王都滅亡
マリアガ王国の城壁跡から、全方位に広がる草原……魔獣たちが押し寄せてから3度目の陽が昇ろうとしていた。
何体もの避難民やガーダーたちの死骸が放置され、それ以上の魔獣の死骸が折り重なっている。
草原はその青さを残してはいるが、所々に大きく土が抉られ、そこへ流れ込んだ黒ずんだ血が、乾きかけた泥
と混ざり合ってどす黒い澱みを作っていた。
3日間のあいだ、雨は一滴も降っていない。
容赦なく照りつける太陽は、死体の山から水分を奪い、草原一帯に鼻を突く強烈な死臭を充満させていた。
風が吹くたび、ねっとりとした腐臭が鼻腔を焼き、生き残った者がいれば鼻を覆わずにはいれないだろう。
そしてそれらを嗅ぎつけた影が、夜明け前の薄暗い空にいくつも舞っていた。
羽音を響かせて舞い降りる腐食の怪鳥たちが、まだ生々しい傷口に容赦なく嘴を突き立て、引きちぎる。
人間も魔獣も、息絶えてしまえば彼らにとってただの肉に過ぎない。
折り重なる魔獣の巨体の隙間から、ひしゃげた鉄の胸当てをつけたガーダーの腕が、天を仰ぐように突き出ていた。
指先は何かを掴もうとした形のまま硬直している……。
そのすぐ傍らには、守るべきだったのだろう、小さな布切れを握りしめた避難民の骸が転がっていた。
生気のない草の青さと、大地を汚す無数の赤黒い染み。
東の地平線が、じわじわと血のような茜色に染まり始めると3度目の朝が来る。
遠く、城壁のさらに奥……王城の跡地辺りから地を震わせるような低い咆哮が鳴り響いた。
そんな草原の倒れた荷車の横に不自然な盛り上がりをみせる半透明な膜。
その中心の膜を破り腕が伸びると、黒髪の頭部が周囲を警戒しながら現れる……
「……どうやら大丈夫なようだ」
黒髪の男·庄吉が足下にいる誰かに話しかける。
おそるおそる庄吉の横から頭を出した黄色い髪の女が左手で目を塞ぎ、薄く開けた指の隙間から大森林の方を
見てから左へと首を巡らせ荷車を見るが、避難民の死骸が見当たらないことに胸を撫で下ろす。
どのような仕組みになっているのか、半透明な膜と地面の縁に腕を掛けて地表へと出ると、女から熊の獣人の
ポン吉を受け取り、女に手を伸ばして引っ張り上げる。
数日前……魔獣·ドレイクの爪で背中に重傷を負い、目の前の地面に現れた【縄のれん】を潜ってから意識を失い
つい先ほど目覚めると背中の傷はすっかりと癒え、不思議なことに腹までが満たされ気力までが漲っていた。
半透明な膜の内部から外を覗い、安全を確かめこうして地表へと出てきたわけだが……
庄吉と女が並んで王都の方角を見る。
とてつもない高さと威厳を放っていた城壁は大半が崩れ落ち、その隙間から見える王都の建物たちもまるで
大火のあとのように骨格だけを残して無惨な姿を晒していた。
「ここを離れよう……」
女の手を引っ張る庄吉。王都の中央から、言葉にできない“不吉な何か”が、まっすぐ自分たちを凝視している
ような──肌が総毛立つほどの悪寒を覚えたのだ。
[あなたはいったい何者なの?]
ブランデン語で紡がれた女の言葉は、当然、庄吉には伝わらない。
しかし、あの地獄のような3日間を庄吉の付喪神【縄のれん】の中で共に過ごし、ポン吉を我が子のように
慈しむ彼の姿を見てきた彼女の心に、もはや警戒心は微塵も残っていなかった。
庄吉は腕の中のポン吉を抱き直し、女の目をまっすぐ見つめる。
「どこに行けば安全なのかは分からない。けど……ポン吉と君のことは、俺が必ず守るよ」
もちろん、女にも庄吉の異国の言葉は理解できない。
けれど、その力強い眼差しと温かい手のひらの体温だけで十分だった。女はただ、黙って深く頷いた。
滅びたマリアガ王国の王都を背に、言葉の通じない二人と一匹の、新たな逃避行が始まる──。
王都編 完
黄泉渡り伊織 第1部完結とさせて頂きます。
2週間後 第2部再開いたします。 ここまで読んでくださった方ありがとうございました。
結城謙三




