寄爆茸
城壁だけでなく、王都のいたるところで爆発音と火の手が上がる。
[いったい何が……! 〈パオラ! 一体何があったんだい!?〉]
ナタリーが握る魔晶核に力がこもる。高度を上げながら、魔晶船は王都の上空へと急行した。
〈わかりません! ですが、魔導砲の魔導士たちとの念話が完全に不通になっています!!〉
〈そこにセルザ将軍はいるね? パイス国王を頼むと伝えておくれ。あたしは魔晶船で上空から様子を見る!〉
魔晶核の操舵をアンナに任せ、ナタリーは船縁から身を乗り出して王都を見下ろした。
もっとも外郭となる第3層の城壁。その上は、ほぼ全周にわたって爆発の痕跡が刻まれ、黒焦げになった遺体が
いくつも転がっていた。4基の魔導砲を備えた鐘楼からも、どす黒い煙が燻ぶっている。
眼下の東大通りでは、数人の避難民がこの騒ぎの中で正気を失ったように徘徊していた。
避難誘導をしようと近づいたガーダー(防衛兵)が、その一人に触れた――その瞬間。
――ボンッ!!
凄まじい爆音とともに避難民の身体が弾け、ガーダーを巻き込んで激しい炎に包まれた。
一瞬の後に残されたのは、どちらの区別もつかないほどに消し炭となった、石畳の上の無惨な骸だけだった。
「これは……!? まさか!?ヨシツグ!! すぐに王都全域へ、人族に近づかないよう報せておくれ!!
一刻を争うんだ! 理由はあとで話す!」
大谷吉継が瞬時に判断できず躊躇するのを見た伊織が、すかさず湯浅五助へブランデン語を通訳する。
[ゴスケ! 『人族に近づくな』と、王都全域に届くように法螺貝の付喪神で報せておくれ!]
迷いながらも、ナタリーのただ事ではない気配を察した五助が、全方位に向けて声を張り上げた。
[……これはどういう事ですか!? この極限状態の中でそのような触れを出せば、差別や虐待、最悪の場合は
暴動すら起きかねない!]
吉継がナタリーに鋭い視線で詰め寄る。
[ああ……そうだろうね。だけど、それしか手が無いんだよ。ほぼ間違いなく、大森林の【寄爆茸】の仕業さ。
20年以上前に確認されたのが最後だったんだけどね……寄爆茸ってのは胞子が付着した者を操り、魔力に触れると、見た通り自分の魔力を自分の魔力と触れた相手の魔力まで暴発させるのさ……]
話しづらそうに目を伏せ、口角を引き攣らせるナタリー。
[それが……なぜ人族だけなのだ!?]
「人族の魔力にしか寄生しないのさ……しかも、胞子をより広くばら撒くために、高い場所を好んで弾ける。
胸糞の悪い……!」
ナタリーは吉継から視線を外しながら、忌々しげに吐き捨てた。
〈パオラ……避難民の中に、すでに寄爆茸の保有者が多く紛れ込んでいるようだ。3層目は……切り捨てるよりない。
そう報告しておくれ〉
ナタリーとパオラの念話は周囲の者には聞こえない。しかし、ナタリーはそれを隠すことを良しとしなかった。
[今から3層目の住人を2層目に避難させる……すまないけれど、人族を2層目に入れるわけにはいかないんだ。
わかっておくれ……恨むなら、あたしをいくら恨んでも構わないよ……]
[本当に、本当に他に方法がないのですか!?]
顔を歪め、唇を噛み締める大谷吉継の姿を見て、伊織がたまらず声を荒らげた。
「伊織! いったい何を話しているんだ? ここはどうなってしまうんだ!?」
最後の矢を射ち終えたムサシが、ただならぬ空気を感じ取り、伊織の肩に手を置く。
「ムサシ……実は『寄爆茸』という茸が……」
伊織は、ナタリーから聞いた詳細をムサシと湯浅五助に日ノ本の言葉で素早く説明した。
「……なるほどな。と言うことは、俺たちにもその胞子ってやつがくっついていた場合、誰かを巻き込んで爆発する
かもしれないってわけか。そりゃあ、2層目に入るわけにはいかないな」
ムサシは当然のことのように、あっさりと肩をすくめた。
「ムサシ……本当にそれで良いの!? わたしたちを見捨てるって言われているんだよ!?」
「そりゃ……いつ爆発するかもわからない危険物を抱えて、人様の家に上がり込むわけにはいかないだろう?
心配するな、伊織は俺が守る!」
「刑部、どうされますか? 2層目へ避難させるのであれば、住民たちに一刻も早く報せねばなりませぬ」
湯浅五助が、切迫した声で大谷吉継に指示を仰ぐ。
「……それが道理、だな。我を忘れるところであった。五助君、2層目へ避難するよう住民へ報せてくれ。
そして人族は『南門の広場』へ集まるように伝えるのだ! NO,100ギルドの皆にも、南門の広場へ向かうようにな!」
吉継の命を受け、五助は法螺貝の付喪神に声を乗せた。ブランデン語が王都に響き渡る。住民への避難勧告、
そして侍を含むすべての人族は、南門の広場へ集合せよ……と。
「ヨシツグ……ありがとう。感謝するよ」
五助の呼びかけを聞き、ナタリーの顔に驚きと深い感謝が混じった表情が浮かぶ。
「当然のことでしょう……。我々があなたを恨む筋合いも道理もありません。
ただ、我々も犬死にするつもりはありませんので、いったん魔獣の少ない南門の広場で体勢を立て直します」
繰り返し五助が2層目への避難を呼びかける中、最後の避難民の一団が東門をくぐり抜けてきた。
だが、彼らは王都の惨状を目にし、さらに五助の非情なアナウンスを聞いて、絶望に顔を白く染める。
そしてそれに続き城壁上からの掩護を失ったガーダーたちも、もはや戦線を維持できなくなり、東門へと雪崩を
打って退却してきた。
防衛線の崩壊した城壁を越え、ドレイクの群れが王都へ侵入する。
飢えた捕食者たちが、避難のために大通りを必死に走る住民たちめがけて、容赦なく襲いかかっていった。




