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黄泉渡り伊織 ーー関ヶ原で滅した六千の魂を抱く巫女ーー  作者: 結城謙三


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城壁

背中に感じる、ずっしりとした重み――。

魔獣の爪が迫った瞬間、誰かが自分に覆いかぶさり、圧し殺した悲鳴を上げた。

そして、自分のいる世界が一変してしまったのだ。


魔獣の唸り声も、家族や仲間たちの悲鳴も消え……草原の草の匂いに混ざっていた血生臭さまでが、嘘のように

消え去った。

“いったいここはどこなのだろう? 死んでしまったのかしら?”

そんな考えが頭をよぎるが、腕の中の獣人の赤子の無邪気な笑い声とその温もりが、間違いなく生きている

のだとそう実感させてくれる。

「大丈夫ですか……!? あの状態から、どうやって助かったの? お父さんにお母さんは……」

思わずそう呟き、体を捻って半身を起こす。背中にいた男の顔を覗き込み、女は息を呑んだ。


“この人は、さっきこの熊の獣人の赤ちゃんを預けに来た男の子……? ひどい傷だわ!?”

背中の中央にドレイクの三本爪に引き裂かれた傷が腰の辺りまで走り、着物には血が酷く滲んでいる。

なにか当てる布を、と慌てて探るが、傷の深さに対して出血量が少なすぎることに違和感を覚えた。

じっと傷口を凝視していると、ゆっくりと、だが確実に切り裂かれた肉が合わさり始め……腰まで届こうかという

傷の端が、徐々に背中へと塞がっていく。


“えっと……この人の再生能力なのかしら? ガーダーには見えないけれど……”

目の前の異常な現象に困惑しつつも、ひとまず命の別状がないことを察した女は、ようやくあたりを見渡した。

自分たちの周囲は半透明な薄皮のようなものに包まれており、そこから草原の風景が透けて見えている。

さきほど自分たちに襲いかかってきたドレイクが倒れており、離れた所にはひっくり返った荷車の腹が見えた。

草原の草には飛び散った血の跡が残り、遠くには魔光灯に照らされた城壁が聳え立っている。

自分たちの頭上を通過していくドレイクが、城壁から撃ち出される弓を受け、草原へと落下していく。

そしてときおり、稲妻のような眩い光線が大森林に向けて走っていった。


「城壁まであと200ドランほどの距離だったのに……お父さん、お母さん……」

腕の中の赤子をきつく抱きしめ、女は声を押し殺して泣いた。


――その頃、庄吉たちを襲ったドレイクを射殺したガーダーは、確かに庄吉と女の姿をはっきりと視界に捉えていた。

しかしドレイクに狙いをつけ、弦が指を離れた瞬間、女を庇って覆い被さった男は助からないだろうと長年の経験

から悟っていた。

せめて女だけでも……そう願いながら彼らを見たガーダーの目に映ったのは、崩れ落ちるドレイクの巨体だけだった。

二人の姿は、そこへ忽然と消え失せていたのだった。

戸惑いながらも、飛来するドレイクに狙いをつける……すると目の端に階段をゆっくりと上がってくる一般人の姿に

思わず手が止まる。


「戒厳令が出ているんだぞ、ここは一般人の立ち入りは禁止されている!すぐに街へ戻るんだ!」

そう怒鳴る彼の方を見もせずに虚ろな瞳を城壁の外へと向け、通路に座り込む男。


「おいっ!聞こえないのか!?避難所へ戻れと言っているんだ!!」


「イーゴ!放っておけ、酔っぱらっているんだろう……それよりドレイクがまた抜けてきているぞ!」

イーゴと呼ばれたガーダーが何気なく階段へと目を向けると何人もの一般人がゆっくりと階段を登って来るのを

確認する。


「酔っぱらいではないようだ……見てみろ!まだ登ってきているぞ!!」

そして王都の城壁に限らず、街のあちらこちらで避難民たちが徘徊する姿が見かけられ、虚ろな目で足元だけを

見ながら歩き、声を掛けられても反応がない……戒厳令下であり通常であれば捕縛される事案であるが、そのための

人員を割くこともできずに報告のみが数件もセルザ将軍のもとに寄せられていた。


そしてその頃、最後の避難民の一団が城壁まであとわずかの距離まで迫っており、それに伴い草原の防衛戦も城壁

まで150ドランの距離まで下がっており、城壁からの援護を受けてガーダーたちにも安堵の色が広がっていた。


[このまま王都まで下がって籠城戦になるよ……アンナもようやく少しは休めそうだね]

ナタリーが魔晶核に手を置いたまま、舳先で攻撃魔法を射ち続けるアンナを労う。


[わたしの魔力ならまだ余裕があります。ナタリー様こそ少し休んでください]

ナタリーへ振り返り、少し引きつった笑顔を向けるアンナ。


「ムサシこれが最後の矢筒だけど……」

伊織がそう言いながら矢筒から3本の矢を抜き、ムサシに手渡す。


「ああ、ここまでくれば大丈夫そうだ。王都からの援護でドレイクもだいぶ減ってきているからな」


[そろそろ最後の避難民が城壁に到達するようだね、魔導結界の用意をさせるとしよう……〈パオラ聞こえるかい?

まもなく王都まで撤退する。魔導結界の準備をさせておくれ〉]

ナタリーがそう言った瞬間。


“ドッカーーーンッ!!!ドンッ!ドンッ!ッッッドッカーーーン!!!ドンッドンッドンッドンッ!!”

城壁上の全周を連鎖するように爆発音が起こり火炎と煙が立ち昇るのだった。




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