バシレオン決着
力の限り引き絞り、ひときわ大きなバシレオンの額に狙いをつけるムサシ……
“ピシピシッ”と異様な音を立てる海獣の弦。
すべての光源が父獅子を照らす。
その巨体は赤黒く染まり、体毛からは血が滴り落ち低い唸りを上げる口角からのぞく牙には肉片が付着していた。
その血が……肉片が、このバシレオンが王都の中央で何をしてきたのか……誰の目にも明らかであった。
地を這うように低い姿勢のまま、一直線にムサシへと迫る父獅子。
その威圧にも、眉一つ動かさずに自らの左手の先にいる異形の魔獣に風魔法の込められた矢を放つ!
右手中指の爪が肉を裂いて弾け飛び、凄まじい反動とともに海獣の弦が矢を押し出した。
“ビィンッ!!”
凍りつくような甲高い音が夜気を震わせた。
しかし、それは矢が風を切る音ではない。
限界を超えて引き絞られた海獣の弦が、耐えきれずに爆裂した断末魔の響き。
行き場を失った破壊的熱量が、一瞬にして弓全体を駆け抜けた。
“パキィィン!!”
悲鳴のような破砕音とともに、弓が文字通りバラバラに弾け飛ぶ。
爆散した鋭利な破片が、容赦なくムサシの顔面を襲った。
「ぐ、あ……っ!」
強烈な衝撃が視界を真紅に染める。爆散した破片の一片が、深く、冷酷に、ムサシの左目を貫いていた。
激痛と、一瞬にして光を失った恐怖。
弦が切れたその刹那、押し出されるはずだった矢の軌道は無情にも狂っていた。
唸りを上げて放たれた風の矢は、バシレオンの盛り上がった肩の肉を浅く掠める。
肉が弾け、血が飛び散るが……その程度の一撃で、狂える魔獣が止まるはずもなかった。
「グゥゥアアアアッーーー!!」
肩から血を噴き出しながらも、父獅子は速度を緩めるどころか、この機を逃すまいと速度を増して突進してくる。
左目を押さえ、鮮血を滴らせながらよろめくムサシ。
赤く染まった視界の中を、肉片を滴らせた大顎が迫る……そこには圧倒的な死の質量が存在していた。
ムサシの胴丸の紐を強く引く伊織。
大きく開かれ剥き出しの牙がムサシの眼前まで迫る。
大谷吉継が力を振り絞り、車椅子から立ち上がる……すると背中から照らされた吉継の影が大きく伸び、父獅子へと
覆いかぶさる。
“カタカタカタカタカタッカタカタカタカタカタッカタカタカタカタカタッカタカタカタカタカタッ”
不意に乾いた材木を叩き鳴らしたような轟音がバシレオンの耳を突き裂く!
堪らず顔を歪め、吉継の方向を見る。
そこには白い頭巾を被った男の背後に、巨大な陽炎が揺らめき立ち……一本足のボロボロの着物をまとった影が、
無数の鳴子を連ねた縄を激しく両手で揺さぶっていた。
魔獣にとって耐え難い不快な音に一瞬身じろぐ父獅子。
その隙に伊織がムサシの背を引き、抱きかかえながら距離をとる。
「伊織……いったい何があったんだ!?」
左目を押さえている指の間から血が滲み出しているムサシ。
「大谷の御殿様の付喪神が覚醒したようね……久延彦神《クエビコ神》一歩も動けないのに世の中のすべてを知る
知恵の神よ」
「……俺たちは助かったのか?」
「覚醒して害獣を寄せ付けないと言っても、案山子の付喪神に戦う力はないわ……相手が悪すぎる」
その不快な音の源を絶とうと大谷吉継へと向き直る父獅子。
戸田重政らが吉継の前に立ち横一列となり種子島を斉射するが、怯む様子も見せずにジリジリと距離を詰めると
引き絞られた弓の矢のように一直線に疾走する。
最前線に立った大伴兼興がバシレオンの鋭い爪で腹を裂かれ、大前時治が身体を“くの字”にして吹き飛んでいく。
小林忠良は打刀を必死に突き立てるが頭から呑み込まれ……大谷吉継の前に立つ戸田重政と湯浅五助が両手を広げ
父獅子を睨みつける。
その時、広場の方向から“ぼっ!ぼっ!ぼっ!ぼっ!!”という人の歩幅の爆発による火花が散り、バシレオンの
頭上に向かって煙の尾が引かれ……打刀を振り上げた平塚為広が父獅子の頭頂部に目掛けて両手で振り下ろす。
“ぼんっっ!!”爆発音とともに父獅子の頭から煙が上がり、血飛沫が上がる。
大谷吉継の前に転がるように着地した平塚為広が柄だけになった打刀を投げ捨て、吉継を見てにやりと笑う。
「遅くなったが間に合ったようだ……関ヶ原ぶりだな……」
「平塚君、君なら来てくれると信じていたよ……それよりその腕は大丈夫か?炭のように黒ずんでいるが?」
「ああ……黒色火薬の付喪神に憑かれたらしい、これのおかげでここまで生き残れたんだがな……種子島を貸してくれ」
吉継の持っている種子島を奪い取ると「黒色火薬の付喪神にこれほど相性の良い物はないだろう?」そう言うと、
平塚為広を警戒しながら見ている父獅子に向けて引き金を引く!
“だああああああぁぁぁぁぁんんんっ!!!!!”
耳を劈く爆音が南門の壁に反射して王都中に響き渡る。
それと同時にバシレオンの右肩に着弾した弾丸は右脚を吹き飛ばし、父獅子の巨体が揺らぐ。
種子島を撃った反動で背後にいた戸田重政に受け止められた平塚為広の右腕は肩から千切れ飛び、その断面までが
黒く焼け焦げており一滴の血も流れ落ちてはこない。
「平塚殿!大丈夫か!?」
「ーーこれは戸田殿……大丈夫だまだ左手がある、その種子島を貸してくれ」
両膝をついたまま戸田重政の肩に重心を乗せ狙いをつけると、片脚を失っても地に身体を預けずに唸りを上げる
父獅子の額に向けて引き金を引く平塚為広。
父獅子の額へ喰い込んだ黒色火薬の付喪神に憑かれた弾丸は、バシレオンの首から上を爆散させる。
南門の全体が深い溜め息と悲しみと濃厚な血の匂いに包まれる。
わずかな時間でたくさんの命が失われ、王都の中央に聳え立つ王城からは火の手が上がっている……
両腕を失った平塚為広と横に並んだ大谷吉継が変わり果てた王都を見ながら……
「僕たちがこの世界で生き残れると思うかい?」
「無理だろう?もっと強い魔獣がいくらでもいるらしい……逃げ回るしかないな……」




