娼婦ベッラ④
二人で厨房に入っていくとカリーナが仔猫をあやしているところだった。それを見てベッラが歓声をあげた。
「まぁ! 仔猫。なんて可愛いの」
「仔猫じゃないよ、トーマスだ。ところでアンタはどちらさんだい?」
カリーナはいつの間にかトーマスと名付けられた黒の仔猫を抱き上げると、ベッラの頬に鼻を寄せさせた。ベッラはますます喜んで「トーマスのキスは冷たくって気持ちいいわ」と、笑顔でトーマスに話しかけた。
「あ、ごめんなさい。私はベッラよ。今日からここでお世話になります。厨房で料理を担当することになったの」
これに今度はカリーナが目を輝かせる番だった。
「本当かい? そりゃ、嬉しいねぇ。アタシは料理をするより陶器を作ってるほうが好きだからさ。やっと料理から解放される」
「陶器? それはスゴイ。私は……隠してもムダだから言ってしまうと元娼婦なのよ。やりたくてやっていたわけじゃないけど」
「売られたくちかい?」
「黒死病で両親が亡くなって、妹と弟を養わなきゃならなかったの」
サラリと話すベッラにアデリーは勝手に涙を浮かべてしまった。両親を亡くしてさぞ辛かっただろうに、その後も苦労を背負わなければならなかったなんて、聞いているだけでも辛かった。
「あら、アデリーが涙ぐんでるよ。ほら、カゴを置いてトーマスを抱いてごらん。きっと心が落ち着くから」
二人でカゴを置くとアデリーは可愛い仔猫のトーマスを抱きしめた。すると、ベッラはそんなアデリーごと抱きしめる。
「かわいらしい女の子。嫌な話を聞かせたわね」
「違います、嫌ではありません。ただ、大変な思いをされていたんだなって……」
ベッラがアデリーから離れるとかわりにカリーナもアデリーを抱きしめた。
「泣き虫さん。泣かずに言わなきゃならないことがあるだろ? パンの仕事は私がやるとベッラに言わなきゃ」
カリーナは言い終えると、アデリーから離れてウインクした。
「あら、パンはアデリーが作ってくれるの?」
ベッラが嬉しそうにアデリーに問うので、作りたいと言ってもいいのだと判断し、頷いた。
「ご迷惑でなかったらやらせてください。私は何も出来ないので、こちらに来てからカリーナさんにパン作りを習ったんです」
ベッラはアデリーに猫を貸して欲しいと手で合図した。アデリーはトーマスをベッラに渡す。
「私としては大歓迎よ。何人居るかわからないけど、料理を作るのが少しでも楽になれば他のことにも時間がさけるでしょう?」
そこでカリーナが「今は六人だね。でも保存食作りもあるから、人数分より手間がかかるよ」と、ベッラに教えた。ダグマが狩りをしたり、魚を獲ってくると必ず保存作業が生まれるのだ。前はダグマが一人でやっていたらしいが、食べる人が増えた分、狩りの回数を増やしているのでどうしても同じだけ加工作業も増えていた。
「カリーナ、頼まれていたバジルを──」
言いながら入ってきたロセが初めて見るベッラに気が付き足を止めた。
「また新しい人なの?」
カリーナは数歩歩いてロセからバジルの束を受け取った。
「今日から料理を担当するベッラよ」
そう紹介されると、アデリーに視線を投げて「あなたまた何にもしない人になるのね。パンも美味しくなかったし、もっと他に出来るようにならないと──」と、まで言ったところでベッラに言葉を遮られた。
「パンはこれまで通りアデリーの担当よ。私、パン作りは苦手なの。私はベッラ。あなたは名前は?」
「ロセよ。パン作りが苦手なのに料理を担当するの? そんなバカな話ってある? ここでの楽しみは料理しかないのに」
そこでロセは改めてベッラの服装を眺めて、顔を歪ませた。
「まるで娼婦みたいだわ」
ベッラはその蔑みに怯まず、わざとニコッと笑顔で答えた。
「そう、元娼婦なのよ。服はそのうち手に入れるからそれまでは目でも瞑ってて」
ロセはあまりに言いすぎだと思い、アデリーはおずおずと口を挟んだ。
「ねぇ、事情があるでしょう? それに娼婦だって立派な職業だわ」
「じゃあ、あなた娼婦になったらいいじゃない。なんの取り柄もないんだから」
カリーナは手を振って呆れたように目を回した。
「ロセ、あんたどうかしてるわ。ちょっとは口を慎みな!」
「私はまともよ。みんなが口に出来ないことを言ったまでよ。どおりで農夫兄弟がソワソワしていた訳だわ。娼婦が居たんじゃ男が浮つくじゃない」




