パオラとアンナ
王城の敷地内に設置された王都魔獣対策室では、忙しなくガーダーが出入りし斥候から寄せられる情報を
セルザ将軍が精査していた。
王都では7つの刻の鐘が鳴り響き、それに合わせたかのようにセルザ将軍が各所へと伝令をだす。
「ハリス治安局長へ伝令!中層の魔獣が大森林地帯までの侵入の疑いがある。検問所を開放し速やかに
避難民を王都内へと入都させよ!身分証と所持品の検査は入都後に所定の倉庫で行うように……それと
8つの刻の鐘と同時にすべての門を封鎖し防衛体制へと入る」
東西南北すべての検問所へと駆竜に乗った伝令が走り出し、1人がハリス局長のいる王都にと向かう。
「ナタリー魔導士へ伝令!同じ理由で魔光灯の増設と魔導砲への魔力充電を……」
そこまで言ったところで“カーーーンッ!”と乾いた音が対策室内に響き渡る。
「あたしならここに居るよ……セルザあんたちょっと判断が遅いんじゃないかい?後手に回ることだけは
避けないといけないよ」
杖の石突を床石に叩きつけたナタリーがセルザを睨む。
「ナタリー様……ここに集められた情報の裏を取りながら判断しているつもりですが……」
細く長い舌を”チロチロッ”と出し入れしながら、椅子から立ち上がり敬礼をするセルザ。
「この非常時だ。疑わしいというだけで判断を下しな……常に最悪な方を想定しながらだよ。そして
中層の魔獣も大森林地帯まで確実に入っているよ、下位のガーダーは城壁の守りに!上位のガーダーだけを
避難民の誘導にだしな、それと魔導砲の魔力充電は済んでいるからね再充電用の魔石を運ばせておくれ」
「はっ!了解しました。……ナタリー様、各方面の情報を精査しますと魔獣の数が信じ難いことに数万を超えて
いるようなのですが……それはさすがに何かの間違いかと……」
セルザ将軍の太く立派な尻尾が力なく床を叩く。
「なにを馬鹿なことを言っているんだい、それは桁を一つ間違えているよ」
安堵したのかセルザ将軍の頬が一瞬ゆるむ。
「数万ではなく、数十万だよ!」
“ガンッ!!”さらに強く杖を叩きつけ、控えていたガーダーの肩がビクリッと跳ねる。
「なっ!?本当にダンジョン内にいた魔獣がすべて王都を目指していると!?そんなことがあり得るのですか?」
「だから何度も言ったろう?人間や亜人種のいる方を目指す。それが奴らの理なんだよ!さっさと魔晶船を
だしな……整備は終わっているんだろうね?」
「整備は終わっているのですが……試運転がまだ……」
大きな身体を縮めて上目遣いにナタリーを見る。
「でかい図体をして、何を細かいことを言ってるんだい!?あたしがヨシツグとかいうサムライと出るよ……
あたしと念話ができるこの娘を連絡係に置いていく」
ナタリーの後ろに隠れるように控えていたエルフの少女が、おずおずと顔だけを出してセルザを見る。
「パオラです……よろしくお願いします……」
ナタリー魔導士と同じ王族の紋章をはめ込んだ杖を手に、肌や長い髪に衣服まですべてが白い少女が頭を下げる。
「どれだけ離れても、あたしと念話ができる数少ない娘だからね……何があっても守るんだよ」
「はっ!この命に代えましても!」
ナタリーの背が見えなくなるまで、王国式の敬礼で見送るセルザ。
待たせておいた馬車に乗り込み、王城の南側にある倉庫へと向かうナタリー。
王城の敷地内を馬車や駆竜が行き交い、普段とは違う緊迫感に包まれているのが伝わってくる。
「邪魔するよ」
厩舎の裏手にあり、外までレールが引き込まれた巨大な倉庫の開いている扉から声を掛ける。
「これはナタリー様……魔晶船ですね?今は試運転のための魔術師を待っているところです」
白いつなぎを着た魔導具整備士のギャリーが魔晶船を左手で愛おしげに撫でながら眼鏡を指で押し上げる。
「ああご苦労さま、あたしらが試運転もするから必要ないよ、予備の魔晶核は積んであるかい?」
魔晶船のゴンドラに手を掛け、中をのぞき込むナタリー。
「いや……ナタリー様、整備はしてありますが何年も運用していない魔晶船をナタリー様に試運転をお任せする
わけには」
ドワーフ特有の短い腕を広げてゴンドラの入口を塞ぐギャリー。
「あんたの腕を信用してるのさ、落ちても文句を言わないからそこをおどき!」
鋭い目をさらに細めギャリーを見る。
「……では俺も……俺も試運転に乗せてください!」
今までひと言も話さずにナタリーの横に影のように付いていたアンナが一歩前に出ると、ギャリーを退かせ
ゴンドラの扉を開けるとステップを引っ張り出しナタリーをゴンドラへと誘う。
次にギャリーを乗り込ませると、続いて自分も乗り込み扉を閉める。
「ギャリーこの娘アンナに操作の仕方を教えてやんな、時間がないから手短にね」
「ナタリー様、失礼ですが……人間の娘では魔力不足だと思うのですが?」
アンナのがっしりとした身体つきと褐色の肌から魔力量の多い“エルフ”ではないと判断したギャリーだった。
「心配ないよ、もしこの戦争であたしが死んだら、次の【魔導王】はこの娘だからね」




