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浴場②

 種を蒔く手伝いを終え、川で手を洗ってから厨房へと向った。途中、石工部屋の前を通りがかると石工のリルが石を削る作業を止め、アデリーに声を掛けた。


「アデリー。どこへ向かっているんだい?」

「厨房よ。何かご用だった?」


 ピョンと跳ねるように立ち上がると、服に付いた石の粉を払いながらリルは近づいてきた。


「ニコラスが戻ってきたのは知ってたか?」

「ええ、手を振ってくれたから返しただけで言葉は交わせてないけれど」


 服の間に入り込んだ粉を指で摘み取りながら「ニコラスが帰ってきたら浴場に湯を張りたいと思っていたんだ。そこで、君にやって欲しいことがある」と、歩き出した。ずっとパラパラと砂が落ちていて、まるで道標のようだ。


「浴場に小さなカマドがあるんだよ。水を温めて湯にする仕組みだ。それをアデリーに管理してもらいたい」

「私が火の番をするってことかしら?」

「そうそう。火の番だけで暇ならシーツを縫うとか、他のこともしたらいいよ。カゴを編めたっけ?」


 先日、ダグマに簡単なカゴの編み方を教わったばかりだった。リンゴなどをいれるしっかりしたものではなく、例えば粉を樽から掬いだしたり、バジルやオレガノを一時的に入れておいたりする用途のものだ。


「ええ、簡単なものを習ったわ」

「そういうのを作ったらいいよ」


 確かに火の番なら、屋内にいても明るさが保たれるので座って行う細かな作業にもってこいだった。


「この前、一応水を入れて漏れてないのは確認したけど、万が一水漏れがあったら教えて。塞ぎに行くから」

「わかったわ」


 一緒に浴場に着くとリルは水を引き入れる紐を引っ張った。すると待っていたかのように水が浴槽へと流れ落ちていく。


「いい具合になったら水の流れを止めて。あと、ここがカマド」


 一段下がったところにカマドがある。とはいえ、アデリーには不安があった。


「この浴槽のサイズでしょ? このサイズでお湯を沸かせるのかしら」

「ああ、問題ないよ。それにずっと沸騰してたら入れたもんじゃないしな。ここは両隣が大きなカマドだろ? 一旦部屋が温かくなると冷めにくいんだよ。高すぎない温度の湯でじっくり体の中までポカポカにするといいらしい」


 リルが言う通り、厨房と鍛冶用の炉に挟まれた部屋なのだ。それから、冬場に体を急いで拭いて清めるよりも、大きなタライに湯を張って芯から温まるとよく眠れるのも知っていた。ただ、これは自分一人では出来ない行水でかなり贅沢なことであった。


「そうね。とにかく沸かしてみるわ」

「時々手を入れて温度を確かめるのを忘れずに。後から温度をみようとして火傷でもしたら大変だ」

「わかってるわ」


 じゃあ、よろしくと言ってリルは出ていった。

 アデリーは一旦水を引き入れるのを止め、隣の厨房へと向った。そこではベッラが夕飯の支度をしていた。もちろん金の腕輪をはめたまま。


「あ、アデリー。お手伝いに来てくれたの?」


 ベッラがご機嫌なのはいつものことだ。決して腕輪を貰ったからではないだろう。


「リルに浴槽に水を貯めて沸かすように言われたのでお手伝いは出来ないんです」


 ベッラは手伝いを断られたより、浴場を使えるようになることへの喜びで手を叩いてはしゃいでいた。


「とうとう使えるのね! あれを見てからいつ使えるのかずっと心待ちにしていたのよ。冬って手足が冷えて眠れないじゃない? でもあれがあればそんな心配必要ないのよ」


 手を擦り併せるジェスチャーをするベッラ。悪気はないのはわかっていても、どうにも腕輪を見せびらかしているみたいで顔を背けたくなった。


「楽しみですよね。私もずっと待っていたのであっちの準備をしてきます」


 アデリーは厨房の片隅に積んである小枝の山を抱えて、急ぎ足で出ていこうとした。


「火種を持っていってあげましょうか?」


 ベッラがアデリーのせに向けて言うがアデリーは前を見たまま「まだ薪も運んでいないので、自分で取りに行きます」と宣言し頼まなかった。


「アデリーったら、元気ないわね。体調崩しているのかしら」


 ベッラが心配そうに呟いたことは知らないまま、おかしな想像を振り払うためにがむしゃらに動き回っていた。


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