娼婦ベッラ⑤
かなりの侮辱だったはずなのに、ベッラは笑ってロセの言葉を受け流してみせた。
「あら、それは私に魅力があるって言いたいのね、ありがと。でも、私は娼婦という仕事に戻るつもりはないの。嫌な客も多かったしね。だから、心配は無用よ。ここで男をとったり、誘ったりなんてしないわ」
それでもやり返したいとみえて、ロセは大きく口を開いたところだったが、戸口から入ってきたベニートの声に口を閉じた。
「新しい人か」
ここ最近は自分で厨房に来るようにもなっていた鍛冶師ベニート。酒を一切断たれ、下がっていた体力も取り戻しつつあった。何より皆で協力して服を洗い、身だしなみに手を貸すようになったお陰で見違えるほど見栄えが良くなった。
「あら、はじめまして。ベッラよ。あなたは?」
「ベニートだ」
カリーナがここぞとばかりにベニートの宣伝をする。
「ベニートは鍛冶師なんだよ。今はちょっくらお休み中だけどね。ベニート、そろそろ再開できそうだろ?」
「まぁ、そうだな」
ベニートが返事をした時、ロセは黙って厨房から出て行ってしまった。ベニートがそれに気が付き振り返ったが、その時には既に姿が見えなくなっていた。
「あの子は悪い子じゃない」
ベニートがボソボソと言うのを、アデリーとカリーナが驚きをもって聞いていた。アデリーだってロセが根っこまで悪い人だと思っているわけではないが、残念ながら庇い立てするほどでもなかった。
「そうかい? 日に日に扱いにくくなってる気がするんだけどねぇ」
カリーナはその点、やたらと素直だった。でもベニートはまたモゴモゴとロセを擁護する。
「きっと何かの事情があるんだ。俺には優しいしな」
そう言いながら薪を取り上げると「鍛冶用の炉に火を入れてみたくてな。これを貰っていく」やや難儀そうに薪を運びながら出ていってしまった。
「へー。あのロセがね。そういえば、ロセはお爺さんと暮らしていたって話だったわね。ベニートを自分のお爺さんに重ねてるんだろうよ」
ベッラはおりたがる黒猫のトーマスをカリーナに返し、カリーナがトーマスを床へと下ろしてやっていた。下ろされた途端ヨチヨチ歩いて表に出ていってしまった。
「尖りたい時期もあるわよね。ま、私は私だし何を言われてもへっちゃらよ。カリーナ、余っているエプロンはある? 良かったら売ってくれないかしら。さすがに商売柄エプロンは持っていないの」
「汚れが落ちない古いのがあるよ。そろそろ割いて雑巾にするつもりだったから、まぁ状態はわかるだろ?」
「ええ。背に腹は代えられないわ。お幾ら?」
「いいよ、あげるわよ。ちょっと待ってな、部屋に行ってくるから」
ステップを踏むように歩き去ったカリーナを見送った後「良い人ね」とベッラが言う。アデリーもカリーナが大好きなので、我が事のように嬉しかった。
「はい。私は何も出来ないのでいつもカリーナさんに教えてもらってます。嫌な顔一つしないで根気よく教えてくれるのですよ」
そこで閃いたように手を打つベッラがこう提案した。
「パンは覚えたのでしょう? そしたらパイを覚えてみない? 私は甘いものが大好きだからパンよりパイの方が得意なの。生活に彩りを与えてくれる美味しいものがあると、満足度が上がるのよね」
ベッラが言いたいことはよく分かる。お腹いっぱい食べられればそれだけで幸せではあるが、そこに甘いパイがあれば尚嬉しいものだ。
「それにパイは売れるのよ」
ベッラの言葉に思わず顔を上げると、ベッラは楽しそうに頷いた。
「どこのうちの人もパイは好きだけどお菓子を作る余裕なんてないじゃない? 普段は普通の食事で手一杯だもの。なら時々、ちょっと贅沢して買うのもいいじゃない。だからパンより売れるのよ。パンは自分で焼く人が多いしね」
アデリーの生家はやはりとても裕福だったのだ。お抱えの料理人がいて、食事も作るが菓子類も作ってくれていた。今はそうではないので、ベッラの言いたいことがとても理解できた。
「じゃあ、私はパイを覚えて外部に売ればいいのですね」
「そうそう。ここの住人が増えたなら、住人相手に商売できるわよ」
もちろんなんの確証もない話がだ、光り輝くプレゼントのようで、アデリーは想像するだけで心が踊った。
「ぜひ、教えてください! 料理のお手伝いもしますから!」
エプロン片手に戻ってきたカリーナが「なんだい、盛り上がってるね。それよりダグマが木の上でなにやらサインを送ってたよ。貯蔵庫からカゴを取ってきてダグマの元に行っといて」と、アデリーに言った。
「ああ、そうですね! ここのリンゴの仕分けをお願いします。傷んでいそうなのからジャムにしてください。じゃあ、行ってきます」
駆け出していったアデリーを見つめ、ベッラが微笑んだ。
「どこぞのお嬢様なのね」
「そうらしいよ。でも、ここに馴染むために一所懸命だ」
ベッラはカリーナからエプロンを受け取ると、直ぐに身に着けた。
「応援したくなるものがあるわね」
ベッラの言葉にカリーナが「まったくだ」と同意すると、二人は笑顔のままリンゴの選別へと移っていった。




