくれるかもしれないと考えていた。こんなに即座に断られるのは想定外で、ショックだった。
「そうですか……。私はどうしたらいいのでしょう。父について近隣の領地に行ったことがあります。親しくしていた領主様に訴えに行くことは可能でしょうか」
ダグマはじっとどこか一点を見つめてから、アデリーへと視線を動かした。
「なるほどな。それは考えよう。何にせよ、冬を越えなければ話にならんな。冬は動かないのがいいだろう」
これもまた、希望を残しつつ断られたことを感じた。
「なぜ、駄目なのでしょう……」
力なくうなだれると、ダグマはアデリーの顎を指で持ち上げて自分を見させた。
「正直に打ち明けると、危険だからだ。そして俺はお前を守りたいと思っている」




