病②
「なんにせよ、病気じゃないから私の出番ではないわね」
ロセは立ち上がってスカートの皺を伸ばした。
「ニコラスにでもしたら? ダグマより望みがあると思うけど。ニコラスについて歩くってのも悪くないじゃない。ま、あなたは必死に色々やろうとしてるけど、はっきり言って農夫とか似合わないのよね。良いところのお嬢様が無理してやってますって感じが嫌味だもの」
ロセはやはりロセのままだが、それでも話してくれるのは嬉しかった。なんせ同年代の女同士だ。アデリーは今でも仲良くなりたいと願っていた。
「そうかなぁ……。嫌いじゃないのよ、農作業。洗濯よりずっと好きだわ」
「洗濯ね。全人類、皆嫌いな作業よ。アデリーだけじゃないわ。洗濯婦なんて死んでもごめんだわ」
そこでアデリーはピンと来た。馴染みのなかった職業だから思いつきもしなかった。
「洗濯婦! それよ。それなら私にも出来るじゃない」
やっとやれる仕事が見つかったと思った矢先、ロセは真っ向から否定してきた。
「無理よ。少なくともここじゃ無理」
素っ気ないことこの上ない。
「どうして無理なの?」
「この集落はそこまで軌道に乗ってないからよ。例えば、私は薬師だけど今は収入ゼロよ。洗濯婦を雇う人っていうのは、自分の仕事がやたらと忙しくて自分じゃできないって思って頼むでしょ? もちろん頼んだからには対価を払うし、支払えるくらい忙しいから依頼するの。そんな人、ここには誰も居ないじゃない。違う?」
それはそうだ。でも今は互いに対価を貰わずに助け合っているのだからやる意味はあるような気がする。
「洗濯嫌いなんでしょ? やめておきなさい。それより読み書き出来ることを活かしたらいいわ」
あのロセがアドバイスしてくれていることに、アデリーは密かに感激していた。話しかけても挨拶してもまるで返してくれなかった相手なのに。
「そうね。そう出来ると嬉しいわ。何か仕事があればいいんだけど……」
ロセは腰に手を当てて「だから、ニコラスなのよ。行商人だし、記録があったらとっても助かるはず。ね、ニコラスとくっつけばいいんだわ」と、自らの案に納得してうなずいた。
「確かにお手伝いはできるかもしれないけど……くっつけばって結婚するってことでしょう? それは相手の気持ちもあるし、私だって、あのその気持ちが──」
ため息をついて「だからアデリーは甘いっていうか、お嬢様だって言ってるの」と、呆れてめまいを起こす真似までしていた。
「あのね、恋だなんだより、生きるほうが大事でしょ! 男と一緒になるのだっていかに生活が安定するかが大事なのよ。もちろん、だからと言って老いぼれの金持ちのところに嫁ぐのは私も嫌だけど、ニコラスならなんの問題もないじゃない。女関係には多少苦労するかもしれないけど、他がおおむね揃っているんだからそこは目を瞑ってくっついちゃいなさいよ」
ニコラスは確かに魅力的だ。でもやはり、一生手を取り合って生きていく相手だとは思えない。
考え込んでいると、再びロセのため息が聞こえた。
「ま、それでもダグマがいいんでしょうけどね。ベッラが相手なら、たぶん勝ち目はないでしょうけど頑張って」
この頑張っては心の籠もっていない言葉だった。アデリーだってベッラが相手なら、どんなことでも勝ち目がないと思っている。ベッラの料理は毎回驚くほど美味しいし、気持ちもいい人だし、欠点が見当たらない。
「さて、私は行くわ」
ロセの言葉に、現実世界に引き戻されて顔をあげる。
「ありがとう。来てくれて嬉しかったわ。それと、あの、私がダグマさんを気になっていることは誰にも言わないで欲しいの」
ロセはアデリーを一瞥すると「そう? じゃあ、今日は一応風邪気味ってことでベッドに入ってなさい。ベッラに聞かれたらそう言うから。わかった?」と、ベッドに向けて顎をしゃくる。嘘などついて横になりたくないが、アデリーは従うことにしてうなずいた。
「色々ありがと」
アデリーの謝意に両肩を上げてみせてから、ロセは部屋から出ていった。
よくわからないモヤモヤが恋心だと知って、恥ずかしさもあったが、なんとなく腑に落ちて気が楽になった側面もあった。なにより、ロセが話してくれたことが嬉し過ぎて、部屋に来るまでの憂うつな気持ちは吹き飛んでしまったアデリーだった。




