浴場⑤
浴場にいるニコラスの元に薪を運び入れた後、アデリーは厨房へと入っていった。そこでエプロン姿のベッラがナイフを使い次々にリンゴを剥いていた。
「あら、私のカワイイ右腕さんが来たわ」
ベッラはアデリーを喜んで迎えてくれる。アデリーの方はまだ腕輪の存在を気にして、自分の頭を叩いてしまいたかった。
「手伝います」
アデリーもエプロンをしているので、そのままベッラの隣に並び、ナイフとリンゴを手渡された。
「皮を剥いてヘタを取ってね。手を切らないようにゆっくりでいいから」
「虫食いのところは──」
「そこは私が取り除くわ。ここにおいておいて」
ベッラは自分の横に二つ鍋を置いて作業をしていた。片方は空なので、そこに虫食いのあるリンゴを入れておくように言った。
「今夜はリンゴと玉ねぎ、そこに塩漬けの肉を入れて炒めたものにするわね。甘じょっぱくて美味しいのよ」
ベッラは話しながらでも手を動かす速度がまるで落ちない。しかし、アデリーは話そうとするとどうしても手元が疎かになってしまう。
「美味しそうです」
アデリーの返事に、普段は手を止めないベッラが動きを止めた。
「ねぇ、アデリー。何か悩みでもあるの? 元気がないように思うのだけど」
いいえと答えたかったが、どうにも腕輪が気になってベッラに対しておかしな態度を取っているのは事実だった。元気がないように思われてもおかしくない。
「あの……ベッラさんはニコラスさんと、その、恋人同士なのかと思っていたのですけど──」
最後まで話し切らないうちに、ベッラが声を上げてわらいだした。とても愉快そうにケラケラと笑うのだ。
「全然よ! ニコラスって女にモテるから、私は絶対に嫌なの。ヤキモキするのもゴメンだわ。私は私だけを心底愛してくれる相手じゃないとイヤ」
そこでアデリーの横顔を見つめて「まさか、ニコラスに恋煩い?」と、困ったように聞いてきた。
「違います、違います。同じことをニコラスさんに聞いたら、ベッラさんにも聞いてみてと言われたんです」
「否定していたでしょ? 私とニコラスって仲が良いのよ。友人としてね。それで、頻繁に私の部屋に来ていたら、ニコラスに恋してる女に私は刺されそうになったの」
思わずアデリーがベッラの方を向くと「あ、未遂よ。かわしたわ。私、身のこなしは軽い方なの」と、微笑んだ。
「だから絶対にお断りなの。ニコラスとくっついたら私の体がいくつあっても足らないもの」
無事ならそれは良かったと思った矢先だった。
「そうね、私はここの人なら断然ダグマが好きだわ。ああいう男らしい人に惹かれるの。だから、ニコラスじゃダメ」
アデリーは自分の中にある心がヒュンと小さくなったように感じた。
「ダグマって素敵だと思わない?」
ベッラはそうアデリーに問いかける。アデリーは酷くゆっくり顔を上げて「ステキです」と答えた。
「あらやだ、顔色が良くないわ。ねぇアデリー、熱でもあるんじゃない? なんだか元気がなかったもの。今日はゆっくり寝たらどうかしら。夕飯は部屋まで持っていってあげるし、とにかく休みなさい」
そんな事はないはずなのだが、あまりに休めとベッラに言われるものだから、アデリーは渋々立ち上がり手を洗うと部屋に戻ることにした。
「明日のパンは私に任せなさい! さぁ、酷くなる前に休んだ、休んだ」
ベッラの威勢の良い声に背を押され、アデリーはトボトボと自室へと向かっていった。




