病①
ベッラに勧められるまま、アデリーは部屋へと戻りぼんやりと服を脱いで早々にベッドへと入った。まだ時間も早いのに、なんだかやたらと怠け者になった気分だった。
ベッラは心配してくれたが、横になっても眠れなくてこれはこれでかなりの苦行だった。起き出してこっそり縫い物をしようかと迷ったが、それなら元気になったと言って仕事に戻るべきなのではないかとか、とにかく暇なことをいいことにぐちゃぐちゃと悩んでいた。
「入るわよ!」
宣言して、扉を開けたロセが来た時、アデリーは少しだけ嬉しかった。一人でうじうじ悩みながらちっとも進まない時間に苦しめられるより、ロセの皮肉を聞いている方が良いように思ったのだ。
「ロセ。どうしたの?」
半身を起こし、それからしっかりベッドに座ったアデリーの横にロセはドカッと腰を下ろした。
「体調不良なんでしょ? ベッラに言われて来たの。で、どんな具合?」
つっけんどんだが、体調を聞いてくれるロセに驚いていた。これまでの態度から考えたら違う人のようだ。
「え、ええ。なんとなく気持ちがモヤッとするの」
「気持ち? 熱とか頭痛は?」
「ないわ」
「吐き気や腹痛はどうなのよ」
「ごめんなさい、それもないの」
短い沈黙の後、ロセは「病人ではないじゃない」と、呆れたように言った。
「まぁ、胸のあたりがムカムカして気持ちが悪いなら肺がやられてる可能性はあるけど……」
ロセは真剣に症状と病気を照らし出そうと首を捻っている。これまでの態度からしたら別人のようだ。
「ちなみに、どんな時になるの? なにか食べた時とか、朝起きた後とか」
アデリーはモゾモゾとしながら素直に「腕輪を見た時になるわ」と答えた。意外な返答にロセの目が点になって口から「はい?」と漏れていた。
「あの、だからね、ベッラさんの腕輪を見たり、その事を考えると憂鬱になるというか……胸のあたりがモヤモヤとするのよ」
「なんで腕輪……。あの、最近手に入れた感じの金の腕輪のこと?」
「ええ……。あれは元々私の物だったの。それをダグマさんが買い取ってくれて、それから今はベッラさんの腕にはまっているわ」
眉間に皺を寄せて「自分の手放した腕輪に未練があるからムカムカするってわけ?」と、額を揉んでいた。
「未練なんてないわ。ただ、ダグマさんが『女にあげる』って話していたから、その……ベッラさんにあげたんだなって」
そう状況を説明するとやはり胸の辺りがチクチク痛みだした。思わず胸を抑えるとロセはそんなアデリーの手を見つめる。
「端的に言うと、あなたダグマが好きなのね」
その一言にこれまでないほど、顔から火を吹いたように熱くなった。淡々とした口調でロセから言われると、なんだか逃げ場がないほど恥ずかしかった。
「ほら、その反応。図星なんでしょ? ほんと人騒がせなんだから」
呆れたような口調はいつものことだ。ただその先に続く言葉は意外なものだった。
「まぁ、わかるけど。歳はかなり上だけどなぜかわからないけれど魅力的だしね」
アデリーも薄々自分の気持ちに気がついてはいた。ダグマとの作業が他の誰とするよりも楽しかったり、遠目に見えたときに得した気分になったり。
「あの、ロセ?」
いつの間にか頬杖をついていたロセが、首だけ動かしてアデリーをみる。
「なによ」
「ロセもダグマさんが好きなの?」
「何いってんのよ。私は初めから手に入らないものなんて欲しいと思わないの! アデリーみたいに素直ないい子ちゃんでも、お嬢様でもないしね。あんたそこにきて見た目も良いんだもん、腹立つわ」
これは褒められているのだろうか。ロセの口から初めて肯定的なことを言われて瞬きを繰り返す。夢を見ているのか不安になっていた。
「なによ」
アデリーの反応が不満だったらしい。低い声で非難めいた言い方をした。
「今日のロセはなんだかいつもと違うから」
フンとため息一つ吐き出して「やるべきことをしようって言われたから」と、答えた。
「誰に? リルかしら」
幼馴染のリルに言われるのが一番自然だと思ったのに、ロセはその答えに嫌そうな顔をしてみせた。
「なんでリルなのよ。ベニートさんよ、ベニートさん」
「ベニートさん? 鍛冶師の?」
ロセはベニートが来た当初ははっきり嫌っていた。見下していたと言う。確かに最近ベニートのところへ顔を出していると聞いてはいたが、まさかベニートの言葉に耳を傾けるほどとは驚きだ。




