バシレオン3
グレーのローブをはためかせ、ワグナーが雌のバシレオンへとにじり寄る。
もう一体の傷口を舐めていた顔を上げ、恨めしそうにワグナーを睨みつけると短い唸り声を上げる。
[ワグナー様!その一体はおそらく母獅子です!!気をつけてください]
パティがワグナーの背にそう声を掛ける。
“分かっている”というように片手を上げて答えるワグナー。
[あの……母獅子って、どうしてわかるのですか?]
疑問に思った伊織がパティに振り返る。
[魔獣の年齢はだいたい鼻を見れば分かるわ、年を取ると黒ずんでくるから、それにバシレオンはおもに雌が狩り
をするの、だからもっとも弱い耳の傷つき具合でもわかるわね]
パティがこの世界では常識よっと得意気に伊織に説明する。
[なるほど……たしかに耳が半分千切れかけていますね……勉強になります]
母獅子と言われたバシレオンを見て感心したように頷く伊織。
それに気を良くしたのか氷漬けにされた雄のバシレオンを指さし
[あれはきっと雄の子供獅子ね、最初に現れたバシレオンよりたてがみが少し小さいでしょう?]
[じゃあムサシが倒したのは若い雌ということ?]
[そうかも知れないわね、家族をかばってね……バシレオンはもっとも家族の絆が強い魔獣と言われているのよ
どんなに強いガーダーのパーティーでもダンジョンでバシレオンに出会ったら撤退を選ぶわ……
最後の一体まで倒さなければならないからね]
パティに聞いた話をムサシたちに通訳して聞かせる伊織。
そして広場ではワグナーの杖から放たれる炎や氷の魔法から、縦横無尽に動き回り避け続けるバシレオン。
氷の礫を避け、急制動から頭を低くして真っ直ぐにワグナーへと向かってくる。
[不朽氷壁!!]
一瞬のためのあとワグナーの杖から猛烈な吹雪が母獅子に向かい放たれる。
“それはさっき見たよ”と言わんばかりに大きく顎を開くと獰猛な雄叫びとともに大気の壁を作り出し吹雪を押し返す。
そしてさらに姿勢を低くすると風魔法による気流に乗り地面を滑るようにワグナーに迫る。
危険を察知したワグナーは自分の正面に氷の壁を作り母獅子の突進を受け止める。
“バギャッ!!”激突した母獅子は氷の壁を半分砕きながらももんどりを打って転がっていく……
[さすがワグナー様!!とどめをっ!!]
パティが小躍りしながら叫ぶ。
頭を振りながらゆっくりと立ち上がる母獅子にワグナーがとどめの一撃を放つのだろうと誰もが息を呑んだ……
すると杖に身体を預けながら片膝をつくワグナー。
「ワグナー殿を助けるんだ!!太腿を噛まれている!!」
大谷吉継の案山子の目だけが、氷の壁を砕いた瞬間にバシレオンの大蛇の尾がワグナーの太腿に蛇牙を突き立てる
その動きを捉えていた。
それを聞くと同時にムサシの弓から母獅子をワグナーから遠ざけるように立て続けに矢が放たれる。
[パティ!あの蛇の尾に毒は!?]
伊織が慌てて聞く。
[猛毒よ!治癒魔導士が向かっているわ!]
【“パキパキパキパキッパリーーーーーン!!!”】
絶望の破壊音が鳴り響く……不朽氷壁に囚われていた雄のバシレオンの氷壁が砕け散り、その破片が魔光灯の光に
照らされ煌めきながら広場全体に降り注ぐ。
そのあまりの美しさに一瞬目を奪われる人々……
”ぐっしゃっ!”肉の潰れる音とともに3人の治癒魔導士が吹き飛び隣接する倉庫の壁に打ち付けられる。
“ガオオオオオォォォォッーーーーーウッーーウッーー!”
自由を取り戻したバシレオンの遠吠えは周囲の空気を震わせ、石畳が浮き上がるほどの地響きとなり伝播していく。
魂の咆哮……人々の脚をすくませ、心臓を直接掴まれたかのように息を詰まらせる。
その時、南門を照らしていた光が“ガッシャーーン!”という破壊音のたびに一つまた一つと失われていく。
[あの母獅子が!!]
全員が目を離していた隙に飛び立った母獅子は、南門を照らす魔光灯を破壊しながら上空を飛び回っていた。
[まずいぞ!!誰か灯りを!!]
パティが叫ぶ!しかし人族に光魔法を使える者は少なく、殆どの者が杖の先に炎の玉を灯す……
闇に紛れたバシレオンの姿を見失い、住民の逃げ込んだ建物の破壊音、人々の悲鳴や断末魔の叫びからバシレオンの
位置を探ろうと右往左往する侍にガーダーたちだが、音も無く広場へと舞い戻った母獅子に蹴散らされ為すすべもなく
蹂躙されていく。




