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黄泉渡り伊織 ーー関ヶ原で滅した六千の魂を抱く巫女ーー  作者: 結城謙三


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バシレオン2

[おじいちゃんだって!?この方を誰だと!!]

ワグナーの後ろに控えていた赤髪の女ガーダーが声を荒げる。


[……ほっほ、よいパティ。イオリさんわしの得意な魔法をやじりに込めろということですな?]

ワグナーは一瞬、呆気にとられたように目を丸くしたが、すぐに白い髭の奥で不敵な笑みを漏らした。

その目が、老練な最高峰のガーダーとしての鋭い光を取り戻す。


[はいっ、この国の矢は鏃に魔法を込めることを前提に作られているのですよね?]


[いいでしょう、我が獄炎の魔導をその鏃に込めましょう……ただし当てることができねば持ち腐れですぞ]

ワグナーが古びた杖を地面に突き立てると、周囲の大気がジリジリと焦げるような熱を帯び始める。


「その心配は無用です!ムサシなら必ず当ててくれます!!」


その様子をじっと見つめていた大谷吉継が、案山子の目を南門のはるか上空に向ける。

「来るぞ……! 避難を急げ! 奴らの狙いはこの広場だ!」

蜘蛛の子を散らすように広場から周囲の倉庫などに駆け込む人々。


“シャアアアァァァッ……!!”

闇夜の向こうから、不気味な蛇の鳴き声と空気を震わせながら巨翼の音が重なって迫り来る。

眼下に大勢の餌である人族を認識したバシレオンは、城壁の上に音も無く着地し値踏みでもするかのように

その目を細め輝かせる。

“ガルルルゥゥゥッッッ!!!”

短い唸り声のあとにたてがみの無い、一回り小さな2体のバシレオンが城壁の上に降り立つ。


[ムサシといいましたな!?その矢を掲げよ!]

ワグナーが3体のバシレオンを牽制するように凝視しながら、杖の先をムサシへと向ける。

彼の杖の先から凝縮された真紅の魔力が奔流となって溢れ出し、ムサシが番えた矢の鏃へと吸い込まれていった。

“キイイィィィンーー”ムサシの持つ鏃が、まるで溶岩のように真っ赤に、眩く発光する。


「これは……凄いな、途轍もない力を感じる……」

3体のバシレオンが同時に城壁を蹴り広場の中央へと滑空してくる。

ムサシは一歩も引かずに、鏃に滾る熱を頬に感じながら“ぎりぎりっ”と弓を引き絞った。

狙うは、先頭を突進してくる最大の一体。


“ヒュオッッッ!!”

ムサシの周囲のすべての音が消え去り、自分の心臓の鼓動までが聞こえた気がした。


極限まで引き絞られた海獣の弦から放たれた一矢は、ワグナーの獄炎を纏いまるで夜空を切り裂く流星となって

バシレオンの胸元へと炎の尾を引き一直線に飛び込んでいった。

その刹那、真横を飛んでいたたてがみの無いバシレオンが、まるで見えない風の足場を蹴り矢の射線に飛び込む。

吸い込まれるように肩口に突き刺さると“ぼぉっ!”という発火音とともにバシレオンの全身が炎に包まれる。


鈍い音をたて広場に激突し炎を上げながら転がるバシレオン、その後をもんどりを打って追いすがる2体のバシレオン

のうちの一体のたてがみの無いバシレオンが燃え盛る仲間の身体に四肢を広げ覆い被さり消火を試みているように見えた。


[おじいちゃん!あれが本当に魔獣なの?まるで仲間のために自分の身を危険にさらしているように見えるけど……

さっきも身をていしてかばったように見えたし]

伊織が広場の中央で必死に消火するバシレオンを見て口を押さえ唖然と呟く。


[あれらは家族ですからな、たてがみがあるのが雄で無いのが雌……おそらく広場の二体は親子でしょうな]


「伊織!それよりも次の矢にもさっきの魔法を!!」

ムサシの差し出す矢にワグナーが杖を向けたその時、雌の二体を守るように立ちはだかっていた雄のバシレオンが

大きく身体を震わせるとたてがみが逆立ち、風魔法に乗せて針のようになった体毛が全周囲に向かって放たれる。


広場から遠ざかる人族の背中へと突き刺さり、悲鳴や叫び声があがる。

それと同時に雄のバシレオンはムサシに狙いを定めたかのように後ろ脚で石畳を砕き、怒りで眼を紅く染めて

一直線にその距離を詰めてくる。


[逃げるんじゃっ!!]

ムサシの前に立ったワグナーが杖の石突を強く地面に打ち付ける。


【不朽氷壁!!】

ワグナーの杖の先から唸りを上げて放たれた吹雪が、突進してくるバシレオンを飲み込み“パキッパキッ”と音を立て

凍結を始め、一瞬のうちにバシレオンを閉じ込めた氷の壁が広場まで伸びる。


[残るは1体じゃな……]

広場の中央で鎮火を終え、傷を癒すように倒れたバシレオンに舌を伸ばしている雌のバシレオンを睨むワグナー。





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