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黄泉渡り伊織 ーー関ヶ原で滅した六千の魂を抱く巫女ーー  作者: 結城謙三


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庄吉とポン吉

北街道から魔晶船を目指し東進している侍たちの一団。

ほんの数日前の関ヶ原の合戦を経験していた彼らの目には、異形の獣たちが圧倒的な体躯と膂力で自分たちに

眼の色を変えて襲いかかってくる。

闇夜を人工的な明かりで照らされ、空を炎や氷、雷の魔法が飛び交う……

そして魔獣と見紛わんばかりの獣人と呼ばれる亜人種が、高い身体能力を活かし魔獣へと斬り掛かっていく。

空に浮かんだ魔晶船と呼ばれる船からは、一度で何十匹をも殲滅する魔法が放たれ、信じられない速度で連射

される弓矢が正確に空を飛ぶ魔獣を貫いていた。


しかしそのような事は彼らにとっては小さな差異でしかなかった……

関ヶ原で志半ばで命を散らした自分たちが仲間のため、異国とはいえ人々のために戦えることに高揚し何よりも

敵が人間ではなく獣に近い魔獣と呼ばれる存在であることが、一片の忌避もなく刀を槍を存分に振るわせていた。


「皆!急ぐっど!!あっちん魔獣の数が多すぎる、押し込まれっせおるぞ!!」

東街道、魔晶船を指差す島津豊久。


「しかしこの一帯も飛び道具の数が少なく、あの空飛ぶ蜥蜴が王都へと抜け始めています!」

馬脚を止め弓を射る倉田斗真が豊久へ進言する。


「それはちっと、まずいな……」

辺りを見渡すとガーダーたちと槍を持つ侍たちは地上の魔獣らを十全に押し返しており、倉田斗真の言うように

弓やガーダーたちの飛び道具が不足していると言えた。


「よしっ!弓持つ者はここに残れ、残りはおいと一太刀いったっに東へ向かうっど!!」

“この場を狩野忠基に任せる!”と言い残し、魔晶船へと向け駆けていく豊久。


「庄吉!石をどんどん持ってこい!!奴らの数が多すぎる!!」

平塚為広が庄吉らの集めてきた石を次々と空へと放つ、石が指から離れる瞬間に“ぼっ!”という小さな爆発が

起こり、尋常でない速度で石がドレイクを貫き地へと落としていくのだった。


「平塚様!申し訳ありません、俺はこの場を少し離れます。石拾いは他の者に任せますので!」

庄吉はそう言うと、為広の返事を待たずに踵を返し駆け出す。

頭上を抜けたドレイクが、徐々に高度を下げ始めている。その先にあるのは、庄吉が獣人の赤子を預けた避難民

たちの集団だった。

『自分が行ったところでどうするというのだ!?』

脳裏をよぎる冷徹な自問……しかし、庄吉の脚が止まることはなかった。


避難民たちの頭上を過ぎ、通せんぼをするように立ち塞がるドレイク。

鋭い牙の並んだ顎を裂けんばかりに開き“クエエエエエエェェェェェッ!”その叫びは空気を震わせ、避難民たちの

腰を一瞬で砕けさせる。

蝙蝠のような翼を畳み、太い後脚に力を込めると頭を低くして避難民へと向けて駆け出す。

草原の草がちぎれ舞い飛ぶ、槍を持った壮年の2人の男が家族を守るために立ちはだかる。


“ぐっしゃっ!”鈍い音とともに1人が弾き飛ばされ、荷車に激突すると力無く地面へと崩れ落ちる。

横にいた男は慌てて槍を振り回すが、ドレイクを傷つけることも叶わずに鋭い尻尾の一撃で首を折られ絶命する。

後脚で男の下半身を押さえつけたドレイクが、死んだ男の頭へと齧りつくと引き千切り一息で呑み込む。

ドレイクの喉が大きく脈打ち、呑み込まれた男の頭が胃へと落ちていく。 その瞳が恍惚に細められる。

そして残された家族の悲鳴が庄吉の耳まで届く。


「逃げるんだっーーーーー!!!」

力の限りの叫びが、庄吉の喉から絞り出される。

ドレイクが小さく飛び跳ね荷車に乗ると、腰を抜かせて蹲る女の腰に爪を突き立て脇腹へと噛み付くと口中から

血を滴らせ、牙に纏わりつく臓物を振り払おうと激しく首を振っている姿が庄吉の胸を締め付ける。


「ポン吉っーーーーー!!!」

自分の名前から一字を取り、人知れず名付けた名を大声で呼びながら、何かにつまづき草原を転がる庄吉の目に

荷車の下にポン吉を抱き丸くなる女と目が合う。


『ポン吉は無事だ!』女に頷き立ち上がると、ドレイクの気を引くために意味のない叫びを上げ大きく手を振る。

庄吉をちらりと見て“グルッ!?”と短く喉を鳴らしたドレイクが、軽く羽ばたき荷車から降りると庄吉へ向けて

頭を低くし唸りを上げる。


“キャッハッハッハーー♪”

荷車の下から突然聞こえた笑い声にドレイクの動きが止まり、ゆっくりと振り返る。


「こっちだーーーー!!!」

叫びながら駆ける庄吉。


ドレイクは後脚で荷車を蹴り上げると、その下で丸くなる女とポン吉を見て目を細める。

前脚の鋭い爪を振り上げるドレイク……頭から飛び込んできた庄吉が2人の上に覆い被さる……

3本の爪を立て振り下ろされる前脚……庄吉の背中に突き立てられた爪が肉を抉る……


その刹那……歯を食いしばる庄吉の眼の前の地面が消え眼の前で風に揺らぐ【縄のれん】

“いらっしゃい、やってるよ!”庄吉の頭の中にそんな声が響く。

無我夢中で縄のれんをかき分けると“とっぷんーーー”のれんに掛けられた〚商ひ中〛の札が裏返る。

庄吉たちの姿が忽然と消え、辺りを見渡すドレイクの頭に城壁から射られた矢が深々と突き刺さる。


「ここはいったい……?」

ポン吉と女を抱きかかえたまま、あまりの激痛に意識を手放す庄吉だった。




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