表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/99

浴場③

 結局、火を付けて時々水温の確認をする以外、アデリーはボンヤリと考え事をしてすごしていた。


 カマドの近くは距離を保てばかなり快適な心地よさだ。隣にやってきたトーマスもアデリーにくっついてうたた寝を決め込んでいる。


(私、なんて心が狭いのかしら)


 ひっかき棒を手にしたまま焦点の合わない景色を見つめて自己嫌悪に浸っていた。ベッラの腕輪が気になって仕方がない。頭の中はそればかりだった。しかも、ベッラを好きなのに腕輪をしてるベッラは無意識に嫌っている感じがして、自分の心の狭さに涙が出そうだった。


(ベッラは魅力的だもの。私が見たって魅力的なのよ。だから……)


 ダグマが好意を寄せるのだって当然のことと思おうとしても、どうしてもウダウダと考えてしまう。


(でもベッラはニコラスに会いにやってきたのよね。ニコラスが戻ってきたということは春になったら二人はここを出ていくの?)


 まるでそんな事を望んでいるみたいな疑問にまた自ら沼に入り込んだように落ち込むアデリーだった。みんなが好きなのに、どうしてマイナスのことしか考えられないのか、自分自身でも理解できなかった。


「やぁ、アデリー。やっと挨拶に来れたと思ったら、俺のために湯を沸かしてくれてるのか?」


 振り返るとニコラスが戸口から入ってくるところだった。アデリーはつい先ほどまでのまるでベッラと共にニコラスが出ていって欲しいような妄想に恥ずかしさを感じながら立ち上がった。


「お帰りなさい。旅は順調でしたか?」

「そうだね。欲しい物は直ぐに手に入ったし、ここで必要なものも色々手に入れてきたよ。まぁしかし、ベニート爺さんの依頼で鉱石を仕入れにまた出ていかなきゃならないけど」


 それは皆が待ち望んでいた吉報だった。ベニートが鍛冶師として働くようになれば、鉄製品や銅や青銅の製品が手に入るのだ。それらは石や木で出来たものより格段に性能がいい。


「最近、ベニートさんが炉を使ってみたりあちこち修理しているとは聞いていたのですよ。とうとうお仕事をするようになるなんて、凄いわ」


 ニコラスもアデリーの横に来て、薪を掴むと一つカマドの中に放り投げた。


「俺の荷馬車の車輪にも新しい鉄を履かせられるし、どんどん仕事をしてもらいたいもんだ。時にアデリー、君からの依頼品も手に入れたんだよ」

「防寒具! ありがとうございます」


 まだ寒さはそこまで厳しくはないが、必ず必要になるものだった。


「いいんだ、これが俺の仕事だし。それとこれを──」


 そう言うとニコラスは腰紐に挟んであった布を取り、アデリーに渡した。なんだかわからなかったが受けとったアデリーだったが、それは亜麻で作られた布地に刺繍が施されていた。つけ襟だ。


「君の故郷の物だ。たまたま手に入ったからね。お土産だ」


 黙ってつけ襟を見下ろしていたアデリーだったが、色々な感情が込み上げてきて耐えきれなくなった。さっきまで酷いことを考えていた相手からこのような素敵な物を貰うなんて、本当に申し訳なく思ったのだ。


「ニコラスさん……ごめんなさい」


 ポロポロと涙が溢れて地面へと落ちていく。それを見たニコラスが「え? 泣くところか?」と慌てて、自分のシャツ袖口でアデリーの涙を拭ってくれた。


「それにごめんなさいじゃなくて、ありがとうございますだろ」


 アデリーは頷いた。そうだ、酷いことを考えていたなどと告げて相手を不快にする必要はない。


「ありがとうございます。本当に嬉しくて……」


 ニコラスはアデリーの故郷の品をわざわざ持ってきてくれた。感謝しかない。


「あの、聞いてもいいでしょうか」

「もちろん。泣き止むなら幾らでも聞いてくれ」


 アデリーは手の甲で涙を拭ってから、改めてニコラスを見上げた。


「ベッラさんはニコラスさんの恋人なのですか?」


 意味もわからず変な妄想をするから、酷いことを考えるのだ。思い切って聞いてみた。その質問はニコラスにはまるで意に介さない物だったらしい。ただ淡々と「違うよ」と答えた。


「わざわざニコラスさんを頼ってベッラさんはここに来たのに、ですか?」

「ベッラが娼婦だったのは聞いてるだろ? 俺はベッラを解放してやる代わりに、ベッラから沢山の……情報を貰ってたんだ。約束通りお互いに欲しいものを手に入れたってわけだ。で、ベッラは行く宛がないって言うもんだから、ここなら良いんじゃないかと話しておいた。ベッラはそれを頼りに来たんだよ。これで疑問は解消されたかい?」


 恋人同士ではないにしろ、何かしらそういう感情は二人の間に存在しているのだと思っていた。あまりにただの事情説明だったので驚いた。


「じゃあ、あの、ベッラさんのことは好きではないのですね」


 これにニコラスは魅力的な笑みを浮かべて「アデリーのほうが好きだよ。もちろん女性として」と、いつものように茶化してきた。その後、肩を竦めて続けた。


「同志みたいな関係だから、ベッラは親しい友人だよ。情報ってのは時に大きな力を持つし、それだけ危険なこともあるのさ。だから信頼関係は大事なんだ。ベッラとはそういう間柄」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ