湯浅五助
「ムサシ!すごいわっ!飛んでるわよ!」
城壁に立つガーダーに手を振る伊織。
「伊織……そんなに身を乗り出すな、危ないだろう」
伊織が動き回るたびに揺れる魔晶船……右手で手摺りを“ぎゅっ”と掴んで、左手で伊織の腰紐を握るムサシ。
城壁を越え、右手の西検問所に並んでいる避難民たちが次々と王都内へと吸い込まれるように入っていく
様子を見て魔獣が迫ってきているのだと改めて実感する。
[アンナ殿、北の方向へ面舵をとって下さい]
白頭巾がはためくのを抑えながら、右手を指さす吉継。
アンナは黙ったまま頷き、船首を右へと向けると広大な草原のそこかしこで駆竜に乗ったガーダーたちが
小型の魔獣を追い、草原に幾筋もの軌跡を残し飛ぶように駆けているのが見える。
大谷吉継は目を凝らすと、視界に赤みがかかり動く物体の一人一人に焦点が合わさり、草原と大森林の切れ間で
馬に乗る集団を見つける。
[居たっ!あそこだ!]
魔晶核に手を置いたナタリーの指が反応し、船首が旋回すると吉継の指差す方へと徐々に速度を上げていくと
甲高い音が尾を引き、見上げているガーダーたちが手を振り見送っていた。
[相変わらず、あんたの目はどうなっているんだろうね?……蟻のようにしか見えないよ]
ナタリーが呆れたように肩をすくめる。
北へ向かって飛ぶ魔晶船の背に強烈な光が注ぎ、吉継らが振り返ると城壁の上に一定間隔で並べられた
巨大な魔光灯に明かりが灯され、草原全体を照らし出していた。
目標に近づくにつれ徐々に高度を下げていく魔晶船、
「まずいな……大森林から次々と魔獣が出てきている。ムサシよ弓で援護できるか?」
「まだ距離がありすぎる……もっと近づいてくれ」
長い髪を後ろで結び、弓を手に取ると矢筒を引き寄せるムサシ。
正面を睨みつけるその視界には、明かりの届かぬ大森林から決壊した河川の濁流の如く黒や緑の魔獣が溢れ
出してくる。
草原の緑がじわじわと濁流に侵され、唸りや雄叫びをあげ湯浅五助のいる侍たちに迫る。
[アンナ急いでおくれ!]
ナタリーの持つ杖が淡い光に包まれ、[ボーラ·ペドラ]ナタリーが呟き、軽い反動のあとに濁流の中へと複数の
岩塊が飛翔していく。
先頭を走る緑の皮膚のゴブリンや、黒い毛に覆われたコボルトたちが岩塊をまともに受け吹き飛ぶ。
自分たちの頭上を通過した岩塊に首を巡らせ魔晶船を仰ぎ見る湯浅五助。
「援軍が来た!下がって迎え討つぞ!」
五助の疲れ切った表情から歯を食いしばり馬首を翻し、蹄が力強く土を蹴る。
揺れる魔晶船内で伊織は胸の前で手を組み静かに目を閉じる。
その瞼に映し出される『2944……』
王都までたどり着けずに散った魂の、そのあまりにも多すぎる数に唇をかみしめながら。
「ごめんなさい……あなた達の魂を使わせてもらうわ……みんなを守って」
1人囁く伊織。
「「器よ……“器よ”……
満たされるがいい……“満たされるがいい”……」」
伊織と伊織の中の御左口神の声が幾重にも重なる。
“シャリーーーーンッ” 伊織からムサシの九十九茄子の器へと注がれる魂たち。
それを受け取ったムサシも、自分の中の九十九茄子が満たされたことに気づき、伊織の顔を見てやるせない
笑みを浮かべ、眉を寄せる……それと同時に力が漲り、己の身体が二まわりも大きくなったような熱を感じた。
「ムサシ!届くわ!」
伊織の声を聞き矢筒から取り出した矢を番えた。その時、弦に触れた指に人ではない思考がムサシの頭に
流れ込んでくる……“絶対に外さぬから肩の力を抜くがよいぞ、我にその身を預けよ”
その声に無意識に頷きながら親父殿の教え通り、親指と人差し指で矢尻を摘み引き絞る。
なんの抵抗も感じずに弓がしなり、左手が迷いもなく先頭を走る犬頭に照準を合わせ止まる。
頼りないほどに力の込められていない右手の指が弦を弾く“びんっ!”
唸りを上げ、周囲の空気を巻き込みながら真っ直ぐに飛ぶ矢……コボルトの額を貫通し後続のゴブリンの肩に
めり込み有りあまる威力に爆ぜる。
その時すでにムサシの弓には二射目が番えられており、唸りを上げて次の獲物の命を狩っていく。
「伊織……どうなっているんだ!?」
そう問いながらもムサシの流れるような動きは止まらずに次の矢を番える。
「今のムサシの九十九茄子には海獣の腱で作られた。弦の付喪神が宿っているの……」
ムサシの矢の軌道を目で追いながら、哀しそうに目を伏せる伊織。
「そうか……声を聞いたよ、みんなを助けよう」
ムサシの脇に置かれた矢筒があっという間に空となり、伊織が予備の矢筒を引き寄せる。
侍たちに迫っていた魔獣たちは悉く草原に倒れふし、大谷吉継がゴンドラから身を乗り出し綱を垂らす。
「湯浅君!乗るんだ!!」
馬上で両手を伸ばし綱を握った湯浅五助は魔晶船へと引き上げられる。
「……刑部、助かりました……」
肩で息をして座り込む湯浅五助。
「ああ、今から君の出番だ」




