避難民
ナタリーは、セルザ将軍の側にいるパオラと念話を使い話していた。
[魔獣の数が思っていたより多すぎる。避難民が王都へ入り終えるまでガーダーをすべて草原に出すんだ。
城壁から500ドランの距離で防衛戦を張るよ、こっちのガーダーたちもその位置まで下げる]
そのナタリーの言葉を一語一句違わずにセルザ将軍に伝えるパオラ。
「湯浅君、君の法螺貝の付喪神の出番だ全方位に向かって[城壁から500ドランの距離まで下がり敵を迎撃する。
避難民を誘導しながら戦線を下げるのだ]ブランデン語だができるか?」
大谷吉継が草原全体を見渡しながら、湯浅五助の肩に手を置く。
「やってみます」
五助がゴンドラから身を乗り出すように北西の方角に向けて、吉継から教えられた言葉を放つ……
ゴンドラ内では囁やき程度の声量でしかないが、遠くにいるガーダーたちはその声が届いたと同時に振り返り
魔晶船を見上げそれぞれの武具を振り頷いていた。
続いて東の方角に向け、同じ台詞を繰り返すと1万ドラン以上離れたガーダー達にもその声が届いている様子を
吉継の案山子の付喪神の目が耳が捉えていた。
同じ台詞が日ノ本の言葉で同胞たちにも響き渡り、ゆっくりとだが着実に戦線を下げ始める。
[ナタリー殿、王都に向けても呼びかけようと思う。このままでは北東方面が突破されるだろう……まもなく
大森林から雪崩のように押し寄せるのも時間の問題だ]
伊織に通訳を頼み、ナタリーが重々しく頷くのを確認して五助が王都へ向き、吉継の言葉をなぞる。
[王都にいるガーダー諸君に告ぐ!城壁上の防衛隊を残しすべてのガーダーは、草原での防衛戦に出て欲しい
城壁から500ドランの距離で魔獣どもを迎え撃つ!北東方面の守備を厚くするよう、各ギルド長の采配を乞う
繰り返す……………………………!]
各街道にはいまだ歩みの遅い難民たちの姿が多く見られ、ガーダーたちに守られながらゆっくりと進んでいる。
大森林の木々がざわめき、聞いたこともない獣の叫び声と大規模な群れの雑踏が猶予がないことを告げていた。
馬車もなく年寄りや子供を抱えた者たちの歩みは重く、ガーダーたちの焦りがここまで感じられる。
そして魔晶船が北街道に差し掛かった時、草原の出口に荷車を押した避難民の集団が姿を現す。
年寄りと子供らを荷車に乗せているが、その歩みはあまりにも遅く、その避難民の集団に背を向けながら後退
しているその背は、同胞の侍たちのものだった。
「お前たち大丈夫か!?そのまま城壁から四町半の距離まで下がるんだ!!」
五助がゴンドラから落ちそうなほど身を乗り出し叫ぶ。
「ここは大丈夫ですが、街道の北で魔獣が押し寄せています!」
荷車を押している若い足軽が答える。
「ああ……かなりの数だな、後退しながら捌き切れる数ではない[アンナ殿!高度を上げてくれ!!]」
ほとんど陽の差さない街道に目を凝らし、ブランデン語でアンナに告げる吉継。
「今の声が聞こえんじゃったか!?固まって、ちいーっとずつ退がっど!」
島津豊久を中央に30人ほどが街道いっぱいに広がり、槍衾を展開しながら押し寄せるバルホーンの
群れと対峙する侍たち。
“ドンッドンッドンッドッドッドッドッ!” “ドンッドッドッドッドッ!”
豊久の陣太鼓の付喪神による【鼓舞】の効果で普段以上の力を出し続けている侍たちだが、その表情に
疲れが見え始めていた。
額から角を生やした狼·バルホーンは、目の前の人間たちの壁から突き出た武器が自分たちの脅威であると
認識し迂闊に飛び出すことなく壁のほつれを探しながら体勢を低くしその距離を詰めている。
“シュッ”という音を引きながら、街道を蓋をするように垂れた枝から、何本もの糸が放たれる。
「その糸には触れるな!?避けるんだ!槍を絡め取られるぞ!!」
平塚為広が叫ぶが、頭上から放たれた糸は広範囲に広がり振り注いできている。
とっさに避けようと上げた腕や槍が絡め取られる。
そのわずかに乱れた隊列の隙間にバルホーンの群れが襲いかかり、槍を手放し腰の刀に手を伸ばした若武者の
胴丸にバルホーンの角が突き刺さり、もんどりを打って後方に吹き飛ばされていく。
糸を掴み身体を持ち上げ、すんでのところでバルホーンの牙を躱した身の軽い武士は糸を伝い降りてくる蜘蛛猿
に首筋に牙を突き立てられ、手足の自由を奪われ振り払うこともできずに血の気を失っていくのだった。
体液を吸いきった蜘蛛猿の身体が“どくんっ”と脈打ち、一回り大きくなったその腹が赤く染まっていき
次の獲物を求め、糸の上を器用に渡っていく。
蜘蛛猿の八つの目がぎょろりと動き、背中に獣人の赤ん坊を背負った庄吉へと狙いをつける。
逃れようと必死に身を捩る庄吉に蜘蛛猿が迫り、鋭角な前脚を振り上げる。
「平塚様ーーーっ!!」
背中の獣人の赤ん坊を守るように手を広げた庄吉の目の前で猿の頭が弾け砕ける。
平塚為広の伸ばした槍が蜘蛛猿の頭を貫通し、付近の糸までも吹き飛ばしていた。
「まったく……この蜘蛛猿どもは面倒だな」
「蜘蛛猿? どげん見ても猿蜘蛛じゃなかか、平塚殿。頭が猿で脚が蜘蛛なれば、そいこそが理にごわそうが」
平塚為広に背中を預け、バルホーンを牽制する島津豊久。
「語呂の問題だ語呂の!さあ蹴散らすぞ!!」




